291.聖なる乙女、とは? 1
畑での作業も終わりに差し掛かり、辺りを見渡せばシュルツ卿はグッタリと四阿のテーブルに倒れ込んでいた。ランドリック団長が隣にいるので大丈夫だろう。たぶん彼は、シュルツ卿が余計なことをしないための見張り、なのだ。
シュルツ卿、とても強いってロビンも言っていたものね。
この場には、王族二人に魔術師団長、そして貴族子息が三人、平民のベルや魔術式研究機関の人たち。いくらでも人質に取れる人がいる。
前回はレナルド殿下が外交という形できていたから、下手なことはしなかったけれど……今のシュルツ卿は、妹の様子を見に来ているという体でいる。彼が暗躍しようと思えばいくらでも出来てしまうのだ。
それを考えれば、見張りがつくのは当然と言えば当然。今さらながら、カーバニル先生たちはきちんと考えているんだなって。いや、私がもう少し慎重になるべきなのよね。うん。
「そろそろ終わりそうですかねぇ」
「そうね。それにもう芽が出てきてる。初歩の初歩でも平気なのね」
「地龍の鱗は……とても不思議なものですよね。こちらの地竜――――大きなトカゲのような魔物なんですけど、それから取れる魔石よりも効率、いえ循環率がいいのかしら……」
ロックウェル魔術師団長はブツブツと呟いているが、その内容の半分ぐらいしか理解できない。初めの頃に比べれば、まだ理解できることが増えただけマシだけど。
それにしてもラステア国の地龍と他の国々で見かける魔物の地竜。音の響きは同じでも、見た目はだいぶ違う。そもそも魔物の地竜からは魔石がとれるものね。あれ? それじゃあラステア国の地龍からは魔石のようなものが取れたりするのかしら??
食べられる、というのは聞いたのよね。カティア将軍から。たしかレイラン王国では食べてしまったから、龍が寄りつかなくなってしまった……はず。そんなことを考えていると、ルーちゃん! と声をかけられる。
「こっちは終わったわよー!」
「ありがとうございます!」
「今日できるところまではなんとか、といった感じですね」
「いいえ~私たちだけじゃ、明日も種まきする必要がありましたから! カティア将軍とネイト副官には大変感謝しております」
「こちらこそ、色々と勉強になります。鱗の研究は、魔術式の発展しているファティシア王国でないとなかなか進みませんからね」
ネイトさんとロックウェル魔術師団長が魔術談義に花を咲かせていると、カティア将軍が私の頬をそっと撫でた。
「土ついてたわよ」
「ありがとうございます」
「うふふ。いいのよ。役得だもの~」
「役得?」
「ルーちゃんの側でルーちゃんを護れるでしょう?」
「そんなに危ないことは……たぶんないかと?」
「突発的な出来事なんて、いつ起こるかわからないじゃない? それこそステラ姉上のときみたいにね」
そう言われてしまうと黙るしかない。不測の事態というのは、こちらが予想もしないときに起こるものだし。いや、今はそれよりも龍の事について聞いてみよう。
「カティア将軍、少し気になったんだけど……魔物の地竜は倒すと魔石を落とすでしょう? ラステアの龍たちは亡くなったらどうなるの?」
「魔物みたいに魔石は落とさないわね。ただ長く生きた龍は結晶石という特殊な石を残すと言われているわ」
「言われている?」
「龍たちは自分の死に目を人に見せることが殆どないの。ごく希に不慮の事故で死んでしまった龍から見つかったことはあるけど……ラステア国だとここ数百年はないんじゃないかしら」
「ものすごーく珍しいものだというのはわかったわ」
カティア将軍は私の言葉に小さく頷く。龍とともに暮らしているラステア国の人でもないのか……と考え、昔々のおとぎ話を思い出す。
「もしかして、物語に出てくる龍がたくさんの宝物を寝床に集めてるって……そこから来ているのかしら?」
「それはわからないけど、たしかに可能性はありそうね。皇龍の一族はどこにいるかわからないし。もしかしたら彼らの一族が、亡くなった龍たちの結晶石を護っているのかもしれないわね」
それはそれでとてもロマンのある話だ。大事な仲間たちの結晶石を人知れず静かに護っている。そんなデュシスの姿を想像してしまった。
「……ふと、思ったのだけど」
「なあに?」
「レイラン王国は龍を食べちゃったのよね?」
「そうね」
「じゃあレイラン王国には結晶石があったのかしら?」
「可能性はあるわね。結晶石は魔石よりももっと上の等級の石だもの。見れば直ぐわかるでしょうし」
「そんな石があったら……どんなことができるかしら? たとえば、たとえばだけど……呪い続けることが出来る?」
私の言葉にカティア将軍はハッとした表情を浮かべる。そしてロックウェル魔術師団長と話し込んでいたネイトさんに声をかけた。
