292.聖なる乙女、とは? 2
「たしかに、普通なら……労働人口が増えるわけだし。使役して農作業に従事させるなりすればいいわよねー」
「でもトラット帝国って、食糧自給率……すっごく低いわよね? 私、そう習ったけど」
「その通りです。帝国だって馬鹿ではありません。食料がないなら奪えばいい、とばかりに豊かな国を狙います。初めから痩せた土地を狙うなんてことしません」
「まあ国を併合していく上での基本ですよね」
カティア将軍やネイトさん、シュルツ卿とそんな話をしていく。よくよく考えれば不思議な話だ。富むことはなく、領土を広げるごとに土地が痩せ細っていく。
上位貴族や王族は別として下位の貴族たちだって、食べていくのはギリギリだ。人を人とも思わない人たちが、併合して得た人たちに労働させないわけがない。むしろ給金を払わなくてすむ、使い捨ての労働力。
農作業に関しては基本的にどの国も同じ。たとえ使い捨てと言われようとも、土地を耕して農作物を作らなければ自分たちだって死んでしまうのだ。大半が奪われるとしても。
それなのにどうして豊かにならないのか?
「たしかに、謎……ですねぇ」
「聖属性が現れないから、と実は思っていたりするのですが……」
「それは関係ないですね。別に聖属性がいたからといって農作物がたくさん取れるわけではありません。聖属性は治癒や、魔物大量発生の対策として有用であるだけです」
サクッとロックウェル魔術師団長が切り捨てる。
魔力過多の畑を作るのに使われているのは地属性の魔術式。聖属性は関係ない。鱗に入れた術式だってそう。あとは必要な魔力を注ぐだけ。それで魔力過多の畑が出来る。
「ルティア姫が作られたんですよね?」
「違うわよ。元々あったの。花師たちの間では土地を均す方法として伝わっていたのよ。ただ魔力量が必要だから一般的に知られていなかっただけで」
「ということは……もしや、魔力量がうちより多い国ではその方法があった可能性も?」
「ありえますねぇ。ファティシア王国も魔術式を広く公開してますし、地属性の魔術式を使ってみようと考える国があってもおかしくはありません」
「しかし……うちが併合すると土地が痩せてるんですよねぇ……」
「トラット帝国が併合すると、どんどん土地が痩せていっちゃうってこと?」
私が尋ねると、シュルツ卿は小さく頷く。それはおかしくないか?? いくらなんでも、今まで普通に収穫できていた土地が急に痩せ細るわけがない。
もちろん無茶な耕作を繰り返していれば別だけど……土地によって同じ作物を連作するより輪作――――つまり何種類かの作物を年ごとに循環して育てると、土地に優しく収穫率が下がることも少ない。のだけど……さすがにそこまでシュルツ卿は知らないかな。
「土地から引き離して、別の場所で耕作に従事させてるんですよね?」
「そうです。半分ぐらいにわけて、別々の土地に。でないと反乱を起こす可能性がありますからね。別の国の人間と一緒にして、相互に見張らせます」
「それなら、農耕をサボる……ということもないですね」
「そうです。ですが、干害や蝗害、水害、森林火災、そんなことが重なるんです」
「それはもうトラット帝国自体が呪われてるといってもいいんじゃない!?」
ネイトさんとカティア将軍にいわれ、シュルツ卿はちょっと遠い目をした。薄々感じていたことなのかもしれない。だって呪いと近い場所に居る人だもの。レナルド殿下だって命の危機があったのだから。
「トラット帝国が、呪われていたと仮定します。ですが呪いは古の術。今や使えるのはレイラン王国ぐらい。しかし……トラット帝国の呪いはずっと昔から続いています」
「そうね。それこそ聖属性が現れなくなったり、魔力持ちが減ったり……って部分もそうなるんじゃない?」
「ジワジワ兵糧攻めをしてるみたいですね。なまじ軍事力があったばかりに、魔力量が多い国や豊かな国を襲って併合出来てしまったせいで一〇〇〇年の時が掛かってますけど」
「トラット帝国が弱い国だったらとっくに滅んでいておかしくないわ」
「あと魔物大量発生が少ないのも気になるな。普通はあるんだよ。数年から数十年単位で」
ランドリック団長がそういうと、シュルツ卿は少し考え込む仕草をした。そして魔物大量発生はここ数百年起こっていないと呟いたのだ。
「いやいや、ありえないわ! そんなことありえない!! だって、魔物大量発生は……どの土地でも定期的に起こる、自然現象だもの」
悲鳴のような声を上げ、ロックウェル魔術師団長が「ありえない……ありえないわ」と呟き続ける。しかしシュルツ卿は、レナルド殿下に頼まれて調べたことがあるといった。
「ある国に攻め込んだとき、魔物大量発生に遭遇しました。始めてのことだったので、我々も大変苦戦したのです。辛くも死地を脱し、その国では定期的に魔物大量発生が起こると知りました」
