302.頼りになる便り 4
ベルたちに別れを告げ、今度は魔術式研究機関に向かう。事前にカーバニル先生宛にファーマン侯爵の手紙の内容は伝えてあるそうだ。魔力の出力は弱めて、広く土地に浸透させる。そんなことが直ぐにできるようになるのだろうか? 既存の魔術式を使って??
「ロイ兄様のさっきの説明でなんとなくイメージはできるけど……魔術式を新しく作るのかしら?」
「うーん……トラット帝国の人たちが使う魔術式だからね。簡易的な魔術式をさらに、となると難しい気がするんだよな」
「ふと思ったのですが、私もファティシア王国にずっといたら……魔力量は上がるんでしょうか?」
「そういえば、そうよね……こっちの食べ物を食べてるわけだし」
馬車に乗っている三人の視線がイザベラ嬢に注がれる。どうなんだろ? 増える、のかな?? でももし増えるのであれば、魔力過多の畑は作りやすくなる?? 増える量がどの程度かにもよるわよね。
「……ある意味、平和な人体実験っすね」
「人体実験されてるつもりはありませんから、たしかに平和ですわね」
「ロビン……」
私がたしなめるように名前を呼べば、イザベラ嬢の隣に座るロビンは肩を竦めた。普段だったら、ロビンは私の隣に座ることが多い。だけど今日に限っては、イザベラ嬢の隣だ。これは仕方のないことだけど。ロイ兄様の隣にイザベラ嬢を座らせるわけにはいかないし。
序列、と言うものがあるのだ。
女性は馬車の奥に座ることが多い。王族も基本は奥に座るのだけどね。今回に関しては私とイザベラ嬢が向かい合う形で奥の席に座り、私の隣にロイ兄様。イザベラ嬢の隣にロビンとなる。いつもと違うからかしら? この席割りにもちょっともやもやしてしまった。
私が急に黙ったことでイザベラ嬢が首を傾げる。
「どうかなさいまして?」
「あ、えっと……その、別に人体実験するつもりはないからね?」
「別に構いませんわよ。ファティシア王国の料理はどれも美味しいですもの。さすがに太ってしまうのは困るので、たくさんは食べられませんが」
「それ、アリシアもいっていたわ。美味しいものは、少しずつたくさん食べたいんですって」
「その意見には賛同いたします。ええ本当に。とくにファーマン領で食べたポテトチップスというものが美味しかったですわ。肌には、あまり良くないのですけど……」
「あーそうよね。フライだもの」
「じゃがいもにあんなにたくさんの食べ方があるとは思いませんでした。どちらかというと、平民の食べ物ですもの。貴族でじゃがいもを食べる者はほとんどいませんし」
お、おいしいのにじゃがいも……!! ファティシア王国では貴賤問わず食べられる、とてもポピュラーな食べ物だけどトラット帝国では違うようだ。ぜひとも美味しいことを広めてもらいたい。ただ問題は輪作に向かないことかしら? ナス科の作物を育てるときは、次はマメ科か葉物野菜を育てるのが理想なのよね。
魔力過多の畑だと病気にはなりにくいけど、輪作した方が短期間に色々な野菜が取れる。ただそこそこの畑がどの程度のスピードで作物が育つのかが問題だ。
「考えようによっては、貴族に奪われない食料ってことっすねぇ」
「そういえば、そうですわねぇ。私は食べますけど」
「もしかして、貴族が食べない作物って他にもある?」
「そうですわね……根菜類は、あまり……葉物野菜の方が好まれます」
「そしたらそこそこの畑で育てるのは、根菜類を中心に輪作できるものを植えた方が良いかもしれないわね」
「輪作?」
「輪作っていうのは、同じ場所で年や昨期ごとに異なる科の作物を順番に育てていくことよ。特定の病害虫の増殖を防ぐの。土壌の栄養バランスとかね。一応、そこそこの畑も魔力過多の畑ではあるから病気は防げるかもしれないけど、虫に関してはね……」
「なるほど。そういうことですのね」
ついでに連作についても教える。こちらは同じ場所で毎年同じ作物、もしくは同じ科の作物を続けて栽培することだ。これは連作障害が起こりやすいので、そこそこの畑ではやらない方が良いかもしれない。魔力過多の畑なら、栄養分は魔力でまかなわれているし大丈夫なんだけど……そこそこは、たぶんそこそこでしかないので。
「畑一つとっても、色々ありますのね……」
「慣れると楽しいけどね」
そんな話をしているうちに、馬車が止まり魔術式研究機関に到着する。私たちはいつものように受付を済ませると、ごちゃっとしている研究機関の廊下を通り抜けた。
イザベラ嬢は初めて通る道にちょっとおっかなびっくりしている。その様子を見たロビンが、イザベラ嬢に手を差しだしエスコートを申し出た。
エスコートになれているイザベラ嬢は、特段変わった様子もなくその申し出を受ける。その姿を見て、また胸の奥がモヤッとした。ロビンが普段そこまですることはない。でもそれは私がこの道をそれなりに慣れているから。
いや、この間は……変な抱え方されたわね。そういえばそんなこともあった。嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちになったけれど……アレだってきっとロビンからすれば特別なことじゃない。今、イザベラ嬢に手を貸しているように。
「ルティア、足下気をつけて」
「そ、そうね……」
ロイ兄様に指摘されて、私は自分の足下に集中する。これで転んだらとてつもなく恥ずかしいもの。そしてなんとかカーバニル先生の研究室にたどり着く。研究室内はこの間よりは綺麗だった。綺麗だったけど、髪を振り乱したカーバニル先生とぴょんぴょこ踊っているロックウェル魔術師団長がいる。え、大丈夫? 何かハイになってない??
