304.とある騎士の愛の残歌
――――心から愛していた女性がいた。
彼女は春の日差しのように柔らかで、夏のひまわりのようにキラキラしていて、秋の訪れのよに思慮深く、冬のように凍てつく強さを持っていた。
愛していた。愛していた。心から。ずっと、愛していた。
だが彼女は、俺の手を取ることなく「あまり好きではない」そう評した相手の手を取ったのだ。
どうして? なぜ? その手を取るのか??
その男は彼女を幸せにはできない。彼女も幸せになれないことをわかっていたはずだ。それなのに、どうして……?
「……ほだされたわけじゃないのよ? だって、今だって王家はあまり好きではない。あのとき援軍を送ってくれてさえいたら、うちの領民は無駄死にしなくてすんだもの」
「それでも選ぶのか?」
「そうね。どうしてかしら。何度もめげずに愛を囁くなんて、しかもこの私を相手に……どうかしてると思うわ。だって私に嫌われている自覚があるのよ?」
「そう、だな……」
「でもね、それでも構わないって馬鹿なこと言うの。愛してくれなくてもいい。その分自分が愛するからって」
愚かしいことこの上ないわ。そういって彼女は、少し離れた場所に居る男を眺めている。その視線は複雑な色を帯びていた。
愛しているとも言えない、だが愛してみたい。複雑な、胸の内を語る。普段は春の日差しのような笑みも、その成りを潜めていた。だが、その男と彼女が一緒になるには幾つものハードルがあったのだ。
第一に、領民はその男を受け入れないだろう。たった一人の男の言葉で、援軍を送るのをやめてしまった王家。その不信感が、未だに彼女の領地では色濃く残っている。
彼女を娶れば、領民からの反発は必至。
第二に、たとえあの男がどんなに彼女を思っていても、東の辺境伯家を見捨てた自覚のある王家との婚姻は政略としか取られない。
社交界での彼女の立場は、あまりにも不安定なものとなるだろう。立場上は――――妃であろうとも、彼女を見下す者は出てくるはずだ。確実に。
そんな場所で幸せになれるわけがない。幸せにするなど、口先だけのことだと。俺はそれがわかっていた。なぜなら、俺の立場とよく似ていたからだ。
母親があの男の乳母をしていたから、ついでで側仕えに引き立てられた残念な男。それが俺の立ち位置。体の弱い〇〇に取って代わるでもなく、あの男は自由気ままに生きていた。もしも〇〇の側仕えとしていられたら――――! 俺にはもっと違う人生があったかもしれない。それこそ、彼女に婚姻を申し込んでも受け入れてもらえただろう。
だが俺にあったのは、剣の腕と自由気ままに振る舞う男の側仕えという立場だけ。彼女にとって、自由気ままに振る舞う姿は酷く腹立たしいものに見えていた。そしてその側であの男を制御できないでいる俺にも、その厳しい目は向けられていた。
哀れみと共に。
「本気だとは、到底思えないのよね……」
「そんな風に見ているのか?」
「考えが読めないから……だって何の利点もない。私が受け入れるまで待つとは言っているけど、王命でも出してしまえばいいのよ。そうすればこっちは聞かざる得ないんだし」
「それじゃ意味がないからだろうな」
「そうね。そんなことしたら、私はあの男の舌を引っこ抜いてやるわ」
過激な発言に苦笑いを浮かべる。事実、彼女ならそれぐらいやりそうだ。二度と、くだらない妄想を吐き出せないように、と。
もう一度、彼女は「ほだされたわけではない」と繰り返した。ただ何も見ずに切り捨てるのもまた違う、というのだ。それでは王家と同じなのだと。見定める必要がある。
「愛したフリでもするつもりか?」
「いいわね。それ。ボロを出してくれれば、万々歳だわ」
「それは――――……」
無理だろうな、と心の中で呟く。あの男は彼女を愛している。一目惚れした! そう騒がしく、俺の背中をバンバン叩いたのはあの男だ。今まで自由気ままに生きてきた男が、たった一つ執着した。
だから、どうか幸せになれ。不幸せになれ。その両方を願わずにはいられなかったのだ。
俺はこの想いをずっと抱えて生きていく。だから幸せであってほしかった。不幸せであってほしかった。
だが、俺はこんなことを望んだわけじゃないんだ――――
棺に縋り付き泣く女を前に、俺は絶望に喘ぐことになる。これが俺の不幸の始まり。そして、愛の終焉。
いつから間違えたのだろう? どうして間違ってしまったのだろう?
どこから? なにが? どうして? 何もわからず、ただただ哀れな女を眺め、そして己の無力さに嘆くことしかできなかった。
ただ愛しただけなんだ。
それは報われない想いだったが、愛しただけだった……
本日更新分にて、四章完となります!
四章はルティアたちの成長章として書いてまいりました。11月からは終章である五章の開幕です。
ここから四年後。ヒロインがアカデミーに入学するところから始まります。
どうぞよろしくお願いいたします!