「ルシアン、結晶石見たことある?」
「結晶石ですか? あれは……王宮の奥深くで管理されてる超のつく希少な石ですよ? 私はまあ、見たことがあるかないかで聞かれればありますけどぉ」
「結晶石って……なんです!?」
「あのね、ラステア国にいる長命な龍が亡くなったときに落ちる石なんですって」
「つまり魔石のような……? いえ、龍ですものね。等級としては魔石よりももっと上?」
「その通りです。我々でも生きてる間にお目にかかることはまずないですね」
そういってロックウェル魔術師団長にネイトさんが説明をする。龍の鱗ですら、下手な魔石よりも質がいいのだ。完全上位の石となれば魔術師団長が興味を持つのも頷ける。
とはいえ、そう簡単に見ることが出来ないのでロックウェル魔術師団長が見る機会は無いといっていいだろう。師団長クラスの人が隣国を訪ねるには余程の理由がないといけない。
「結晶石ってどんな感じの石なの?」
「王宮で管理されているものは、卵ぐらいのサイズですよ。ですが……そうですね。言葉にするのは難しいのですが、魔力の塊……でしょうか」
「魔力の塊?」
「魔力量の低い者は、まず近づけません。魔力酔いを起こしてしまいます」
「そ、そんなものが……いえ、でも龍の寿命を考えるととてつもない魔力を内包していてもおかしくないですね!?」
興奮したようにロックウェル魔術師団長は話す。それを見たネイトさんはちょっと引いていたけれど。だけど……そんなものがレイラン王国にあったのなら、呪いの材料に使われてもおかしくはない。レイラン王国から追放された魔術師が、トラット帝国に持ち込んでいたら大変だ、と思ったのだけど……そしたらもっと被害が広まってるわよね?
不意に、昔言われたことを思い出す。
『姫殿下が必要だと思って作った波紋が、新しい波紋を呼んで広がったんですよ』
そうだ。ランドール先生がいっていた。点と点ではつながらないけど、ここには三カ国の人間がいる!
私はバッと四阿を振り返った。そしてシュルツ卿に声をかける。
「シュルツ卿! 聞きたいことがあるの!!」
しかしシュルツ卿はテーブルから小さく顔を上げるだけで、動かない。ああ、そういえば魔力たくさん使ったものね。ポーションを飲んでも、回復に時間がかかるのかも。普段使い慣れないことをしたわけだし。
私は三人を連れて、四阿に向かう。
「シュルツ卿、確認したいのだけど……!」
「……なんでしょう?」
「あーだいぶこれはキてますね」
「そうね」
「だいぶ所ではないですよ。なんですこの、魔力の抜け感。それでいてポーションで補うと、ぐらぐらするんですけど。こんな症状今までなかったですよ?」
「魔力が満タンな状態でポーションを使う分には、ポーションの癒やす効果だけが発揮されるって事かしら?」
「というより、自分の魔力がガードしてくれてるんじゃないでしょうか?」
「なるほど。今は魔力酔いみたいな状態ね。私たちが魔力過多になると、色々でちゃうけど……魔力の扱いが上手くない人が枯渇状態で、ポーションを飲むとこうなるのね」
ロックウェル魔術師団長とネイトさん、そしてカティア将軍が各々感想を言っている。私はそれになるほど、と頷きかけた。いや、そうじゃない。私が聞きたいのはそれではない。
「ねえ、レイラン王国から追放された魔術師は……彼女の側に寄ったときとか、魔力酔いみたいな症状になったことはない?」
「いいえ。ありませんよ」
「そう……じゃあ、もってないか」
「姫殿下、もしやレイランの術者が結晶石を持っていると思ったのですか?」
「うん。だっていくら追放されたからといって、レイランからトラットは距離があるじゃない? なんならファティシアに来てもいいはずなのに。彼らはトラット帝国に行った」
「ああ、まあ……ですが我が国は魔力量の多い魔術師がほぼいません。魔術師として重宝される方に向かうのは当然では?」
「でも別に、魔法石はトラット帝国では普通ではないのでしょう? 呪いはたしかに敵国の中枢人物を害するのに有効だけど、こういってはなんだけど代わりはいるわ」
王族を呪ったとしても、全員を殺さなければならない。でも狙われたのはウィズ殿下だけ。いや、正確には狙われたのはウィズ殿下の番であるサリュー様。
だけどラステア国は王族が絶えた場合、皇龍が新たな王を選ぶ。その間に戦争を仕掛けるにしたって、ラステア国は強すぎるのだ。
「一気に呪いをかけられるなら、わかるのよ。有力な人間全員呪い殺すとかね。でもできないでしょう? それよりもむしろ――――」
「他国を併合しているにも関わらず、衰えていくトラット帝国の方が呪われているよう……ですか?」
私はシュルツ卿のその言葉に頷いた。




