295.聖なる乙女、とは? 5
デザートまでペロリと平らげ、私とカティア将軍はネイトさんの待つロイ兄様の小離宮へ向かう。入り口では知らせを聞いていたロビンが私たちを待っていた。
「ロビン、お待たせ」
「いえいえ、大して待っていませんよ。こちらも食事をしていましたし」
「ルシアンは大丈夫そう?」
「はい。もちろん」
カティア将軍の問いかけに、ロビンはいつものように飄々とした態度で応えた。そんなロビンを将軍はジッと見つめる。私が首を傾げると、将軍は小さく「ふふふ」と笑った。
「……どうしたの?」
「いいえ。なんでもないわ」
「そう?」
それ以上追求するのもな、と思い私たちはロビンに促されるままロイ兄様の元へ向かった。兄様の部屋ではネイトさんと、シャンテ、そしてランドリック団長がいる。
「……ライルたちは?」
「ライルたちは、自分たちがいても役に立たないからって自分の宮で勉強するって」
「そう……」
「私がいるのは、姫殿下のお側に居る時間が長いので」
「そうね。シャンテは何もしなくてもたぶん巻き込まれちゃうわね……」
「穏便に、とは言いたいですが……向こうが穏便な態度でいてくれない限り無理ですし。それに、やられっぱなしも性に合いません」
苦笑いを浮かべるシャンテに、申し訳ない気持ちが湧いてきた。本当ならライルの側近候補だものね。とはいえ、シャンテが側にいてくれるのは正直心強い。アリシアにも事情を説明したいけれど、今、領地に帰ってしまってるからなぁ。
短い期間とはいえ、アリシアと会えないのは正直寂しい。自分たち以外のお友達を作りましょう! と言った手前、アリシアとばかり話しているわけにもいかなかったし。アリシアが戻ってきたら、絶対にパジャマパーティーをするわ!
そんなことを考えつつ、私はさっきまでカティア将軍と話していたことをロイ兄様に伝える。ある程度のことはネイトさんが話していると思うから、私が話すのはレイラン王国に陸路でいく方法。
「レイラン王国が、すでにない……という可能性は盲点だったな」
「推測だけどね」
「どことも交易のない国、ですよね?」
シャンテはそういって首を傾げた。それにカティア将軍がうちとはあったのよ、と話しだす。
「二五年以上前にうちの傍流が交易していたぐらいじゃないかしら? それだって本家の私たちは知らなかったもの」
その言葉に今度はランドリック団長が首を傾げた。
「本家なのに、ですか? では何故今になって??」
「あーそれはね、ほら……飛龍便を試すのにどこかないか探っていたのよ。龍に驚かない人たちが良いでしょう? それでいて土地もある程度ある……」
「僕がそれならレイドール領はどうかと提案したんだ。お祖父様たちなら、龍に驚いたりしないだろうしね」
「そういうこと! それでレイドール領に行ったら、以前うちの傍流がレイドール領を経由して、レイラン王国に行っていたことがわかったのよ!」
上手い具合に調整を付けた言い分けだ。実際には曾お祖母様がカティア家の傍流の方なのだけど。さすがにそんな踏み込んだことまでは、カティア家の商会担当の人たちが来たからといって普通は話さない。よほど仲良くならないとね。
だからランドリック団長には、表向きの理由だけで勘弁いただこう。
「あれ? カティア家の傍流は……飛龍でレイラン王国に行ったのよね?」
それなら飛龍でレイラン王国に行けるのでは? さっきは無理って話をしていたけど、実は行ける?? そう思ってカティア将軍に聞くと、カティア将軍は明後日の方向を向いた。
「……ああ、なるほどね。レイドール領が中継地点なわけだ」
「え? どういうこと??」
「飛龍をレイドール領に預け、《《陸路で》》レイラン王国に向かったんですね?」
「あ、そうか。そうよね。飛龍でなら王都から一日もかからないもの。ラステア国からだと二日ぐらい? それぐらいなら荷物は積めるわね」
「うちの傍流とどう接触したのかは、未だにわからないのだけど……龍の鱗をレイラン王国は欲しがっていたの。だからもしかしたら、レイラン王国の人間があの山脈を越えてラステアに来たのかもしれないわ」
山脈からみてレイラン王国側は龍がいない。だけどラステア国側はいる。どんなに険しくとも、古の術が使えるレイラン王国の人たちなら……頑張って乗り越えたかも?
「たとえどんなに大変でも、どうしても手に入れたいものがあったから……だとすれば多少の犠牲は払ってもラステア国まで行く可能性はありますよね」
ロイ兄様はそういってカティア将軍を見る。将軍も小さく頷き、必要な物は『結晶石』だったのでは? といった。
「呪いの核となるもの、でしたか?」
「まあ、本当にレイラン王国が呪っていたら……の話だけどね。でも結晶石が魔力の塊であるなら、十分あり得るわ」
「ただ有限ではある?」
「使わなければ何百年と卵の形のままですけどね。ラステア国にある、結晶石もだいぶ前のですし」
「本来は見つからない物だけど、食べちゃうんじゃねぇ……でてくるわよね。結晶石」
龍と共に生きているラステア国からすれば、信じられない話だろう。だが必ずしも龍が幸いを運んでくるわけではない。気性の荒い龍だっている。性格は人間と同じ、千差万別なのだ。たまたま、レイラン王国では気性の荒い龍が暴れたとしたら?
