303.頼りになる便り 5
カーバニル先生とロックウェル魔術師団長の様子が落ち着いたのを確認し、私たちは研究室にはいる。椅子に座らされた状態のシュルツ卿は、手に持った魔法石に何度も繰り返し魔力を入れさせられていた。
「……それが、出力を弱めて広げる魔術式が入った魔法石?」
「ロイ殿下から手紙をもらって直ぐにね、アマンダと考えたわけよ。もう本当にさ、「君たちなら思いつくと思いますよ」なーんて書いてあるのよ!? なに! アタシたちへの挑戦なの!?!?」
ガーッとがなり立てているが、目はキラキラとして楽しそうだ。思いも寄らない方法を思いついたとき、嬉しくなるのよね。たぶん。
でもどうして魔力を入れているのだろう?
「ねえ、カーバニル先生……どうして何度も魔力を入れているの?」
「それはね、体で覚えさせるためよ。トラットの人たちは魔力量が少ないから、入れて止めるを魔力がなくなるまで繰り替えさえた方が早いと思って」
「そ、そうなの……」
「ちなみにこの魔術式は、初歩の土魔法に同じく初歩の水魔法を付け加えたものなのよ」
「二つも入ってて負担にならないかしら? 扱うには魔力操作も大事でしょ」
「一つにまとめたからね。土に働きかける魔力を、波紋のように薄ーく広げられるようにしたのよ。アタシ頑張ったわぁ」
なるほど。それで広くできるのか。私の場合は魔力量で押し切っている感じだから、水魔法は必要ない。初歩の土魔法だけで土地を均すことができる。
「土地が痩せ細っているってことは、水分も足りてないわけよ。良い土を作るには適度な水も必要だもの。で・も! トラット帝国は干害や蝗害、水害、冷夏からなる寒害と色々起こってるわけ。その中でもとりわけ干害が多いらしいのよ!!」
「干害が多いなら水が足りないものね。だから土と水?」
「そうよぉ~! それに水害のところだって、水魔法は必要でしょう?」
「あ、土地の水分を減らす?」
「そういうこと。本来、この鱗に入っている魔力で土地を均せば魔力過多の畑はどこでも出来る。だけどスイッチとなる魔力を減らして、広く波紋を広げるようにすればそこそこの畑の完成よぉ!!」
ものすごくカーバニル先生のテンションが高い。普段ちゃんとお化粧をしている先生の顔は、クマが見える。きっと昨日からずーっと起きていたのだろう。というか、そこそこの畑をお願いしたけどそれ以外にもやることあるものね……。頼れる人が他にいないのもあるけれど、あまり偏りすぎても先生が体調を崩さないか心配だ。
「……せ、先生? ちょっと休んだ方が良いんじゃないかしら??」
「だーいじょうぶよー! それに、アマンダがまだ色々とね……ため込んでるから」
「そうなの?」
奇妙な踊りを披露していたロックウェル魔術師団長に視線を向けると、そーんなことありませんよー! と、こちらもかなり高いテンションで笑っている。本当に大丈夫だろうか?
シャンテも呼ぶべきだったかも……?? しかし魔術師団長は気にした素振りもなく、クルックルッと回り出した。
「ほ、本当に大丈夫!?」
「大丈夫です。姫殿下。私、とーっても良いことを思いついたので!!」
「とーってもいいこと?」
「ほら、ポーションがトラット帝国に渡っているかどうか……という話がありましたよね?」
「そうね。フィルタード派の貴族たちは、たぶん勝手にポーションをトラット帝国に送っているはず。だけど、どこで減っているのかはわからないから印を付けられたら良いなって」
「そのポーションなんですが、ハスラ草とカテラの実で作ってしまえば良いのではないかと思うんです」
その二つは疫病対策の薬だ。それがどうしてポーションに? と考えていると、その二つの薬草を使ってポーションに似せた薬を作れば良いといわれた。
「ああ、そうか。トラット帝国側も薬がほしいのは疫病対策ですもんね。疫病に効けば別にいいのか……」
ロビンの呟きに、私は首を傾げる。たしかにトラット帝国に渡る薬はそれでいい。そもそもポーションを欲しがっている層は貴族階級の人たち。戦場に出ることも、魔物討伐をすることもない彼らが怪我をするとは考えにくいからだ。
だけどそうすると、フィルタード派の貴族たちの領地に住む住民たちが困らないだろうか? 彼らは領主たちが杜撰なせいで、疫病が蔓延する危機に瀕している。ポーションに似せた薬はトラットに渡り、ポーションは……
「あ、そうか! 初級ポーションって神殿じゃなくて、商業ギルドを経由して薬屋で売ってるのよね?」
「そうです! 神殿が初級ポーションを作れば、それはそのまま商業ギルドにいきます。ですので、神殿には初級ポーションと薬草。その両方を優先的に作っていただくのです」
「そして手の空いている魔術式研究機関で中級以上のポーションを神殿に配る?」
「はい。そうすれば、そのポーションはトラット帝国に向かいますよね? もちろん全部を持っていくことはしないでしょう。自分たちの分もありますからね」
「ということは、中級以上の色味を再現して液体にする?」
「そうなりますね」
ハスラ草とカテラの実でその色味を再現できるだろうか? ちょっと心配になる。そんなことを考えていると、イザベラ嬢がぽつりと呟いた。
「色味を、再現する必要はないんじゃなくて?」
「え、どうして??」
