296.聖なる乙女、とは? 6
なんというか、あっちもこっちも手詰まり状態だ。もっとこう、上手い具合に話が進んでくれたら良いのだけど、進んでも私たちに有利に働くとは限らない。そこが難しいところ。
「まあひとまず、レイラン王国に関しては棚上げ……ということで。それよりもトラット帝国の土地に魔力が無いかもしれないんだよね?」
「でも前に、力の無い国を属国化してるって言ってなかったかしら?」
シュルツ卿の話とは矛盾してない? と問いかければ、因果が逆なのだろうとロイ兄様はいう。
「因果が逆?」
「ああ……そうか。戦争を起こすとき、トラット帝国は略奪が中心のはず。なにせ自国に食料がない。死に物狂いでかき集めますよね?」
「そう。食料がなければ攻め込まれた国も戦えない。たぶん一番初めに叩くのは穀倉地帯のはずだ。呪い、がどんなものかわからないけど……トラット帝国が攻め込んだら、その呪いはその国にも広まるんじゃないかな? ジワジワと」
「どういうこと?」
「戦で勝つには、情報戦からまず始めるよね?」
そういってロイ兄様はネイトさんを見た。ネイトさんは小さく頷き、攻め込む場合どうやっても相手側に地の利がある。相手側を分断させるための情報戦は定石だと。
「情報戦として、最後にあの国は大して力の無い国だった。とでも触れ回れば、それならうちはあの国よりも戦力があるし、と慢心するでしょうね」
「食料がどうしても必要なら、色々な手を考えるはず。たぶん、トラット帝国の兵たちは食料を持たされていない。現地調達のはずだ」
「えっと……普通は、持っていきますよね?」
チラリとシャンテがランドリック団長を見る。
「当然ですよ。長期戦になることも見越して、人数かける日数分。もちろん全部は無理ですから、途中から現地調達もしますけどね。でも初めから持っていないなら……ロイ殿下の推察するとおり、死に物狂いで集めるでしょう。でないと自分たちが死にますから」
「強奪に慣れた騎士たちなら、人を生かしておくのもある程度で大丈夫だと考える」
「最終的に、入れ替えてしまうならそこまで残す必要もないですしね」
「そう。そして新しい住人に食料を作らせる。だけど、シュルツ卿の言葉を信じるのなら併合したあと土地が痩せ細る」
元々の土地を知らないなら、それが普通だと思うだろう。私がそういえば、ロイ兄様たちも頷く。
「その通り。それに帝国側の情報戦も加わって、力の無い国を属国化している……という話になる」
「それに帝国の人間とて、その土地がどうであったかなんて知らないでしょうし。こんなものかと思うでしょうね」
「噂の信憑性が増しちゃうのね」
「そうして痩せ細った土地ばかりがトラット帝国の領土になった、というわけだね」
「だからずっといろんな国と戦争をしているのね……」
「もしかしたら、ラステア国に戦争を仕掛けた時期はそういったことに気がついた人がいたのかもしれない。土地の魔力がなければ、作物が育たないって」
「ポーションだけじゃなくて?」
「もちろんそれもあっただろうけど、普通は疑問に思うだろ? どうしてうちの国とあそこの国はこんなにも魔力量に差があるのかって」
「そ、そう?」
「少なくともトラット帝国の人はそうだと思うよ」
ロイ兄様にいわれ、私は考え込む。たしかに昔は普通の土地で、魔力量のある人もたくさんいたのなら……不思議に思うわよね。何が原因で魔力が潰えてきたのか。そして調べた先に、ファルティシーア様の件が出てきたら? きっと原因がそこにあると思う。
なにせトラット帝国の皇帝陛下が探し求めている『聖なる乙女』だもの。ファルティシーア様にした仕打ち。そして聖属性の力。現状のトラット帝国。その辺を考えれば、情報量の少ないレイラン王国より魔力量の多い人がたくさんいるラステア国に行きつく。
「……もしかして、ファルティシーア様をラステア国の出身だと思ったのかしら?」
「可能性はあるよね。レイラン王国は情報が少なすぎるし。それにレイラン王国に行くにはファティシア王国を抜ける必要がある」
「えっと……昔ファティシア王国と、トラット帝国が戦争したことがあるって……」
「レイラン王国に行くついでに、うちをどうにかしようとしたのかもね。でもその時に大規模な魔物大量発生が起こった。聖なる守護者のおかげでなんとかなったけど」
「そのときに聖なる守護者を強奪しようって思わなかったのかしら?」
「トラット帝国の認識が『聖なる乙女』であるなら、乙女でない守護者は対象外だったのかもしれないよ?」
限られた文献の中からでは、当時のトラット帝国の様子まではわからないとロイ兄様はいう。事細かに書かれていればいいけれど、聖なる乙女や守護者が関わったことは秘匿されることが多いらしい。
「秘匿……?」
「そう。魔力量の多い聖属性持ちは希少だからね。彼らの血筋が狙われたりしないようにするためだと思うよ」
