40話 最悪の事態
早いもので、メイちゃんとカーラが魔王討伐に向かって10日が過ぎました。そろそろケルディ領でサイコス様と合流したころでしょうね。
早ければ、あと数日、遅ければ1カ月ほどで新しい魔王が誕生します。そして、帰ってくるのは、その誕生した魔王を討伐して10日後になります。長期間会えないのは凄く寂しい気持ちですが、カーラが居ないのでギルドは平和です。メイちゃんとカーラがパーティーを組み、騒がしかった毎日が嘘のように、私の時間は過ぎていっています。
そう思いながら、朝の作業をしていると、2人の女性がギルドに入ってきました。
「お久しぶりです、神官様、大聖女様」
先代勇者様の聖女、サイレンツ・シルフィア様。カーラの最初の聖女、ソフィー様です。お忙しいお2人が、朝早くから何の御用事でしょうか?
「あらあら…。確か、サクラちゃんだったかしら」
「久しぶりね、サクラ…」
何やら、お2人とも様子がおかしいですね。神官様は、ご高齢にもかかわらず、いつも明るく高らかなお声でお喋りになりますが、今は違います。声に覇気がなく、元気がありません。大聖女様も、神妙な顔をなされている気がします。
「どうかされたのですか?」
「えぇ、ゲイツちゃんは居るかしら」
ゲイツとは、このギルドのギルマスです。ギルマスの事をゲイツちゃんと呼ぶのは、神官様くらいでしょうね。
「はい、ご案内しますね」
何の用事かは分かりませんが、わざわざここまで来たという事は、緊急の用事で間違いありません。私は直ぐに、お2人をギルマスの部屋に連れて行きました。
コンコンコン
「ギルマス、神官様と大聖女様がお見えです」
ガタガタッ
「…はぁ⁈ 直ぐにお通ししろ」
…また、さぼっていたのでしょうかね。メイちゃんと戦って以来、かなり真面目になりましたが、さぼれるタイミングがあると、直ぐにさぼるのは変わりません。
私は一応数秒待って、ドアを開けました。
「神官様、ソフィー殿、お久しぶりです」
「えぇ、ゲイツちゃんは元気そうね」
相手が神官様である為、ギルマスは頭を下げて挨拶をしました。普段からは想像できない姿ですが、ギルマスでさえも、神官様には頭が上がらないという事でしょうね。
「では、私は失礼しますね」
「サクラ、あんたにも関係あるわ。座りなさい」
どういう事でしょうか。案内が終わり、私の役割は終わったと思い退室しようとすると、大聖女様が私も座る様に指示してきました。なので、私は訳が分からずも、ギルマスの隣に座りました。
私の隣にギルマス、机を挟んだソファーに神官様と大聖女様。場違い感が半端ないですね。
「先ずはこれを見てちょうだい」
そう言って神官様が出した紙には、ランキングが記載されていました。おそらく、最新のランキングが出たのでしょうね。
1枚だけだったのでギルマスが受け取り、一緒に見ると、信じられない事が起きていました。
1 ユリアール・カーラ 358 『勇者』
2 サイレンツ・シルフィア 186 『神官』
3 ケルディ・サイコス 169 『大賢者』
4 シュレイダー 161
5 ソフィー 160 『大聖女』
6 イルケード 158
7 レズリア・ジャイアント 150
8 ミューリン 149
9 レズリア・ガーランド 147 『国王』
10 カドリア・ゲイツ 146
「…カーラ殿は、どういう鍛え方すれば、こんなに急激にレベルアップするんだよ。って、ぉお⁈ おれが10位に戻ってるじゃないか!」
「…え?…メイちゃんが居ない?」
そう。信じられないことに、メイちゃんがランキングから消え、それによってギルマスが10位に戻っていたのです。
「どうしてですか⁈ メイちゃんは!」
相手は神官様と大聖女様。失礼だと分かっていても、私は声を張り上げて、そう聞きました。ですが、直ぐに答えはもらえず、神官様は目を伏せました。
「…な。まさか、死んだのか?」
「死んでいません!メイちゃんが死ぬわけありません!」
ギルマスは、想像したくもない最悪の発言をしましたが、私は全力で否定しました。メイちゃんは世界で2番目に強いです。スキルを使えば、1位を倒すことも可能です。そんな娘が簡単に死ぬわけありません。そう分かっていても、ランキングから消えているという事は、まぎれもない事実。
心では否定しつつも、頭ではメイちゃんが死んだのではないかと考えてしまい、思わず涙が溢れてきました。
「私たちに出来ることは、最悪の事態を想定し、対処することよ。今考えられる最悪の事態は、強力な魔王が誕生し、勇者が敗北。聖女が殺され、勇者と大賢者が魔王城に監禁されているという事よ」
「うっ…」
メイちゃんが死んだと仮定された想定。だけど、それだけじゃない。カーラや大賢者様にも命の危機が迫っているかもしれない。そう考えると、私の目から溢れてくる涙は、一層に止まらなくなりました。
「イルケードちゃんとミューリンちゃんには今、王城に行ってもらっているわ。私達も直ぐに王城に向かい、国王様達と合流。準備が出来次第、最高戦力をもって、魔王城に進軍するわ」
王都のギルマスと称号無しで最強の冒険者、イルケード様。そして、騎士団長シュレイダー様、国王様、前国王様。その戦力に、ギルマスと神官様、大聖女様。カーラと大賢者様を除く、ランキング上位が集結する事になります。
ですが、ここに居る皆、分かっているのでしょう。いくら戦力を集めたところで、カーラ1人分の戦力にもならない事を。分かっているからこそ、大丈夫という気持ちが一切なく、死地に向かうような顔つきをしているのだと思います。
そうしてでも、唯一魔王に勝てる可能性があるカーラを救い出す事が先決です。カーラを救い出し、生き残った最大戦力で魔王を討つ。それが今、我々に出来る最善手だという考えでしょう。
「私も行き…」
「サクラ!悪いけど、足手まといを連れて行く余裕は無いわ」
「…申し訳ありません」
大聖女様はキツイ言い方をしますが、紛れもない事実。寧ろ、優しさだと思います。この場で私だけが一切頼りにならず、比べるまでもなく弱い…。分かっていても、自分の不甲斐なさが身に沁みます。
「時間がもったいないわ。ギルマスは直ぐに行けるかしら?」
「ああ、大丈夫だ」
…私がもっと強ければ。
「サクラ、シャキッとしなさい!ここのギルマスも王都のギルマスも長期間不在になるのよ。受付嬢がしっかりしないと、余計に混乱を招くわよ!」
「…っ!はい!」
そう、私は私の出来ることを精一杯やるしかない。メイちゃんとカーラの無事を信じて、やるべき事をしなければ。私は意思を強く持ち、そう心に誓いました。
そして私達は、ギルマスの部屋を出ました。本当に最悪の事態が起きれば、この3人と会うのは今が最後になる。…いや、この考え方はダメね。次に会う時は、メイちゃんとカーラも一緒。そう考えましょう。
ジリッ…ジリジリジリ…
ですが、そう思った瞬間、その願いは一瞬にして叶いました。
不穏な音と共に、ギルドの中に現れた闇。その中から現れてくる人影。
「凄いよメイ!本当にギルドに着いちゃったよ!」
「ふふっ、そうでしょう。あ、サクラさん」
「「ただいま!!」」
夢か幻か…。そんな事は関係ありません。どちらだろうと構いません。私は直ぐに駆け寄り、2人に抱きつきました。
「おかえり、メイちゃん!カーラ!」




