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8.『アイス』

「初めまして。このたびMirage Bulletの担当になった、マネージャーのアミトです。よろしく」


会議(仮)から数日、正式にマネージャーがついた。


「……バレット?」


煉の呟きに、紫苑が顔を背けた。


「お前たちのユニット名。ほら」


アミトはスマホを取り出し、写真フォルダを見せる。会議で書いていたホワイトボードの板書。三人で決めた「Mirage」の後ろに筆跡が変わった「Bullet」の英字が書き足されていた。


「そういや、一回戻ってたな」

「特に異議はないよ。受理しよう」


紫苑は唇を引き結び、顔を隠すように俯く。


「……あざす」


声は小さかった。


「当面はダンスレッスンとボイトレ中心。曲が出来たらレコーディングやら振り入れやら撮影も加わるから、体力作りも欠かさずに」


アミトの淡白な指示に、紫苑は背筋を伸ばす。


「はい」


煉は無言で頷き、京桜は「はーい」と締まりのない返事をした。


「それと、玖珂」

「なんだい?」


「会議室で勝手にダーツするの禁止。勝手に備品とか社長持ち出すのも」

「……なかなか難しい要求だね」


煉は天を仰ぎ、紫苑は吹き出すの堪えるようにまた顔を背けて肩を震わせる。


(ルカと同じことしてるな)

(そういえば、オーディションの時も扇子と法被みたいなの持参してたっけ)

「要検討項目に追記しておくよ」


反省の色はなかった。




◇◇◇




オーディションから、ひと月が経った。

アリプロ事務所内のダンススタジオ。鏡張りの空間にはスニーカーの擦れる音と、ダンス講師の手拍子が響いていた。Mirage Bulletはまだ持ち曲がないので、他ユニットの既存曲を借りて練習している。


「はい、じゃあサビ前から通しで」


三人が所定の位置につき、曲がかかる。

床を踏みしめる足音が揃う。振り入れやフォーメーションの入れ替えは思いのほかスムーズだった。


「Aメロもう一回。泉、入りが半拍早い」


唯一の問題があるとすれば、紫苑の疾走感溢れるリズムが多少タイミングを見失うことくらい。


「ストップ。五分休憩」


次のテイクでは正確に合わせてみる。が、上手くいってテンションが上がると、この繰り返しだ。




「お疲れさまー」


講師は終了の時間になった途端、我先に颯爽と出て行った。どことなく授業終わりの教師が重なった。

三人も更衣室で制服に着替えに行く。紫苑は黒い学ランを着ながら、二人の制服を見比べた。京桜は白を基調としたブレザー、煉は深い紅のブレザー。進学先を調べる際に写真で見た制服だ。


「阿久津さんって青藍ですよね?」

「ん?うん」


ブレザーのボタンを閉め、きっちりとネクタイを締め直す煉。対照的に、紫苑は上着を羽織って、はい終わりとジャージを鞄に詰めていく。京桜は粗雑な行為を横目に、(……不良がいるね)と眉を顰め、我関せずと言わんばかりにそっと一歩分の距離を取った。


「そっか。泉、受験生か」

「はい」

「高校どうすんの?」

「青藍受けます」

「じゃあ入れ替わりか」


紫苑は中学三年生。煉は高校三年生。残念ながら、煉はひと足先に大人になってしまうらしい。


「僕抜きでお話をしていたね?」


背後からぬっと伸びてきた影が、二人の間に割り込んできた。京桜は能面のような目で、無言の圧力をかける。しかし、すぐにスッと普段の目つきに戻した。


「僕への賛辞?」

「泉の進学先。青藍高校なんだと」

「あっくんの学校だね?泉くん、そこ受けるの?」

「まあ。神威と一緒に」


京桜の眉が吊り上がった。


「椿くんも?あの子、結構ぽやっとしてるけど、成績とか大丈夫なの?」

「特に問題はないと思うけど」

(ぽや?)


紫苑は京桜の表現に引っかかるも、わざわざ口にして意味を問うまで興味はない。


「へえ。……青藍ね」




◇◇◇




神威はレッスン室を追い出されていた。「体力をつけてこい。練習はそれからだ」と、オフィスビルの一角で軽くストレッチをして、走る準備をする。

その時、ポケットの中でスマホが震えた。画面には「夜船さん」の文字。出た。


『ごめんね。今大丈夫?』

「はい。大丈夫ですよ」


『よかった。椿くん、今週末にアイスモアのライブイベントがあるんだけど、行ってみない?』

「アイスモア?」

『うちの女性アイドルユニット。こういうのは早い方がいいと思って』

「見学……」

『そう。設営、導線、物販、ファンサービス。アイドルの仕事は何もステージの上やカメラフレームの中だけじゃないからね』

「ぜひっ、行きたいです!」

『当日は煉も別件で用があるらしいから、一緒に行っておいで』

「ありがとうございますっ! 」

『じゃあ、レッスン頑張って』

「…………っはい!」


神威はすぐ通話を切る。


(うん。よしっ)


追い出されたなんて言えるはずもない。

スマホをポケットに突っ込んで、神威は走り出した。その目は罪悪感なんて上書きするほど、澄みきったような清々しさがあった。




◇◇◇




週末、午前中。アリプロオフィス地下駐車場。

ヘッドライトを点滅させているタクシーと、腕を組んで柱にもたれかかっている煉の姿があった。

神威がスニーカーの足音を鳴らしながら駆けていく。


「阿久津さんっ、今日はよろしくお願いします!」


深々と頭を下げた。その様子を見て、煉は腕を解いてタクシーのドアを開ける。


「行くか」




走行中は静かだった。話すことがない。運転手も最初に「娘がファンなんです」と伝えたところ、煉が社交辞令の営業スマイルで「応援していただけて嬉しいです」と返したきり。

