297.聖なる乙女、とは? 7
「ひとまず、レイドール領のお祖父様に連絡を入れて……なにか覚えていることはないか聞いてみないとね。カティア家が関わっているのなら、もしかしたら記録があるかもしれない」
ただし、無駄に終わる可能性もあるとロビンが言う。
原因は二五年前の大規模な魔物大量発生。そのときの被害状況によって、資料が失われている可能性があると。かなりの被害だったと、ロビンはロビンのお母様から聞いているらしい。
「何か残ってるといいんっすけどねぇ……かなり大規模だったんで」
「残ってることを祈りましょう。こればかりは仕方ないもの」
私がそういうと、ネイトさんも小さく頷く。
「そうですね。カティア家の方は筆まめな方が多いので……傍流の方もそうだといいんですが」
「東の森に関することだから、資料としては残っていそうな気もするけどね。あとはお祖父様に思い出してもらうしかないかな。二五年前の魔物大量発生を経験しているかただし」
「そうね……それにしても、呪い……呪いっていろんな種類があるのね。ビックリしちゃった」
「呪いっていうのがあるのは、わかったんですけど……呪いって、具体的にはどんな感じなんです?」
呪いに関しては初心者なランドリック団長は首を捻っている。そういえば、この中で一人だけ知らなかったわね。ネイトさんに視線を向けると、心得たように頷いてくれた。
私はホッとして、そのまま説明をお願いする。私だと変なことまで話しちゃいそうだし。知らない方が良いこともあるのよ。余計な心配はさせたくない。
ラステア国でのアレとか、ソレとか。心配の種は少ないほど良いのだ。
ネイトさんによる、呪いの説明が終わる。ランドリック団長は「なんとも気の長い話だ」と呟いた。もしも呪いをかけているのだとしたら、その意見には同意する。
レイラン王国はそんなに長い間、ずっとずーっと―――― トラット帝国を憎んでいたことになるのだから。
「実際問題、レイラン王国の様子がわからないとなんとも言えないけどね。調査をしてみないことには」
「そうですねぇ……レイドール領に人手をやれれば良いんでしょうけど、人手をやる理由がいりますからね」
「理由も無しに、部隊を送り込むことは出来ないからね。ランドリック団長、その辺は僕がお祖父様に相談するから大丈夫だよ」
「なんとも歯がゆいものです。女神の故郷をこの目で見ることが出来るチャンスが! 目の前にあるのに行けないなんて……」
ランドリック団長はお母様を崇拝してるんだったわね……なんだかものすごく残念そうだ。だけど要請も無いのに、ランドリック団長たちを動かすことが出来ないのは事実。
それに……レイドール領に騎士たちを派遣すれば、必ずフィルタード侯爵が口を挟んでくる。手を貸してもらえるのはとてもありがたいけど、フィルタード侯爵がどう動くかわからない以上ランドリック団長たちを動かすのは得策ではない。
私たちが原因で、降格とか左遷とかされたら困るもの!!
「まあまあ、ランドリック団長。今は力を溜めておくときです。是非ともカティア将軍に扱かれてください。暫くいますので。ええ本当に」
「……あ、ありがたーいお申し出なんですけどね?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そんな、ねぇ?」
「そうですよ」
ふふふ、とカティア将軍とネイトさんが笑うとランドリック団長は引きつった顔をする。私とロイ兄様ではどうにもできない。私とロイ兄様は顔を見あわせ、ランドリック団長に「頑張って!」と声をかけるに留まった。
***
「さてと、レイラン王国に関しては実質棚上げ。そこそこの畑はファーマン侯爵待ち。あとは……薬草に関して、だね?」
「カティア将軍やランドリック団長たちに手伝ってもらったから、数日もすればまた収穫して薬を作れるわ」
「となると、一番初めに薬を持っていく場所をどこにするか……だね」
「薬は……予防薬にはならないの?」
「うーん……初期症状下で飲めば、症状が治まる。とはあるけれど……そもそもが、発症してからの潜伏期間も長い病だからね」
「つまり、具体的な症状が出てからじゃないとわからない?」
ロイ兄様はそうなんだけど、と悩み始める。初期症状をどうやって見分けているのかがわからないのだという。たしかに疫病と、普通の風邪の見分け方は初期ではわからない。
高熱は風邪でもなるし。発疹が出てしまうと病状は初期から進んでいることになる。それに一時的に治ったように見えて、また高熱が出るのだ。とても死亡率の高い病。
「……な、悩むぐらいならみんなに飲んでもらうとかはダメかしら?」
「薬が無尽蔵にあるなら、それも検討したいんだけどね」
「さすがに無尽蔵には、ないものね」
「だろう?」
「いや、でもそれ良いかもしれませんよ?」
ネイトさんがトラット帝国で試せばいいと言いだした。そりゃもちろんトラット帝国……というか、レナルド殿下の領地では試すけども!
