290.出来ることと、出来ないこと 2
「まあ、あきらめて! ガッツリ覚えていきましょうよ。大事な方のためでしょう?」
「ははははは……」
バンバンッとランドリック団長に背中を叩かれている。しかし一人覚えれば、あとは他の人に教えるだけだし。そもそもシュルツ卿でもできれば、他の人たちでもできるわけだし。実験台としては申し分ない。これに関しては私が口を挟むことでもないし、カーバニル先生たちに丸投げしても大丈夫だろう。
「……たぶん、大変だよな」
ぽつりとライルが溢した。私が首を傾げると、魔力の操作は大体幼いうちに覚える。自分も覚えるとき苦労した、その言葉にライルの苦労が垣間見えた。本来は後宮の侍女や侍従たちが教えなければいけないのに、彼らはライルに教えなかったのだ。
小離宮に来たころのライルは魔力を多く流しすぎて、魔法石を良く壊していたと聞く。アッシュと何度も繰り返し練習していたことも。
「あれは……ライルの魔力量が多かったからじゃないの?」
「それだけじゃないと思う。それにほら、魔力の流れって小さい頃の方がわかりやすいじゃん。俺ですらああだったわけだし、シュルツ卿はもう大人だろ?」
「それはそうね」
「で、徐々に大人になるにつれて魔力に振り回されなくなる」
「体の中を巡ってるものだもの。そうなるわね」
「シュルツ卿は、それができてないわけだしさ」
そこまで極端に歳が離れているわけではないが、国同士の差というのはこういうところに出てきてしまう。難しいことだけれど、彼らは自分たちの力でトラット帝国をどうにかしていかないといけない。
とくにレナルド殿下が考える、今後のトラット帝国を思えばこのチャンスを無為に過ごすことはないだろう。
「大丈夫よ。それでも、やるしかないもの」
私の言葉にライルはシュルツ卿に視線を移す。私もシュルツ卿に視線を移すと、彼はランドリック団長に苦笑いを浮かべつつも手にある鱗をしっかりと握っていた。シュルツ卿の覚悟がわかる。
「ね?」
「うん。そうだな」
「シュルツ卿ぐらい、彼らも勤勉だったら良かったのだけどね」
「そうだな……アレは、本当にない。たぶん俺が手伝うって言ったら断っただろうし」
「そうね。私になら何やらせても良いと思ってるのよ」
「まあでも、ルティアもホイホイ手伝ったりするからだぞ?」
「……それは、その……今後は改めるわ」
「みんなに優しくしてやる必要なんてないんだよ。贔屓っていわれたって良いじゃん。手伝ってやりたいぐらいの相手ってことだろ?」
「そう、よね? そうだわ。うん。いくら魔力量が多くたって、出来ることと出来ないことはあるもの」
「そうそう。その中でさ、取捨選択していいんだよ。王族としてやらなきゃいけないこととはまた別なんだし。お前、どっちかというと全部まとめて王族の勤めとか思ってそうだし」
王族として、出来ることをやる。自分で出来るから、やっても大丈夫。そう思っていたけど―――― でもたしかにライルの言うとおりだ。
みんなさりげなく、やらなくていいんじゃない? って言っていたけれど、私のやりたい気持ちを優先してくれていた。ライルはやる必要はない、やりたいことだけやればいいという。それで贔屓と言われても構わないのだと。
「……実はね、贔屓って言われるの、私あんまり好きじゃないのよね」
「なんで? イヤなことしてくる奴に優しくしてやる必要あるか?」
「でもそれって敵を作らない?」
「初めから味方じゃないじゃん。むしろ敵じゃん」
「そ、れは……そうかも?」
「ついでにいうとさ、自分に良くしてくれるからって理由で優しくしてやる必要もない、と思う」
「それは、下心があるから?」
「うん。だからさ、ルティアも下心で優しくしてもいいし、自分がやってあげたいから優しくしてあげてもいいんだよ。人間って、非合理なイキモノなんだってさ」
「非合理……非合理かぁ……」
「誰だって気持ちよく手伝いたいし、手伝ったらお礼言われたいし見返りだってほしいだろ? ルティアは与えるだけなんだよな。それってよくないぞ」
ライルの言葉に小さく頷く。自分の気持ちの赴くままに、手伝って期待させる。それって結局自分がよく見られたいって事よね。三番目の私でも、出来ることはちゃんとあるのよって。みんなに認めてもらいたいのだ。これも下心といえば、下心だろう。
でも自分を認めてくれない人に、それをする意味はない。私は自分の手に視線を落とす。