神威はふと、煉の方を見た。けっこう大きめの紙袋を持ってきていた。中身は白いタオルで覆い隠されている。


「その荷物は何が入ってるんですか?」

「秘密」


煉は窓の外を眺め、簡潔に答える。


「阿久津さんは……買い物ですか?」

「いや。……後輩のステージを見に」


神威は、アイスモアか、と腑に落とした。


「んじゃ同じですね。俺も見学なんです」

「聞いたよ。夜船さんから」

「あっ、ですよね」

「現場では別行動。挨拶はちゃんとしてこいよ」


神威は背筋を伸ばして姿勢を整える。


「はいっ」




◇◇◇




ショッピングモールは家族連れや買い物客で賑わっていた。

吹き抜けの中央広場では、常設されている簡易ステージの照明やスピーカーの動作確認が行われていた。


「これ、花火さんって人に預けておいて」

「花火さん?……はいっ」


神威は紙袋を受け取った。重いような軽いような、よく分からないがそんな感じの重さだ。


「またあとで。終わったら迎えに来る」

「ありがとうございます」


マフラーに顔を半分埋めて、煉は人混みへ消え去った。




「すみません」

「あら?」


神威は「花火」という社員証を首にかけている女性スタッフに声をかけた。


「ファンの子?悪いけど、ここから先は──」

「アリプロの研修生で……見学に来ました」

「君なんだ。ごめんね」


バックヤードに案内されて、花火がスタッフ用のIDカードとケース、ボールペンを差し出す。


「これ付けて」


神威は姓を書いて、首に下げた。


「ありがとうございます。……あと、これを預けてって頼まれてて」

「置いといて」


やっと荷物を下ろしてひと息つく。


「アイスモアなら奥の楽屋で待機してるよ。行ってらっしゃい」

「行ってきます」




スタッフルームを目前に神威は捕まった。


「だぁれ?迷子?」


女性に顔を覗き込まれる。仄かに甘い匂いが香った。

神威が一歩後ずさって会釈する。


「初めまして。先月アリプロに入所しました。研修生の椿神威です。見学に来ました」

「新人くん!律儀〜。まどかだよっ、よろしく〜!」

「よろしくお願いします」


まどかの背後から高身長の美人が顔を覗かせた。


園宮(そのみや)うららです。よろしくね。アイス食べる?」

「冬なのに?」

「「冬だから」」


女子二人が口とタイミングを揃えた。

うららは室内に戻って、小さなクーラーボックスを開ける。


「バニラ、ストロベリー、ソーダ、チョコ。色々あるよ」

「バニラ!」

「あっはは、即決だ」

「はい。どうぞ」

「ありがとうございますっ!」


うららからソフトアイスのバニラクリームを受け取る。

その時、通路からもう一人、女の子が歩いてきた。神威の姿を見た途端、顎を引いて目つきを鋭く見せる。


「何、その子」

「後輩のつばきくん。挨拶に来てくれたんだってー。ほら、さなちゃんも」


まどかが促し、さなは神威を上から下まで見定めるように視線を落としていく。


「……」


さなは片手に持っていたスマホをしまって、神威に歩み寄る。ファンに握手するように、神威の手を取った。


天羽(あまはね)さなです、よろしく。今日のイベントは私のデビューも兼ねてるの。良かったら見ててくれると嬉しいな」


さなはさりげなく、自分が付けていたグッズのラバーバンドを神威の手首に付ける。


「デビュー?」


神威が見上げるも、さなはニコッと微笑んで誤魔化す。


「あとで発表するよっ!楽しみにしててね♡」


まどかがさなを室内へ引き込み、扉をバタンッと勢いよく閉めた。


「……ほぇ」


神威はぽかんと口を半開きにしてフリーズする。

手元のアイスを見て、目の前の閉じられた扉を見た。

空気が静まり返った。


「……っスプーンもください!(迫真)」


声を張り上げて抗議。

扉が少し開き、手だけが出てきた。アイススプーンを手のひらに置かれ、扉は再び閉められた。


「ありがとうございます!」




神威はモール内の休憩スペースにあるベンチに座って、アイスを食べていた。

女性が神威の姿を見つけた瞬間、並々ならぬ怒りオーラを纏いながら近づく。神威は無意識に肩を強ばらせた。


「ちょっと!こんなところで何のんきにアイスなんか食べちゃってるの。ここまで来といて……しかも初日からバックれるとか舐めてるわけ?」


女性のスタッフがスマホを突きつける。

画面には、『ただ今、アイス堪能中♡』と、モール内で撮影された、食べかけのアイスとピースの写真。

今日から入るはずだった短期アルバイターから送られてきたものだ。


(?)


神威は丁度最後の一口を口に入れて、時間をかけて咀嚼し飲み込む。

きょとんとした間抜け顔でスタッフの人を見上げた。


「………」


沈黙。


「舐めてたわね?!」

「…スプーンですっ!掬ってましたっ……!」


胸ぐらを掴みかかる勢いで怒っている女性を相手に、神威は必死に首を横に振って否定した。


「ほら、食べ終わったでしょ。行くよ!」


女性は神威の手首を掴み上げて引っ張っていく。


「……まっ、待って!」


神威は慌てて容器とスプーンをゴミ箱へ放り込み、そのまま半ば引きずられる形で連行された。

【登場人物】

天羽(あまはね) さな

女性アイドル。『ICEMOA(アイスモア)』のユニットメンバー。


成実(なるみ) まどか

女性アイドル。『ICEMOA』のユニットメンバー。


園宮(そのみや) うらら

女性アイドル。『ICEMOA』のユニットメンバー。

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