301.頼りになる便り 3
畑に着くと、イザベラ嬢は畑の広さに目を丸くしている。青々と茂った薬草。ハスラ草とカテラの実が薬草の中でも多めに植えられていた。昨日の今日で、だいぶ育ったものだ。
「これは……もう収穫できますの?」
「あと三日くらいはかかるかな。今日は畑の様子を見に来ただけよ」
シュルツ卿と同じ紺碧色の髪色を、今日は明るい栗色に変えている。髪型も違うから、イザベラ嬢を知っている人と出会っても問題なさそうだ。彼女は畑が物珍しいのか、ふらふらと畝の間を歩いて回っている。
「今は疫病対策に薬草中心に植えているけど、普段は果樹とか野菜とか色々植えているのよ? 魔力過多の畑で育つなら、他の土地でも育てられるから。他国からも種を集めてるの」
「……残念ですわ。果樹と野菜が植わっているときに来たかったです。もちろん薬草は大事なのですけど。見知らぬ食べ物って気になりますもの」
「疫病が落ち着けば、また元に戻るわ。イザベラ嬢が手伝ってくれるなら、気になるものを植えても良いけれど?」
私がそう声をかけると、イザベラ嬢はパッと笑みを浮かべた。
「よろしいんですの!?」
「いいわよ。それに、そこそこの畑でも育てられる野菜とか……研究するのも良いんじゃないかしら?」
「ええ! それはぜひ!!」
「……えっと、一応聞きますが……ミミズとか出てきますけど大丈夫です?」
ロビンの問いかけに、イザベラ嬢はミミズ? と首を傾げる。私は畑の益虫なのだと説明した。細長くて、にょろにょろしているけれどミミーはとても大事な畑の守り虫。いるのといないのとでは畑の質が変わる。
そういえば、魔力過多の畑にはミミーが多くいるわね。ミミーにも魔力過多の影響が出ているのだろうか? 病気をしないことと関係あるのかしら?? そんなことを考えつつ、筒状のスコップで土を掘り返す。すると、太くて立派なミミーがにょろりと顔を出した。
私はそのミミーを手に乗せる。そしてロビンに目配せをした。
「あの、あのね。今からミミーを見せるけど大丈夫かしら?」
「そんなに驚くようなものなの?」
「人による……わね。ロイ兄様はミミー苦手だし」
「そうですね。姫さんが、ちいさーいころ両手に立派なミミーを乗せて見せに来たときは卒倒しかけましたし。まあ蛇とか? あの辺が平気ならギリいけるんじゃないでしょうか?」
「そ、そうなの……。蛇は苦手なのだけど、一応……見てみるわ。畑の守り虫なのでしょう? 失礼なことはできないもの」
そう言って深呼吸するイザベラ嬢。私は本人に大丈夫か確認の上で、手の上に乗せたミミーを見せる。ミミーは悪い子ではないけれど、人によるのは仕方ない。アリシアだって見てる分には、というけれど……苦手な部類には入るのだと思うし。
イザベラ嬢は、ミミーを見た瞬間―――― ヒュッと小さく息をのんだ。
そして直ぐ側にいたロビンにしがみつく。そりゃ、この場でしがみつくならロビンしかいない。だって私がミミーを持っているんだもの。仕方ない。仕方ないのだけど……私は直ぐにミミーを後ろに隠した。
「えっと……やっぱりダメそう、ね?」
「そ、そうですわね!? いえ、もう少し時間をかければ……仲良く、はなれずとも見るぐらいは平気になる気はします。ええ。慣れれば」
「まあ、絶対に慣れなければいけないもんでもないんで……そりゃ、畑の手伝いをするなら慣れた方が良いですけどね」
「そ、そうですわよね。もう少し、離れた場所からでお願いしても??」
「それは、いいけど……別に今すぐ慣れなくても平気よ?」
「私、負けず嫌いなの!」
この場合の負けず嫌いは私に負けたくない、ではないらしい。自分に負けたくないのだそうだ。苦手なものがあるのが許せないらしい。しかもどう見ても自分には無害なものだから、尚更だ。
私はちょっと離れた場所にミミーを離してあげる。ミミーはもぞもぞと動くと、そのまま土の中に潜っていった。チラリとイザベラ嬢を見ると、そろそろと近づいてくる。
ロビンはその後ろから私たちを眺めていた。そのことにホッとする。でもホッとした意味がわからなくて、内心で首を傾げた。
「も、もう潜ってしまったのですね……」
「え、ええ。そうよ。普段は土の中で暮らしているの。だから本当は明るい場所は苦手なのよね。目も見えないし」
