300.頼りになる便り 2
午後の予定を変更しなければいけない。チラリとそんなことを考える。
ロイ兄様にファーマン侯爵からの手紙が来たのならば、その情報はカーバニル先生へ渡るだろう。それなら、騎士団へ向かうよりも魔術式研究機関に行った方がいいかもしれない。
シュルツ卿もあの状態なら、今日は魔術式研究機関に向かうだろうし。
「ねえロビン。畑に行ったあとで、魔術式研究機関に行きたいんだけど……」
「ええ、もちろん。ロイ様も一緒に行かれますよ」
「兄様も? 珍しいわね」
「たぶん、ものすごーく気になるんでしょうね」
「出力を弱めて、広げるが?」
「姫さんだって気になるでしょう?」
それはそう。気にならないわけがない。だって矛盾してるもの。魔力の出力を弱める、ということだろうけど……そうすると畑を作れるほど広げられるのか? という話になる。
それでは畑は作れないし。うん! さっぱりだわ!!
私は考えるのを諦めた。たぶん魔術式の根幹に関わることなのだろう。そうでなければロイ兄様が魔術式研究機関に出向いてまで、確認したいと思うわけがない。
魔術式は術式、というだけあって複雑に色々な要素が絡み合っている。その術式に魔力を通すことで魔術式が発動するのだ。
だけどその魔術式の術式の部分を詳しく知っているのは、魔術式研究機関の人たちぐらい。もちろん趣味で調べてる人もいるだろうけど。幾つかの術式を一つにまとめられるようにしたり、複雑な術式をもっと簡易なものにしたり、そういったことは長年研究している人たちがいる。完全なる専門職。
私たちはただ、「これが○○という現象が発動する術式ですよ」と言われれば、そうなのだなと納得するだけ。もちろん簡易的な術式はカレッジに入学して一年目で習う。二年目以降は専門的に習いたい人だけが、選択して授業を受けるのだ。
最終的にそこからアカデミーで魔術式を研究し、就職先として魔術式研究機関が選ばれる。ロイ兄様は……たしか選んでたわね。カレッジで二年目以降も魔術式の授業を。アカデミーではメインは別だけど、魔術式の研究もまだ続けていたはず。それなら兄様が気になるのも頷ける。
「……カーバニル先生とロックウェル魔術師団長に説明してもらいましょう? ロビンが思いつかないなら私じゃもっと無理よ」
「そうですね。ここは大人しく専門家の手を借りましょう。俺たちは別のことを考えるべきです。それにほら、アリシア嬢の手紙にも書いてあるでしょう?」
「そうね。アリシアに小さいマジックボックスを作るのに、一緒にデザインとか考えましょうって書いたのよね」
アリシアからの手紙にも、魔鳥なら斜めがけですかね! と書かれている。やっぱり考えることは一緒だった。嬉しくてニマニマしてしまう。それにあと数日で領地を立つとも書いてあるから、もう少しすれば帰ってくるだろう。
飛龍で迎えに行きたい気持ちもあるけれど、せっかく領地で休んでいるのに急かしてはダメだものね。ものすごく、ものすごーく会いたいけど。
「それじゃ俺は一旦、ロイ様の元に戻ります。畑にも一緒に行きますんで、俺たちが来るまで待っててくださいね?」
「ロイ兄様も? 魔術式研究機関だけじゃなくて??」
「ロイ様だって薬草は気になってますよ。それに、薬も作りたいそうで」
「調薬をするの?」
「そう言ってました」
ロイ兄様は何でもできるんだな……そんなことを思ってしまう。だけど薬ができるなら、それをシュルツ卿に渡して先んじて試してもらうこともできる。人体実験とは言い過ぎだけど、予防できるならそれにこしたことはない。
シュルツ卿が望むほど、私たちは彼にポーションを渡すわけにはいかないのだから。
***
畑に向かう馬車にロイ兄様とロビン、私とイザベラ嬢が一緒に乗っている。私はさっそく兄様にそこそこの畑に使う魔術式の話を聞いた。
「それでロイ兄様はファーマン侯爵の言っている意味がわかったのよね?」
「なんとなく、と言う程度だけどね」
「なんとなくでもわかるのでしょう?」
私がそう聞けば、ロイ兄様はうーん……と唸りながら説明してくれた。たとえるなら、大きな水桶にインクを垂らすようなものなのだと。私はそのたとえを頭の中で想像する。
「……大きな水桶に、インクを一滴垂らすとほとんど水と変わらないわよね?」
「そう透明なままだよね。でもインクを垂らす量を増やすと、水に色がつく」
「大きな水桶が、土ってことよね……そしてインクが魔力」
「魔力の出力は弱めにして、それを保ちつつ広く広げる。だけど魔術式の威力は変えてはいけないから、たぶんこれは魔力量が少ないトラット帝国の人に向いているかもしれないね」
「帝国の人向き?」
ロイ兄様の言葉に私は、正面に座るイザベラ嬢に視線を向ける。今日の彼女は普段と違い、私と同じようにロイ兄様のお下がりを着ていた。畑の様子を見てみたい、という彼女たっての願いによるものだ。もしかしたら昨日のシュルツ卿を見て興味がわいたのかも?