そっと扉の外から中を伺う。
「……入って良いと思う?」
「なにか、踊ってらっしゃいますわね?」
「今入って、何か無茶振りされやしませんか?」
三者三様にそんなことをいって、ロイ兄様を見た。兄様は片手で目元を覆いながら、ちょっと考えている。まあそうよね。この中に飛び込みたい人はいない。もし何も考えずに飛び込んだら危機管理能力に問題あり、だ。
「どうしたんです? そんなところで」
涼やかな声は、昨日のグッタリ感が嘘のようだ。その瞬間、隣にいたイザベラ嬢の目が光った気がする。彼女は、兄であるシュルツ卿の側によるとその腕を引っ張った。
「イザベラ?」
「さあさ、お兄様。ちょっと犠牲になってくださいな!」
そういうが早いか、シュルツ卿を部屋の中に押し込んだのだ。それはもう、一瞬の出来事。あっ、と思ったときには放り込まれていた。私たちはその後ろ姿を見て両手を合わせる。
「貴い犠牲っすね」
「良い仕事をしてくださいお兄様」
「惜しい人を亡くしたな」
「ま、まだ亡くなってないわよ……ロイ兄様」
そんなことを言い合いながら、部屋の中をのぞき見れば―――― あのシュルツ卿が、その場で蹈鞴を踏んでいた。
「――――みーたーわーねー?」
「え、えっと……なんの話ですかね?」
「あらーシュルツ卿ではありませんか。見たからには、協力してくださいますよねぇ?」
「協力は、それはもう吝かではありませんが……」
「良い心がけよぉ。アンタのそのすっくなーい魔力量でも、ちゃーんと使えるようにしてあげるからねぇ」
「そうですよぉ~。これは崇高な実験なんですからぁ」
こ、怖い。何か怖い。二人とも両手を威嚇するようにあげて、シュルツ卿に迫っている。さすがに剣を抜いたりはしないけれど、シュルツ卿が徐々に後ずさっているのがわかった。だってさっきよりも近いもの。背中が。
そして二人に手を掴まれてヒエッと短い悲鳴が上がった。
「あれま。寝起きのフォルテに捕まったかな?」
のんきな声に振り返れば、ボロッとした姿のランドリック団長とカティア将軍、ネイトさんが立っている。私が目を瞬かせると、カーバニル先生は寝起きがとても悪いと教えてくれた。先生、寝起きなの?? 髪が乱れているのはそのせいだろうか??
でもそれじゃあ、なんでロックウェル魔術師団長は踊っていたのだろうか? 謎が増えてしまった。私たちはランドリック団長に場所を譲る。彼は中を覗き込み、ふふと小さく笑う。
「シュルツ卿は、大丈夫そう?」
「まあ、あのぐらいは平気でしょう。ちょーっといつもより強引なだけですよ」
「そ、そう……ちなみに入っても大丈夫かしら?」
「面白いからもう少し眺めてません?」
「それはいいですわね」
イザベラ嬢がランドリック団長の提案に頷く。え!? いいの?? 思わず彼女を見れば、普段すましているシュルツ卿の焦った顔が見られて面白いといった。
「ちょっと! イザベラ!! 聞こえてるからね!? お前も手伝いなさい!!」
「あら、聞こえてましてお兄様?」
「聞こえてるよ! お前も出来ないといけないんだから、僕だけに押しつけないで!! お願いだから!!」
「ふふふ……大丈夫よぉ~。ちょーっとこれに魔力を注ぐだけだもの」
「そうそう。これはそこそこの畑を作るのに必要なのよぉ~」
本当に、大丈夫だろうか? もう一度中を覗くと、シュルツ卿は椅子に座らされカーバニル先生とロックウェル魔術師団長に何かを押しつけられている。どうやらアレがそこそこの畑を作るのに必要な術式が入った魔法石らしい。
私たちはお互いに顔を見あわせ、ひとまずもう少し様子を見ることにした。だって、このまま部屋にはいるの怖いんだもの……。




