298.線引きを決める
助けられるなら、みんな助けたい。それは私の境遇が、立場が、良い子でいなければいけないという思いが、そうさせている。お母様の代わりを勤めなければ、と。
だけど誰にでも平等なんて、土台無理な話なのだ。
私を気にかけてくれる人と、敵視してくる人。その人たちを平等になんて扱えない。それって気にかけてくれる人に失礼だもの。
あの日ロビンと―――― 話をしてからちょっとずつだけど、自分の意識を変えようと努力している。
良い子でないと嫌われてしまう。その思いは今でもあるけど、元々嫌われてる人に好かれる努力をする必要ある? と、思ってしまったのだ。彼らが私を嫌うのは、私が自分の思うとおりに動かないから。自分たちの思うとおりに動いて、そして自分たちに利益をもたらさなければ悪なのだ。
彼らの中には私を貶める理由もあるし、私が酷い目に遭っても当然だと思っている。
それなら彼らを助けるために私が動く必要は欠片もない。
もちろん、手の届く範囲ならば助けたい。その思いは変わらないのだけど……でも前よりはハッキリと線引きが出来てるような、気もする。出来ること、出来ないことの線引きは今までの私ではできなかったことだけど。これからの私にはとても大事なこと。
だからハッキリと言える。ロイ兄様の目を見て、私は大きく頷く。
「大丈夫よ。ロイ兄様。私だってレナルド殿下に薬草を渡す以外で、何か手伝おうとは思ってないわ。まあ、そこそこの畑は必要だから……鱗に魔力を込めるぐらいはするけど」
「そうだね。現状、レナルド殿下がトラット帝国内を変えようとしている人だからね。とはいえ、彼らを信じるしかできないけど」
「そうね。嘘をついている可能性もある。それもわかるわ」
「ただ、普通なら恥と思われるような―――― 自領内の食料問題をどうにかするために、父上に食料の援助を求めた姿勢は評価できるからね」
「もしも、皇帝陛下が食糧問題をどうにかしようと思っていたら、すでにこちらに話を持ってきているもの。それがないってことは、そういうことなのでしょう?」
ロイ兄様は私の問いに小さく笑う。それだけでトラット帝国の皇帝陛下が何もしていないことがわかった。もししていたら、秘密裏にポーションを手に入れようとしたりしないだろう。もっとも、ポーションを渡す人たちは自分に旨味がある、そう思っているからやっているのだろうけど……
悪辣なことを平気でやる国の、その一番上に座る人が本当に願いを叶えてくれると思っているのかしら? 人を平気で騙すくせに、そんなことだけ信じてるってなんだか滑稽だ。
「……ルティアのことだから、ちょっと心配していたんだよね」
「まあ、そりゃあね。ロイ兄様が言いたいこともわかるわよ?」
「その調子で、これからも気をつけてくれると助かるな。ルティアが下手に動くと、事態が悪化する可能性をちゃんと考えてね?」
「そ、んなことは……あるかもしれないけど……」
「ある、と思って動いてほしいんだ。そもそもコンラッド殿下がカティア将軍をこちらに連れてきたのだって、ルティアのためだと思うよ?」
「え!? そうなの!?!? 飛龍便の件じゃなくて??」
私がカティア将軍とネイトさんを見ると、二人は顔を見あわせ苦笑いを浮かべた。そ、そうなんだ。私が原因なのか……。コンラッド様から見ても、私の行動は危うく見えたということだろう。心当たりは幾つもあるから、なんとも言えない気持ちになってしまう。
「あ、でもね? それだけじゃないからね?? 飛龍便の件は、私が自分の意思で立候補したし」
「でも……カティア将軍は忙しいのでしょう?」
「忙しくない、とは言いませんけど……カティア将軍は羨ましかったんですよ」
「羨ましい?」
「そう。ずっと、ずーっと羨ましかった……コンラッド殿下は、好きにルーちゃんに会えるのに! 私は好きに会えないことがっっ!!」