「モグラのようですわね」
「モグラは良い動物ではあるんだけど、ミミーも好きなのよねぇ」
「そうなんですの?」
「うん。植物の根を食い荒らすコガネムシの幼虫やネキリムシを積極的に食べてくれて、それは嬉しいんだけど……ミミーも好物だから、そこだけはちょっと困るかな」
「さすがに幼虫やネキリムシだけを食べてくださいといって、お願いを聞いてくださるわけありませんものね」
「そうなのよ。魔力過多の畑って病気にはならないけど、虫は元気かも……あと動物とか?」
そう言うと、イザベラ嬢は真剣に私の話を聞いてくれる。いつもとは逆の立場になった。彼女は他にも魔力過多の畑について色々質問をしてくる。それだけこの畑はトラット帝国―――― いや、レナルド殿下の領地にとって救いになるのだろう。
魔力過多の畑について説明していると、他の作業をしていたベルが寄ってくる。そして次の収穫も第五騎士団の騎士たちが手伝ってくれると教えてくれた。
「本当!? それは助かるわ」
「量が量ですからね。魔術式研究機関の方々だけでは足りないですし……それに、護衛も兼ねているんだそうです」
「護衛?」
「王都の外側に新しい畑を作るそうなんですが……」
「ああ、あの人たちが私に押しつけようとしていた畑ね?」
「ええ。ご自分たちで申請して、お作りになる……はずなんでしょうけど」
「なにもやっていない?」
「はい。ですので、収穫できるようになると狙われる可能性があると……」
可能性としてはない話ではない。私にやらせるはずが当てが外れたのだもの。同じように畑を作り、薬草を育てているのなら奪った方が早い。そして「手伝ってくださらないから、こちらから先にお借りしたのです」とでも言うつもりなのだろう。
もしくは「証拠はあるのですか? 言いがかりは酷いのでは??」とかいってくるかも。そんなことが瞬時に脳内を駆け巡る。でもそうすると、収穫前から警戒しておかなければダメじゃなかろうか? 昔、ライルがやらかしたときの件もある。ベルは平民だから彼らからすれば、どう扱ってもいい人間。またベルや他の花師たちに被害があっては困る。
「ねえ、ベル。収穫前から警護を付けてもらうわ。何かあってからじゃ遅いもの」
「いえ、大丈夫ですよ!」
「いいのよ。これぐらいはさせてちょうだい。私の畑の世話をしてくれている貴方たちに何かあったら困るもの。彼らは貴族だし、きっとベルたちを不当に扱うわ」
「しかし……」
「これから魔術式研究機関に行くから相談してくるわ。それにほら、隣は魔術式研究機関の畑だし! カーバニル先生だって薬草が奪われたら、それはもうすごーい勢いで怒ると思うのよね」
ベルはその姿を想像したのか小さく吹き出した。私はニッと笑うと、任せておいて! と告げる。ベルは小さく頷き、私に頭を下げた。ベルが頭を下げる必要は全くないのだけど、もしもに備えるのは大事だし。それに奪いに来たとして、彼らに収穫できるものとできないものの区別がつくとは思えない。
そうなると、ベルたちが被害に遭いそうな気がするのよね……。そうでなくても、この畑に生えているものを根こそぎ持っていきそう。彼らに薬草の区別がつけば良いけど、とてもそう思えない。
「それにしても、王族に不敬を働く者が多いと大変ですわね」
「そうね。彼らの中では私は不敬を働いてもいい人、と言う認識なのよ」
「親切心は、相手を調子に乗らせる元ですわ。飴と鞭で調整しなければ」
「飴と……鞭……?」
「ええ。人を上手く動かすコツ、ですわね。飴はお上手そうですけど、鞭は不得意そうですわねぇ……」
「誠実な対応を心懸けてはいるけど、それと彼らの対応はまた別だもの……」
私がそう言って肩を竦めれば、「言葉の通じない方々もいますしね」とイザベラ嬢は微苦笑を浮かべた。全くもってその通りなのだけど、対話しようとしてもできない人もいる。そこはもうこちらが諦めるしかないのかな。諦めって、そういう人として扱うしかない。
「欲深な人間は、いずれ身を滅ぼします。それを待ちましょう?」
「そうね。線引きは大事だって、最近特に身にしみて思うもの」
「良いことですわ。誰もがわかり合えるわけではありませんもの」
そう言われてしまうと、何と言い返していいものか。私は空を仰ぐことしかできなかった。