「瓶に色を付ければ良いじゃないですの? 今回は特殊な事情で、魔術式研究機関が作ったポーションが出回る。だから瓶が色つきのものしか間に合わなかった、とでも理由付けすれば良いんですわ」
「その案もらったわ! 再現をどうしようかと思っていたけど、たしかにそうよね。色つきの瓶でも構わないわね」
そういってカーバニル先生は悪そうにニヤリと笑う。突貫で大量に作るのなら、瓶の色が違っていたとしてもそれほど問題ではない。それだけ急ぎで作られた、としか考えないだろうと。それは名案なのだけど、誰も怪しまないか心配になる。
「大丈夫ですわ。疫病に特化した特別なポーションとでも言っておけば良いのです。そういった薬がラステア国のレシピの中にあった、とでも」
「そ、そんな簡単に引っかかるかしら?」
「特権階級というものは、『貴方だけ特別に』と言う言葉に弱いものです。それに疫病には効果があるのですから問題ないでしょう?」
「それは、たしかに……?」
――――そこからは早かった。
事前に摘んであった、ハスラ草とカテラの実を使って疫病の薬を作る。そして液体と丸薬と両方用意し、シュルツ卿に頼んでレナルド殿下の元へ送ってもらった。これは丸薬はともかく、液体にした薬がちゃんと疫病に効果があるか確認するためだ。
数日が経ち、レナルド殿下から返事が返ってくる。そこには両方とも問題なく、効果を発揮しているとあった。経過観察は必要だが、熱や発疹は落ち着いてるそうだ。あとはそのまま治ってくれればいうことはない。
ファーマン侯爵領で丸薬を集中して作って貰えば、そのままレナルド殿下の領に届けてもらえる。そうすればファーマン侯爵領で疫病が流行ることはないだろう。
疫病が何とかなりそうだという連絡を受け、シュルツ卿とイザベラ嬢はそこそこの畑のために練習を繰り返している。ここ数日はずーっと魔術式研究機関に詰めていた。私とロイ兄様も、薬を作るために通ってはいたけれど……たぶん、二人の方がずっと長く研究室に籠もっている。
それだけそこそこの畑は彼らにとって大事ということだ。シュルツ卿は先に戻る予定だが、イザベラ嬢も長期休暇にはレナルド殿下の領へ戻るといっていた。畑を作れる人が増えれば、安定して食料が作れるだろう。
そして―――― 私たちが懸念していたことが起きた。
私と魔術式研究機関で育てている薬草を奪いに来る愚か者が出たのだ! 事前にランドリック団長とロックウェル魔術師団長にお願いしていたこともあり、彼らは直ぐに捕まったのだけど……言い訳が酷かった。
「し、仕方ないでしょう? 姫殿下が我々の畑を手伝ってくださらないのだから!! 領民たちを思って仕方なく、仕方なく! こちらから拝借を……」
「仕方ないねぇ……それならどうして申請した畑は手つかずのままなんだい?」
「そ、それはその……我々は、畑仕事なんてしたことありませんから……」
「なるほど? 畑仕事をしたこともないのに、魔力過多の畑を作ろうと申請を出したと。それなら花師を雇うなりすれば良かったんじゃない? 必要なのは君らの魔力だけなんだから」
「わ、我々は貴族ですよ? どうして畑なんぞ作らなければ……」
「それが本音だよねぇ? 姫殿下の善意につけ込もうとして、断られたら奪う。自分たちじゃ、何もしたくないからってずいぶんと傲慢だねぇ」
尋問の様子を見ていたカティア将軍が、「彼はなかなかに気骨がある」とランドリック団長を褒めたそうだが……ネイトさん的には「大変面白い見世物でした」と言っていたので、記録されている言葉だけではわからない何かがあったのだろう。
私的には畑が無事であればいうことはない。法に則って対処してもらえればそれでいいのだ。
もちろん思うことがないわけではない。畑を荒らされるよりはずっとマシだ。今回は間に合ったわけだし。現行犯として捕まえるために、多少勝手に取られてしまったけれども。
「――――ルティア。そんなにバルコニーから身を乗り出さないで。アリシア嬢はもうすぐ来るんだろ?」
「そうだけど……やっぱり早く会いたいもの」
私はそう言いながら、バルコニーから身を乗り出してアリシアがまだ来ていないか外を眺める。アリシアがいない間に決まったあれやこれや。それにこれから決めなければいけないこと。それだけじゃない。いっぱい話したいことがあるのだから!
「あ、アリシアだわ!」
大きく手を振ると、アリシアもこちらに気がついて小さく手を振り替えしてくれる。それが嬉しくて、ぴょん、とその場で飛び跳ねるとツルリと足が滑った。
「姫さんっ!」
ロビンの声と共に後ろに引かれる。仰ぎ見れば、ロビンが怖い顔で私を見ていた。
「びっ……くりしたわ……」
「それはこっちの台詞ですわ!」
「そ、それは……そう」
「全く本当にもー淑女らしくってどこにやったんです?」
「今日は宮に置いてきたわ!」
「置いてこないでくださいよ……」
呆れたようにロビンが言う。私はニッと笑うと、ロビンが助けてくれるでしょう? と言った。その言葉にロビンは手で顔を覆ってわざとらしいため息を吐く。でも、ロビンは絶対に助けてくれる。その確信がある。
下からロビンの顔を眺めていると、リーナがおそるおそる声をかけてきた。
「……ルティア様、アリシア様がいらっしゃいましたが……」
私はロビンからパッと離れて部屋の入り口に向かう。
「お帰りなさい、アリシア! さ、また作戦会議をしましょう!!」