「だから対策を考えようと?」
「はい。なので以前はどうであったのか、と調べたのです。ですが帝国の歴史の中で魔物大量発生は数百年前に起こって以降、ありませんでした」
「それは併合した国でも?」
「そうなんです」
初めて遭遇したのであれば、魔物大量発生に苦戦するのも当然よね。でもそれ以降は起きていない。むしろトラット全体で起きていない。
結晶石は、魔力の塊。呪いをかけるに十分な力を持った物。でも呪い……そもそもなぜ呪いをかけなければいけないのか? 一〇〇〇年もの時間をかけて? 一〇〇〇年前にトラット帝国、いやトラット王国で起きたのは聖なる乙女、ファルティシーア様が殺された。
「ねえ、ロックウェル魔術師団長。聖なる乙女、ファルティシーア様ってどこから来た人なの?」
「どこから、ですか?」
私の急な質問に、ロックウェル魔術師団長は首を傾げる。
「浄化の旅をしていたのよね?」
「そうですね。その途中で、この国に立ち寄って大規模な魔物大量発生から助けていただいたと……ファルティシーア様の名前を頂いて『ファティシア』王国になったのですから」
「どこから来たのかまでは習った覚えがないのよ」
突如現れて、ファルティシーア様は魔物大量発生を鎮めたのだ。それまで色々な場所を旅していたとは聞いているけれど。ファティシア王国の建国に携わっている、という時点でファティシアの人間ではない。龍と共に生きるラステア国では『聖なる乙女』を祀った神殿はないのだ。ある意味、ラステア国は龍を信仰しているともいえるし。
ファティシアからトラット王国へ向かった。そして、殺されてしまった。
ならどこからやってきたのか?
「なあにー何の話をしてるわけ?」
「カーバニル先生! 先生はファルティシーア様がどこから来たか知らない?」
「聖なる乙女? えーどこだったかしら?? たしか、前に調べたのよね……」
「フォルテ! ほら、思い出しなさい!! アンタから記憶力取ったら、その馬鹿力しかのこらないわよ!!」
「しっつれいねぇ!! この美貌だって残るわよ!!」
ロックウェル魔術師団長に煽られて、カーバニル先生がキーッと怒りだす。それよりも先に思い出してほしい。とっても大事なことなのだ。
その場にいた全員の視線がカーバニル先生に刺さる。先生はあーとかうーとか言いながら、必死に思い出そうとしていた。そしてポン、と手を叩く。
「そうだ! 東よ。東。東から来たって文献に書いてあったわ!!」
「東は、ファティシアから見た東、よね?」
「そうなるわね」
「ということは―――― レイラン王国?」
ファティシア王国の東側に位置している国はレイラン王国だけだ。そしてレイドール領とレイラン王国の間には深い森がある。魔物大量発生が数年単位で起こる、森が。
「……昔、うちの傍流がレイラン王国と取引していたのよ。でも何かの理由があって、取引は絶えてしまった。もしかして大規模な魔物大量発生があったから、ってことはないかしら?」
「大規模な魔物大量発生? この辺だとレイドール領ぐらいね。あそこならレイラン王国との間に森があるわ」
「魔物大量発生は……森から大量に魔物が溢れてくるのよ? それがレイドール領だけに来るわけない。同じ森に隣接しているなら、レイラン側にも溢れたはず」
カティア将軍はわざとそう問いかけてくる。三人でレイドール領に行ったことは秘密だものね。そしてこの問いの答えは、ロックウェル魔術師団長が持っていた。
「あるわ。二五年前に……大規模な魔物大量発生が起こっている。そのときにカロティナのお母様とお祖母様が亡くなっているの」
「カロティナ、とは……?」
「私を産んでくれたお母様よ」
「では亡くなった側妃?」
「そう」
シュルツ卿に私は小さく頷く。死んだ側妃がいることを知っていても、名前までは調べていないようだ。
「カロティナから、レイドール領がかなりの被害を受けたと聞いている。そのときに王都へ援助してほしいと願い出たけど、フィルタード前侯爵が反対して実現しなかったって」
「フィルタード前侯爵が?」
「そう。辺境伯家でなんとかしろって、そのせいで多くの領民を失ったし……建物や農作物にも凄い被害が出たっていっていましたね」
変なところでフィルタード前侯爵が関わっていることがわかってしまった。ただ、フィルタード前侯爵なら有り得ない話ではない。辺境領イコール田舎って思ってそうだし。実際、私を馬鹿にする人たちって田舎出身の側妃の子供だった。
「レイドール領でそれだけ被害が出たなら、同じ森に隣接しているレイラン王国でだって同じように被害があるはずね」
「そうですね。魔物はわざわざ襲う国を選んだりしません」
カティア将軍とネイトさんの言葉に私は思わず言ってしまった。
「ねえ―――― もしかして、レイラン王国ってもうなかったりするのかしら?」