「なるほど……関係のない子が攫われたら困るものね」
「素朴な疑問なんだけど、聖属性って血筋が関係あるの?」
カティア将軍のもっともな質問にロイ兄様は首を横に振る。血筋は一切関係なく、希に現れるだけだと。ということは、私に子供が生まれたとしても聖属性を持って生まれてくるとは限らないってことね。そもそもお父様もお母様も聖属性持ちじゃないし。
聖属性持ちは、たしかに貴重ですけど……と前置きした上でランドリック団長はよほど大規模な魔物大量発生でなければ自力でなんとかできる、と。
「魔物だって対策立てれば討伐できますからね。絶対に必要な存在というわけではないです。今はポーションもありますから、神官を帯同しなくてすむのは助かります。戦闘時に非戦闘員がいるのは危険ですから」
「そういうもの?」
「ラステア国にはいないのでしょう? 聖属性」
「うちは……そもそも属性の観念がないから。もちろん魔術を専門に勉強してる人たちからすれば、うちの国でも一応あるらしいけど」
「属性に頼らず、身体強化に回して倒した方が早いですよねぇ。物理が一番です。物理が」
カティア将軍とネイトさんがそう言いながら頷き合っている。それにランドリック団長が見たこと無いような表情をして見せた。でもお母様も似たようなものじゃないかなあ? 単独で魔物が跋扈する森に入って、魔石を狩るぐらいだもの。
「たとえラステア国に聖属性がいなくても、土地の魔力量が豊富なら作物も良く育つでしょう?」
「そうね。それはほしくなるわね」
「ポーションという回復薬もありますし……狙われるには十分な理由ですね」
「そうだと思います。でもそうなると……魔力過多【そこそこ】の畑を作る必要はないのかな?」
「どうして?」
「現状、トラット帝国の土地には魔力がない状態だろ? 魔力過多の畑を作っても、魔力が減るスピードが速いんじゃないかな」
「可能性としてはありますね」
ネイトさんもロイ兄様の意見に同意する。私は半分くらいしか理解できない。いや、魔力過多の畑の魔力が呪いによって抜けてしまう、というのはわかるのよ。でもそこそこでなくて良い理由がわからない。それを察したのか、ネイトさんが私にわかりやすく教えてくれる。
「えーっとつまりですね、そこそこの畑だと作物が育ちきるまでに魔力が尽きるのではないか、ということです」
「普通の魔力過多の畑なら作物が育ちきるまで持つ?」
「呪いが、土地から魔力を抜くものだと仮定します。属国化した国の土地も直ぐに痩せ細るのであれば、魔力を吸い上げる力がとても強いのではないかと思うんですよ」
「でも……属国化されるまでに時間はかかるでしょう? それに人も移動するし」
「そうですね。どの時点で土地が痩せ細るのか、それがわからない。もしかしたら、そこそこでも持つかもしれませんが……」
「実験してみないとなんとも言えないわよね」
そこそこの畑が必要ないのであれば、シュルツ卿が鱗を使えるようになればそのまま帝国で試してもらえばいい。だけど魔力過多の畑が普通に出来てしまっても問題なのだ。ほどほどでないと。
「そこそこの畑の状態で作物が育ちきるまで持てば良いのよね? それならやっぱりそこそこの畑の方が良いんじゃないかしら??」
「つまり?」
「足りなかったら、また足せば良いのよ。良く育ちすぎても、レナルド殿下以外の土地の人たちは不信に思うでしょう?」
「それは、たしかに。そうならないためのそこそこの畑だしね」
「初めは実験的な規模で作るわけでしょう? さすがに一晩で魔力が抜けることはないだろうから、ちょこちょこ様子を見に行けばいいんじゃない??」
これから冬が来れば、また食料が不足して餓死者がでる。そうなる前に寒冷地でも育つ作物を育てれば良いのだ。元が痩せた土地ならば、食べられる作物は七割り程度取れれば大成功と言える。
「レナルド殿下たちには、そこそこの畑を維持してもらって食料自給率を少しずつ上げてもらうしかないわ。どう足掻いたって、いきなり豊作になったら怪しまれるもの」
「レナルド殿下が早々に皇位につけば、また別ですけどねぇ。さすがにまだ早いですし。ファティシア王国から食料を輸入しているのであれば、そこまで餓死者も増えないはずです」
「そうね。こう言ってはなんだけど……そこまで私たちがトラット帝国に対して責任を持つ必要は一つもないもの。恩を売れるっていっても、レナルド殿下が皇位に就ければの話しだし」
ここは厳しく行きましょう、とカティア将軍はいった。
個人的には、助けられるなら助けたい。だけど自分の力だけじゃ、及ばないこともたくさんある。そして手を出してはいけない領域というのも。
トラット帝国に関しては、特に。
たとえ聖属性を持っていても、それだけでは特別でも何でも無いのだ。