龍を魔物と認定して討伐するだろう。
そして魔物と違い、消滅せず残った死体を偶然食べた者がいた。何事もチャレンジ精神旺盛な人はいるものだ。食べて美味しかったなら、龍を討伐して食料としたかも……?
魔物大量発生が多い土地なら貴重なお肉だろう。
「それにしても、陸路でレイラン王国に向かうって……カティア家はどうなってるんです? たしかレイドール領とレイランの間の森ってかなりヤバい場所ですよね??」
「そうなんだけど、行けちゃったんでしょうね。陸路で」
ランドリック団長とカティア将軍がそう話していると、ロイ兄様は「呼ばれたんだよね」と呟いた。
「兄様?」
「いや、聖なる乙女ファルティシーア様が……レイラン王国出身だとする。ということは、レイラン王国には聖属性の概念があるはず。それなら、陸路で行けるんじゃないかな?」
「あ、そうか。誰かが浄化した?」
「そう。むしろ、ラステア国に向かった一行の中に聖属性もちがいたかもしれない」
「えっと……つまり、森全体を浄化することはできないけど人が歩く程度の道幅なら浄化できる?」
「古の術が残っている国だからね。もしかしたら魔物を避ける術があった可能性もある。それが出来るなら、陸路でも森を抜けられるだろう」
「でも、凄く広いでしょう?」
レイドール領に立ち寄ったとき、上空から森を見たけどものすごーく広かった。あの森を抜けるのは一日~二日では無理だ。一週間ぐらいはかかりそう。
「ラステア国、いやカティア家的にはどうです?」
「うち的? そ、そうねぇ……ものすごく広い森でも、道ができているなら走れば三日もあれば抜けられるんじゃないかしら?」
「は、走る……?」
「そう。身体強化して走る。馬より早いわよ?」
事も無げに言われてしまい、ネイトさんをのぞいた視線がカティア将軍に刺さる。ネイトさんは、鍛えたラステア人ならそれぐらいは可能です。と付け足した。カティア家だけが特別ではないそうだ。
「そんな、そんなに……?」
「ええ。そんなに、です。どうぞ明日以降の合同訓練は楽しみしていてください。カティア将軍をお貸ししますので」
「……話を聞いてはいたけどね! 僕たち生き残れるかなぁ」
「大丈夫よ! 気合いが大事!!」
「お、お手柔らかにね……?」
ポーションがあるとはいえ、ちょっと心配になってしまった。ランドリック団長はさめざめと泣いているフリをしている。その仕草にちょっとだけ笑ってしまった。
「さて、それでルティアが考えた……レイラン王国の様子を見に行く、だけど……現状難しいよね。飛龍は、使えないんですよね?」
「そうですね。呪いに使われた結晶石があるのであれば、龍たちは忌避するでしょうから」
「となると、傍流の方と同じく陸路になる。陸路で行くには、道がないとダメだしね」
「そうよね。それに聖属性もちの人も必要だわ」
「推測の域を出ない話で、神殿の神官たちを借りるわけにはいかない。彼らには、疫病の対策を頑張ってもらわないといけないから」
「そうなるわよね……」
私が聖属性を持っていることをランドリック団長は知らない。だからこんな言い方になってしまう。だけどロイ兄様としては、私に釘を刺している。たぶん。いや、確実に。
私が飛龍に乗って「ちょっと行ってくるわね!」とレイドール領に行き、境界の森を浄化するんじゃないかって心配しているのだ。今までなら考えた。し、確実に実行できる方法を探しただろう。でもさすがにそれが無茶なことだと、わかっている。
だから、それを実行に移すことはしない。もしやるなら、お祖父様たちを頼る方法で何か手伝えないか考えた方がいい。デュシスの鱗が、どのくらい必要かにもよるものね。量がいるなら、簡単には作れない。
「――――この問題は、今のところ棚上げ……ですかね。まあ屈強な部隊を幾つか送り込めば別ですけど、それでレイラン王国に抜けたときが問題ですし」
「そうですね。推察したとおりに、レイラン王国がないのであれば問題ないでしょうけど」
「あった場合は、侵略行為に見なされかねません」
ネイトさんとロイ兄様の話に、こっそりって本当に難しいのだなと実感する。ただちょっと確認したいだけなのに。
「まあ、レイランの術者がトラット帝国にいる。ということだけは確定なのでしょう?」
「そうね。シュルツ卿の話では、だけど」
「完全に滅んではいない、ということしかわからないですね」
私たちは皆一様に小さなため息を吐いた。