「トラット帝国の人間は貴族でも魔法石をそこまで使うことはありません。王城であれば、使うことは珍しくないですが……そもそもアレは魔力が使える者が多いからこそ、普及しているものですし」
「でも……前にファティシアに来たとき、魔力過多の畑の作り方を教えてほしいって……」
「ええ。魔法石を手に入れて、姫殿下の畑をお借りした件ですね。あのとき、まともに畑を作れたのはレナルド殿下ぐらいですわ。他の方は、鉢植えで精一杯だったそうです」
「そうだったんだ……」
「魔力量を比べると、レナルド殿下が一番多いですから。兄はあの中でもある方だったのですけれどね」
「5とかでしたっけ? 俺の方が多いっすね」
「アーベル卿とクリューガー卿は4です。殿下は10ぐらいでしょうか……私も3ぐらいしかありません」
そんなにトラット帝国の人は魔力量が少ないの!? ファティシア王国だと、平民でも5~6は普通にある。ロビンだって、8~9の間ぐらいまで伸びたしアッシュも10になったと言っていた。土地の魔力がない、ということは作物から得られる魔力がないということ。その弊害が長い時間をかけて、帝国の人々に出ているのだろう。
もちろん、魔力がなくても人は生きていける。火をおこす術もあるし、水だって井戸からくみ上げればいいだけ。だけど……一度知ってしまったら、その生活を無視することはできなくなる。初めから知らなければ、問題ないという話でもないし。難しい問題だ。
ふと、あることに思い至った。
「……もしかして、こちらの食べ物が体に合わないとかない?」
「いいえ、それは……どちらかというと、体調がいいぐらいです」
「魔力過多の畑で作った食べ物は食べた?」
「そちらはまだですわね。……もしかして、私が食べると何か問題がありますかしら?」
「魔力過多、になる可能性はあるかもね。普通の作物でも体調が良くなるんだから」
ロイ兄様もそうイザベラ嬢に告げる。私たちにとっては何てことない、食べ物でもトラット帝国で過ごしていたイザベラ嬢は違うかもしれない。そうなると、うちから輸出された食料はどうなるのかしら??
「ねえ、ロイ兄様……」
「うん。僕も今思ったところ。まさか、土地の魔力がそのまま作物に、そして僕らの体に影響を及ぼしていたとは思わなかったからね。レナルド殿下が輸入している食料は、魔力過多の畑で作られたものもあるだろうし……」
「それなら、たぶん大丈夫かと。領民が食べるにしても、だいぶその……水で薄めますもの。スープだって、野菜くずが入っていれば良い方ですし」
「あ、そうか。良いものは全部、皇帝陛下の元に行ってしまう……とか?」
「その通りですわ。ですが、渡さない、と言うわけにもいきませんの」
皇帝陛下からすれば、どんな理由であれ食料を手に入れたのならまず第一に自分たちに渡すこと。それが優先される。皇帝陛下の言葉に否、を唱えることは許されない。たとえ皇太子といえども。そうイザベラ嬢は話す。
「やっぱり、大変なのね……」
「まあ半分は皇帝陛下へ献上されてしまいますけど、それ以外は皇太子であるレナルド殿下が自由に差配できますわ。他のご兄姉方が何を言おうとも、皇太子であるのはレナルド殿下ですもの」
「それでも、奪おうとする人たちはいるんだろ?」
「その通りです。ですので、なるべく良いものを皇帝陛下へ献上します。小麦や、野菜などは等級がございますから。悪いものをわざわざ奪おうとは思わないでしょう?」
お腹いっぱい、とは言わないけれどそれなりに食べられる方が大事だそうだ。そうなると、そこまで領民たちの体調に変化はないだろう、と。
「皇帝陛下は大丈夫なのかしら?」
「皇帝陛下は、それなりに魔力量がおありですし。そもそも昨日のお兄様のように、魔力が枯渇するようなことはなさらないですから」
「それも、そうね」
「でしょう? なので、私と同じよう体調がいいかな? ぐらいにしか思われてないかもしれません。もしかしたら全く気がついていない可能性もありますが」
愚鈍ではないが、賢くもない。イザベラ嬢は皇帝陛下をそう評した。




