293.聖なる乙女、とは? 3
魔物大量発生は土地の魔力溜まりに魔物が入り込むことによって、定期的に引き起こされる。いわば自然現象に近い。ラステア国のように魔力溜まりを早々に見つけて、人為的に加工すれば魔力過多の畑になり得るが。
魔物が跋扈する森でそんなことする人は、まずいない。レイラン王国は周りを森や湖、そして巨大な山脈に囲まれた国だ。ラステア国と同じなら、いつ何時魔物大量発生が起こるかわからない。
「魔力溜まりができるってことは、土地に魔力が豊富に含まれているからよね?」
「そうですね。どの土地も微弱ですが魔力を含んでいます。ラステア国は土地の魔力量が多いのもあって、そこに住まう人々の魔力量も多いのですよね?」
ロックウェル魔術師団長の言葉にカティア将軍とネイトさんが頷く。基本的にラステア国で不作になることはない。不作はないが、魔物や野生生物が元気すぎて獣害はあるけれど。
こう考えると、ラステア国とレイラン王国はとても似ていて、トラット帝国は真逆だ。
「土地によって魔力量は異なるけれど、内包する魔力量が多いからこそ小規模な魔物大量発生が定期的に起こる。レイドール領とレイラン王国の間にある森もそれと同じだと思うわ」
「それならレイラン王国も魔物大量発生に悩まされているはずね。だからこそ、古の術があって……ファルティシーア様のような魔力量の多い聖属性持ちが現れたんじゃないかしら?」
「聖なる乙女が各地を回っていた理由にもなるわ。魔物大量発生が多いからこそ、少ない供と一緒に回っていたんじゃなぁい?」
ラステア国に行かなかったのは、ラステア国の人たちが強かったからかしら? あれ、でもデュシスが私と似た力をもった人に会ったことがあるだか、聞いたことがあるだか言ってなかったかな?? これはコンラッド様に確認してみなければいけない。
「しかし……レイラン王国がもうない、と考えるのは時期尚早では?」
「でもどこの国とも交易がないのよ。唯一、トラット帝国にいるだけ」
「それは、そうですが……」
「もしもトラット帝国を恨んでて、レイラン王国がもう無くなっていたのなら恨んでトラット帝国をどうにかしようとかないかしら?」
「しかし聖なる乙女を死に至らしめたのは一〇〇〇年も前の話ですよ? それまでの間に滅ぼすとか、しません?」
「呪いによる自滅を待っていたとかは? だって戦争を仕掛けると、自国民も危険にさらすじゃない。勝てるかどうかもわからないし」
それなら時間が掛かっても、呪いをかける方が楽ではなかろうか? 龍を食べてしまったレイラン王国なら、ある程度の量の結晶石があったはずだし。その魔力を使えば呪いをかけ続けることも出来そうだ。
「呪いの核になる結晶石があるなら、わざわざ自分たちで出向いて戦う必要はないですね。それに魔物大量発生の発生率が高いなら、他国に兵を向ける余力なんて無いですよ」
「そうは言いますが、ラステア国はとても強いですよね。有事には皆戦士の国でしょう? 貴方たち」
「我々、魔力の属性という概念がないんですよ。身体強化に全振りしてる人もいるぐらいなので。もちろん大昔には古の術を使う者もいましたが……今は殆どいません」
「いない、ということは使い勝手がよくなかったということですか?」
「思うに触媒になる、核がなかったのでは?」
「レイラン王国は龍の鱗とか骨とかを核にしていた、だから古の術の使い勝手もよかったってこと? 魔法石みたいに??」
思わず口を挟むと、ネイトさんはたぶん……と小さく呟く。
「それならうちの傍流がレイラン王国と取引していたのは鱗で確定ね。鱗だけなら、生え替わるから……うちの領地は龍も多いし、理由はわからなくても融通したかも。元々捨ててたわけだし」
「それが、二五年前の魔物大量発生以降、必要なくなったってこと?」
「レイドール領ですら復興にかなりの時間がかかってるわ。レイラン王国も同じように魔物大量発生に遭っていたら、だいぶ被害が大きいんじゃない?」
「国を、維持できないほど……?」
そう呟くと、シュルツ卿は彼女たちが来たのは十五年前だという。つまり魔物大量発生から十年後。その十年で何が起こったのだろうか?
