294.聖なる乙女、とは? 4
とはいえ、作業していた格好でロイ兄様の宮に行くわけにもいかず……私とカティア将軍は身支度を調え、食事をしてからロイ兄様の宮に行くことにした。
ネイトさんはロイ兄様の宮でお世話になるから、ライルたちとそのまま向かったけれど。
「カティア将軍、レイラン王国って見に行ったり出来ないのかしら?」
「見に行く、というと飛龍で?」
「そう。上空からならこっそり見たり出来ないかな?」
「まあ、空の上は国境ないものねぇ。でもたぶん、難しいかな」
「どうして?」
「うちの国もレイラン王国に接している部分があるの。すんごい山脈がね、うちと向こうの間にある。それを越えて飛龍たちは向こうに行かないのよ」
「それって……レイラン王国に行くと、食べられちゃうから?」
私が真面目な顔でいうと、可能性はある。とカティア将軍が頷いた。やっぱり食べちゃうような国は、龍たちにとって避けたい場所なのだろうか? 危機管理能力が高いのね。そんなことを考えていると、将軍がそれは冗談だけど。といった。
ちょっと信じたのに……私が頬を膨らませると、カティア将軍が指でツンツンと突っついてくる。そしてごめんね、と謝ってきた。
「えーとね、どちらかというと龍たちが近寄らないのは、結晶石があるからかもしれない」
「結晶石が?」
「龍たちが隠すほど、大事なものよ。それを呪いの媒介に使っているのなら、龍たちは危険を感じてレイラン王国に近づかないと思うのよ」
「……やっぱり呪いの媒介になりうる物、よね?」
「そうね。思うに……土地の魔力を奪う呪いなんじゃないかしら」
「土地の魔力が無くなれば、土地が痩せ細るし、作物は育たない。それに魔力量の多い人も生まれない。でもとっても長期的な作戦だわ」
さっきロックウェル魔術師団長たちと話していたことを思い出す。土地の魔力がそのままその土地で暮らす人々にも影響を及ぼしているとは知らなかった。
でもよく考えれば、前にカーバニル先生も言っていたわね。魔力過多の畑で育てた果物をお母様に食べてもらうとき、良い影響はあっても悪い影響はないって。今考えると、私たちが普段から良い物を食べてるから、ってことよね。体がその分慣れている。
そしてカティア将軍はそもそも『聖なる乙女』がレイラン王国出身だと知られたくなかったのでは? といった。レイラン王国から来たのを知っていたのなら、トラット王国はレイラン王国へ攻め入っていたはず。周りを森や湖、そして大きな山脈に囲まれていて、魔物が多い国。そんな国なら攻め入って滅ぼすのは容易。
どうしても『聖なる乙女』が欲しいのなら、それぐらいはやるだろう。彼らが恐れるのは、これからの自分たちの身に降りかかる『聖なる乙女』の呪いなのだから。
「実際に聖なる乙女が呪うかどうか、は関係ないのよ。それだけのことをした。って誰もが恐れたのでしょうし。だから自分たちを守ってくれる代わりを探した」
そのために初めのうちは他国に侵略を繰り返していたのではないか? そうカティア将軍はトラット王国の動きを推察した。しかし、乙女の出身国である動かず沈黙を選んでいる。そこにレイラン王国の思惑もあったはず、と。
「でもレイラン王国は魔物が多いのよね? 知られてもそう簡単に攻め込まれないんじゃない??」
「できるわよ。だって聖なる乙女が浄化したあとなんでしょうから」
「あ、そうか。浄化して暫くは魔物が現れない!」
「そう。でもそれまでの魔物との戦いで国は疲弊していたはず」
「だからファルティシーア様が殺されても、抗議できなかった……。それなら長期戦でいこうとしたのもわかるかも」
「そうね。長い時間をかけて、真綿で絞めるように」
「それなのに、今さらレイラン王国の術者はトラット帝国に直接乗り込んだ、ということになるわよね?」
「二五年前の魔物大量発生でレイラン王国が壊滅的な状態になった。そして、もうどうにもならないから死なば諸共、って乗り込んでたりしてね」
ただそれもレイラン王国の現状を見ることが出来なければ何もわからない。ただの推測だ。レイランの術者から話を聞ければ別だけど。彼女たちがすんなり理由を話すわけがない。
現状彼女たちはトラット帝国のために動いているし。
「……レイドール側から、森を抜けてレイラン王国に行けないかな」
「陸路で? 魔物が跋扈してる森でしょう?」
「デュシスの鱗を持っていけば、私がいなくても森を浄化することはできないのかなって」
「鱗は、呪いを防ぐのよね。ということは、浄化もいけるかもしれないわね」
「レイドール領の、お祖父様に頼んで出来ないかなって。ただ森が広いから、浄化するにしてもどれぐらい鱗が必要なのかわからないのが困るところだけど……それにデュシスの鱗だし」
「そもそも浄化って、どのぐらい持つの?」
もっともな質問に、私は固まってしまう。そうだ。浄化ってどのぐらい持つんだろう??