「トラット帝国なら人体実験できるじゃないですか」
「そ、それは……そうっすね?」
「ちょっと! ロビン同意しないでよ……」
「いや、でもそうじゃないですか。うちだとフィルタード侯爵派閥がほんとに効くのか……って話が先に来ますけど、トラット帝国ですよ? あの、併合した国の人間はみーんな奴隷! みたいな国ですよ?? 別に問題なくないですか?」
そういわれると、たしかにそうなのだけど……。だからといって人体実験とは、聞こえが悪い。私が口をとがらせると、今度はロイ兄様まで「たしかに……」と呟きだした。
「ロイ兄様!?」
「でもね、ルティア。薬というものは、ある程度の治験に基づいていなければいけないんだ。うちの国ではすでにポーションが買えてしまう。予防薬があるのでどうぞ。といわれても、今まで見たことも聞いたこともない病の予防薬だよ? 飲むと思う??」
「――――それ、は……怪しむと思う。それにフィルタード派の貴族たちが、こぞって貶める噂を流しそう」
「だろ?」
「しかもうちの国で疫病が広まり始めている場所はどこかな?」
ロイ兄様に問いかけられ、私は「フィルタード派閥の領地でしょう?」と答える。答えた後で、ハッとした。そして私はポン! と手を叩く。
「そっか! フィルタード派閥の領地!!」
「ね? 彼らなら帝国で治験された薬なら、予防薬として領民に配るんじゃないかな?」
「でも薬は無尽蔵にあるわけじゃないのよ?」
「うん。でもフィルタード派閥以外の領地なら頼めば薬を作ってくれるだろうし、ポーションの生産にも力を入れてくれる。つまり、僕らが手を貸す必要はないんだよ」
「手を貸す必要があるのは、フィルタード派閥の領地だものね。彼らが自分たちでポーションを作らないのなら、ポーションは足りないままだし」
「そこに帝国でも使われている予防薬がある、って言われたら……ひとまずそれで様子を見ようとするだろ? なにせポーションよりも手間がかからない」
「その間に私たちで重症になった人たち用のポーションを作る?」
私がそう言うと、ロイ兄様はにこりと笑う。薬に関して言えば、ポーションを作るよりは量産しやすい。別に魔力を注ぐ必要もないからだ。レナルド殿下の領地には薬草を輸出できるだろうし……それに今もっとも薬を必要としている場所はトラット帝国。
まだファティシアには疫病が広まるまで猶予がある。もちろん疫病が広まらないのが一番だけど。押さえ込めるうちは、トラット帝国向けの薬草を作った方が良い。
カナン侯爵だってレナルド殿下が求めている薬草であれば、海路から即届けてくれるだろう。ファーマン侯爵領が一番近いけれど。カナン侯爵的には、商売人として求められているものは一番に届けたいはず。
そのうえで、自分が届けた薬草が実は予防薬だった。と知れば彼だって領地で作ろうとするはずだ。この勝機を逃すはずがない。
「魔力過多の畑は、どの領地でも作っている。農業ギルドや神殿が中心となってね。でもポーションを作るとなると、神殿頼みだ。フィルタード派の貴族たちは手伝わない」
「そこに魔力過多の畑で育てるだけで良い薬草があれば、飛びつくわね」
「そう。しかも帝国のお墨付きだ。自分の領地だけでなく、帝国に運べるくらいの量を作ろうとするだろう。そうすれば僕らは何もする必要はない」
「普段自分たちが賛美してる国の薬だものね。手軽に育てて、薬に出来るなら……それぐらいはやってくれるわよね」
ロイ兄様は呼び水になれば良いんだよ、といった。薬自体はアリシアの話から、問題なく使えるはずだし。予防薬的なものになればもっといい。みんなが飲めば感染リスクは下がるはず。
「ただね、ルティア。トラット帝国内の重症患者に関してはどうにもできないからね」
「……わかっているわ。そこが、線引きする部分なのよね?」
「そう。僕らはトラット帝国が戦争を仕掛けてこなければ、国内でどうなっていようと正直どうでもいい。火種が飛んでこないかぎりね」
「それを薄情だとか、もっと自分で出来ないかな? とかは思ってないから平気。優先すべきなのはファティシアだもの。トラット帝国じゃない」
「うん。それならいいんだ。僕たちにはファルティシーア様のように全てを浄化できるような力があるわけじゃないからね」
本当は、できるのだろう。私の魔力量があれば。でもそれはいわない。
だって……私は『聖なる乙女』ではないからだ。境界を見謝ってはいけない。
私は―――― 聖なる乙女には、なれない。私が優先すべき場所は、このファティシア王国なのだから。