「……今後は贔屓多めでやっていくわ」
「そうしておけ。その第一歩がアレだな」
「そうね」
私はランドリック団長とカーバニル先生に挟まれて、やんやと言われているシュルツ卿に視線を戻した。自分で出来るように促すのも、大切なことなのだ。私が介入してはいけない。
「そもそもお前がトラット帝国に関わっていいことなんてないだろ? 余計な面倒が増えるだけだ」
「弊害の方が多いわね。絶対」
「そ、だからさ。場所貸してやるぐらいでいいんだよ。本当に必要ならああして自分で学んでいくんだし」
「大丈夫よ。ちゃーんと貸しにしてるもの!」
ニヤリと笑えば、その調子だとライルは笑う。ライルなりに私の事を心配してくれていたようだ。一応、私の方がお姉さんなんだから心配かけないようにしないとね。私は両手で軽く頬をペちんと叩く。
「さ、続きしちゃいましょう?」
「そうだな。薬、だっけ? たくさん必要なんだろ??」
「そうなのよ。ファーマン侯爵にも相談しているから、たぶん侯爵の領地でも栽培を始めてくれているはず」
「予防薬として使えるといいんだけどな。ポーションは罹ってから飲むわけだし」
「それもそうよねぇ……ロイ兄様がもう少し調べるといっていたから、何かわかるといいんだけど」
「知らない土地の疫病だとなあ」
ライルもそうぼやきながら、しゃがんで種を撒いていく。これだけは人力でやらねばならないから、短縮できない作業だ。辺りを見れば、手伝いに来ていた騎士たちもしゃがんで種をまいている。
「土着の疫病はそこの土地の人がいないとわからないものね」
「そうだな。トラット帝国に併合されちゃったんだよな?」
「そうよ。だからトラット帝国でも疫病が流行っているわけだし」
「どの辺の土地なんだろな」
「シュルツ卿の話だと、併合した土地の住人って土地を捨てさせられるんですって。捨てられた土地は、廃墟になってそのうち風化してなくなっちゃうって……」
「それじゃ探すのは難しいな。でも住人は?」
「疫病は毎年流行るわけじゃないのよ。知ってる人が生きてるかはわからないって。それに、知っていても手を貸してくれるとは限らないじゃない?」
ロイ兄様がいうには、疫病が流行れば何もしなくても国は滅びる―――― それなら、口をつぐんだ方がいい。自分たちを蹂躙した国が滅びれば、最大の報復となると。
トラット帝国はたくさんの国を蹂躙し、併合した。その国が滅びる。それはきっと併合された国々の最大の望みなのかもしれない。助かる手立てもないままに、皆死に絶える。自分が死んだとしても、祖先に申し訳が立つ。そして併合されなかった国々にも……
未だ併合されない国は、トラット帝国と対峙出来る国だ。でもその国は自分たちを助けてはくれなかった。気の長いはなしではあるけれど、帝国が滅ぶほどの疫病なら周辺諸国にも影響を及ぼす。よほど海を隔てて離れていない限りは。
そのことをライルに話せば、ライルは顔をしかめた。
「復讐、っていうには……他責過ぎないか?」
「苦しんだ人たちからすれば、みんな憎しみの対象なのよ」
「それは、そうかもしれないけど……まあ気持ちはわからないでもないけど、でも……周辺の国だってどうにもできないだろ?」
「そうね。たぶんみんなわかってる。でも、それでも憎まずにはいられないのかもね」
「聖なる乙女の話もさ、たぶんそういう人たちが隠したんだろうな」
「そんな気はするわ。聖属性持ちが全く現れないって、そうないと思うのよね」
「魔力量で左右されるけど、聖属性持ちはそう少ないってわけでもないし」
「でも皇帝の求める聖なる乙女でなかったら、きっと皆殺しよね」
たぶん過去にはいたはずだ。自分たちだけでも助かろうと、聖属性持ちを皇帝に差しだした者が。そうでなくては全く現れない、なんてことはない……はず。
殺された聖なる乙女が、トラット王国ひいてはトラット帝国を呪うとも思えない。たとえ呪いたいほど憎い相手でも。命を使って呪えるのは一人だけ。1000年以上続く呪いなんて、誰かが引き継いでいないかぎりは難しそうだ。
命を対価に、呪われたウィズ殿下。ウィズ殿下が亡くなれば、呪いはそこでお終いだと言っていた。だから、無理なのよね。たぶん。
なんとなく、引っかかりを覚えたけれどそれを上手く言語化できない。あとでロイ兄様に話を聞いてもらった方がいいかも。内心で頷きつつ、それ以降は作業に集中することにした。