浄化された土地は暫くは魔物が発生しなくなる、はず。なら徐々に範囲を広げていけば、安全な森になる。
浄化がどのくらいの期間持つのか? 神殿の神官たちなら知っているだろうか??
聖属性の力を持っていても、私は神殿で習ったわけではない。なにせ力自体を秘匿している状態だから。秘匿していなければ、神殿で習うかもしれないけど……
「……大規模な、魔物大量発生が何度か起こってはいるんです。でも、それは大規模な魔物大量発生だから、比較にならないかも」
「そのときに浄化はしているのよね?」
「はい。その土地は今は、魔物がいても大量発生することはないので……」
「大量発生するほどの魔力がその土地にもうないのかもね」
「そうかも……?」
私は大規模な魔物大量発生が起こった土地の事を思い出そうとする。たしか森があって、そこから魔物が大量発生したはず。でも浄化したことで、森に人の手が入って開拓されたからその森の規模は小さくなってしまった。魔物は出るけど、大量発生することはそんなにないと聞いている。それこそ、領地内で対処できる規模。
「カティア将軍、森って魔物が住み着きやすいの?」
「基本的には、そうね。森には動物もいるし、隠れる場所もある。食べるものが十分あるなら、魔物もそう森の外には出てこないけど……」
「移動するのに、人間が道を作っちゃうと遭遇率が上がってしまう?」
「そうね。魔物からすれば、人間も動物もどっちもご飯……でしょうからね」
突撃! となりの晩ご飯!! って感じね。と、言われてしまう。そんな気軽に出てきちゃうのか、魔物って。でもご飯、って思っていたら出てくるわね。うん。
カティア将軍に魔物大量発生後、浄化された場所は人の手が入っていると教える。そして今は魔物が出ても領地内で対処できることも。
「森の規模が小さくなったことで、魔物が発生しにくくなったのかしらねー?」
「そもそも魔物って、どうやって生まれるの?」
「あれはね、自然現象」
「自然現象!?」
「そう。ある日突然、生まれるの」
「突然? 何もない場所から??」
「思うに、魔力溜まりが出来る過程で生まれてきてるんじゃないかしら?」
「魔力溜まりって……でも、土地にあるものでしょう?」
「魔力溜まりになるまでには凄く時間がかかるとするでしょう? その間に、魔力の小さな塊ができる。それを核として魔物が生まれる、ってところかな」
魔力溜まりになりきらない、小さな魔力の塊。それを元に魔物が生まれるなら、魔物が死ぬと魔石を落とすことも頷ける。たまたま魔物にならなかった魔力の塊、それが長い時間を経て魔力溜まりになった。そこに魔物が入り込めば、大量の魔力を取り込んだ魔物たちが溢れかえる、ということか? そう答えると、カティア将軍が小さく頷く。
「そっか……たしかに自然現象かも」
「とはいえ、魔物が発生した瞬間を見た人は少ないから……文献から紐解いていかないといけないんだけどね」
「見た人が少ないってことは……」
「まあ、食べられたりとか? あとはいっても信じてもらえない、ということもある」
「沢山の人が一緒に見たなら、別だけど……一人じゃたしかに信じてもらうのは難しいかも」
ラステア国でも魔物の発生、ひいては魔物大量発生をどうすれば発生させにくくなるのか? と長い間研究しているらしい。カティア家が治める領も魔物が多い土地だし。将軍が詳しいのにも頷ける。
「ひとまず、レイラン王国についてはロイ兄様たちとも相談しなきゃ……」
「そうね。個々で考えても、結局のところみんなで協力した方が早くすむかもしれないし」
「トラット帝国自体が呪われてる、って直接聞いてみないとわからなかったしね」
「可能性の話としては、たしかにアリだと思うもの」
私は相談する内容を一端、紙にまとめた。今日だけでたくさんのことがわかったし。
これにロイ兄様の情報を足せば、もう少し進展するかもしれない。