「……トラット帝国にいるレイランの術者は二人です。元は三人だったんですけど、色々ありまして」
そういってシュルツ卿はチラリと私を見た。アイゼンのことを言っているのだろう。残された術者のうち一人は、皇帝の側に侍っている。もう一人はその女性に従者のように接している、と。ただ顔を布で覆っているので、体型からでは男性か女性かはわからないという。
「その、皇帝に侍っている人はどんな人なの?」
「どんな、ですか……魔術師というには動きが洗練されているとは思います。思い返してみれば、ですけど。後宮にいても、他の妃たちと何ら遜色のない動きです」
「つまり、高度な教育を受けているってことね。……レイラン王国は、たぶんラステア国と同じで魔力量が多い人間が多いはず。レイドール領の人たちがそうだし」
「そうなの?」
「アンタもそうでしょうが……」
「え、王族だからと思ってたんだけど……」
「もちろん王侯貴族は魔力量が多い人が多いわね。でもカロティナ様は桁外れに多かったのよ。一人で森に入って魔物討伐しちゃう人の魔力量が少ないわけないでしょう?」
「それは、そうかも?」
カーバニル先生に言われて、私は小さく頷く。たしかに土地の魔力量が豊富なら、魔物大量発生は起こる。そしてその土地に住む人たちの魔力量も。でも魔力量は何で増えるの?? 自分の前に提示された情報から、一つずつ考えていく。
「あ、もしかして普通の土地より魔力量が多いから、そこで育った作物に内包される魔力量が他の土地よりも多い? それでその作物をずっと食べ続けていると、魔力量の多い人たちが生まれやすい、とか??」
「正解です。シュルツ卿を見ていただけるとわかりやすいですが、元々魔力の少ない人が魔力を空にした状態で補給する。そうすると、新しく受け入れる魔力に対して抵抗力がない状態になります」
「だから魔力は元に戻っても、私たちと違って過多になって出ちゃうんじゃなくて酔ってしまう?」
「そうです。我々はすでに慣れているので酔いません」
「えっとつまり……毎日の食事で摂取していくことで、体が慣れていく?」
「トラット帝国では内包する魔力がないので、逆に体が慣れていない。ってことですね」
私とシュルツ卿の答えにネイトさんが笑顔で頷いた。
「つまり、魔力量の多い人が一般的に多い場合……高等な教育を受けている人は貴族階級の人になる??」
「そう、なるでしょうね。それもかなり高等な教育のはずよぉ? だって後宮にいる他の妃たちと遜色ないんでしょう?」
「ええ。うちの後宮はまあ蠱毒のような場所ですし……ちょっとでも隙を見せれば、相手に攻撃材料を与えることになります。ですが、彼女がそういった場で粗相をした話は聞きません」
私なら確実にやらかす。その自信がある。なにせイザベラ嬢のレッスンで合格をもらえていないのだから。彼女の求める水準に達していない時点で、私がトラット帝国の後宮に行って無事に済むわけがない。
そんな場所で平然と渡り歩く女性。
「――――確実に高等教育を受けてるな」
ぽそりと後ろからライルの呟きが聞こえた。私は振り返り、ライルをちょっと睨む。ライルはニヤッと笑うと、そろそろ終わりにして城に戻ろうといった。たしかに私たちが解散しないと、他の人たちも帰れない。
所在なさげにたたずむベルたちに申し訳ない。四阿で話していたら、個々で休むことも出来ないものね。
「話の続きは、兄上の宮でしたらどうだ?」
「そう、ね……たしかに」
「できれば、ちょっと休ませていただけると……だいっぶグラグラします」
「一晩寝れば治りますよ。明日はスッキリしてるんじゃないですかね」
「本当ですか……?」
「まあ、たぶん。それにほら、この国の食事を取っているわけですし」
シュルツ卿はジトリとした視線をネイトさんに向けたが、体調が悪いときに無理をする必要はない。それに、中座したいということは何か確認したいこともあるのだろう。
そんなことを考えていると、ランドリック団長がシュルツ卿を責任持って送っていく。といってくれた。私はその申し出をありがたく受け取る。
「ひとまず、ロイ兄様の宮で今日の話をまとめましょう?」
「そうしてちょうだい。アタシとアマンダは、ちょっと調べ物するわ」
「えっ!? 私も!?!?」
「とーぜんでしょ! あとアンタ、仕事残ってたわよね? それも片付けるわよ」
そう言うが早いか、カーバニル先生はロックウェル魔術師団長を引きずって行ってしまった。手伝ってくれていた魔術式研究機関の人たちも、一緒に帰っていく。
私はカティア将軍とネイトさんと一緒にロイ兄様の宮に行くことにした。