私だってもっと頻繁に会いたい!! そう言われて、目を瞬かせる。コンラッド様はファティシア王国とラステア国との外交窓口を担当しているから、頻繁に来るのであって……私に会いに来ているわけではない。
困惑してネイトさんに視線を向ければ、ちょっとだけ遠い目をした。事前に連絡があれば、私としては大歓迎なのだけど……それはそれとして、別に問題があるってことよね。この場合。
そんなことを考えていると、ネイトさんは嘆いているカティア将軍を横目に「仕方ないんです」という。
「まあ、その……コンラッド殿下が遊んでるわけでないのはもちろん承知していますよ? ですが、カティア将軍がファティシア王国に来るにはそれなりに理由が必要ですから」
「あーまあ、そうですよね。ほら、母だってラステア国に行くには理由がいりますから! そんな感じですよ」
「あ、そうか。カティア将軍は将軍だからなのね。そうよね。よく考えなくても、役職持ちの人が他国へ行くのって何かあったのか? と勘ぐられてしまうもの」
「そういうことです。ですので、カティア将軍はどうしたら自分も自由に行き来できるか、というのを探っていたわけです。疫病の広がりを懸念して、ルティア姫の護衛にと考えている節もありますが……そこまでうちが口を出すことではありませんから」
ネイトさんとシャンテの言葉に、たしかに。と、小さく頷く。
コンラッド様がカティア将軍を私の護衛に貸しましょか? というのは越権行為だもの。でも私の今までの行動が、コンラッド様にそういう行動を取らせているのであれば私は本っっっ当に気をつけなければいけない。
「姫さんは、リーナに身代わりをさせないために自分が動いちゃいそうな感じですからね。その辺をコンラッド殿下も心配したんでしょうね」
「私……そんな風に見られてるのね……」
「そうですよ? ちゃーんと胸に手を当てて、今までの自分の行動を振り返ってください」
「えっと……姫殿下の良いところでもあるんですよ? でも長所と短所が一緒だと、問題が起こることもあるということです。母が、ほら、母が! あんな風になったら大変だと思いませんか!?」
「そ、れは……そう、ね? ロックウェル魔術師団長の実力はたしかに素晴らしいけど、それとアレは別だものね……」
シャンテがそう言ってフォローしてくれる。そしてロックウェル魔術師団長が、カーバニル先生に引きずられて調べ物をしに魔術式研究機関に連れて行かれた姿を思い出す。しかも仕事も溜まってるそうだから、その辺も片付けなければいけない。
というか、長所と短所が一緒なの……私。
「ほらね、みーんな気をつけてほしいって思っているんだよ? もちろん僕はずっと思っているけれど」
「そんなにため込む前に言ってほしかったわ……」
「楽しそうだったからね。昔は、ほら……イヤなことも多かったから。ルティアが楽しく過ごせるのなら、それで良いかなって思いもあったんだ。だから僕も反省しなきゃね」
「反省?」
「変わらないものなんて一つもない、ってこと。ルティアはルティアだし、誰かの代わりになる必要もない。必要な提案をすることは大事だし、関わることも悪いことではない。でも線引きは大事だよ」
「そうね。うん。それは、わかるわ」
線引きが上手くできないせいで、身近な誰かに迷惑をかけたくはない。
できることなら誰も怪我をしないことが一番だもの。
「僕らも気をつけるから、ルティアも気をつけて」
「わかったわ」
「暴れ回るのは小離宮内だけにしてください。それなら、侍女長が怒るだけですみます」
「ちょっと! それ私が怒られる前提じゃない!!」
「侍女長なら平気です。今だってルティア様の足に簡単に追いつけるでしょうから」
「そ、それは……ちょっと見てみたい気もするけど……怒られる前提はちょっと困るわね」
私がそう言うとみんなが小さく吹き出した。いや、カティア将軍は普通に笑っているが。
こういう、私に優しい人たちのためにも心配事は減らさないとね。
線引き、その言葉をしっかりと胸に刻んだ。




