289.出来ることと、出来ないこと 1
(*猫が豆鉄砲はこの世界の造語です。間違えではありません)
フィルタード派貴族たちが作る畑は何があっても手伝わない。
それをみんなと再確認し、畑の収穫にはいる。
大半の騎士や魔術式研究機関の人たちはいなくなってしまったけど、ランドリック団長と一緒に手伝いに来てくれている騎士もいた。
さすがのカーバニル先生も、ポーション研究をしている人たちだけでは人手が足りないと思ったらしい。たまには手伝え! と、ランドリック団長に頼んだそうだ。
その呼びかけに応えて手を上げてくれたのが、お家が農業を営んでいる騎士たち。
子供の頃から手伝っていたというだけあって手際が良い。ベルも短時間の説明で的確に作業してくれていると喜んでいた。
「人手が増えて良かったわぁ。収穫が終わったら畑を均して、また種を植えなきゃいけないし」
「普段お世話になってますからねー」
「そうです。手伝えることがあるなら、自分たちにも手伝わせてください」
「こらこら君たち。そんなこと言うと、フォルテの実験台にされちゃうよ」
ランドリック団長がそう言うと、カーバニル先生の肘が団長のお腹らへんにめり込んだ。うっ……とうめき声を上げて、団長がガクリと膝をつく。見ていてハラハラしてしまうけど、いつものやり取りらしい。
彼らは笑いながら、自分たちじゃカーバニル先生の求めるレベルには到底足りないから大丈夫だという。先生も実験するなら安全な相手じゃないとね! と胸を張りながら言っているので、つまり危険な実験には、信頼できる腕が必要と言うことだ。
そのレベルに足りるのは、ランドリック団長とマクドール副団長ぐらい。自分たちは見学だけさせてもらいます! と元気よく笑っている。
「……実験一つとっても大変なのね」
「お互いに信頼関係があるのは大事ですからね!」
「ロックウェル魔術師団長もヒュース騎士団長と切磋琢磨したのね?」
「……そうですね。以前は。今は、あまりありませんが」
「師団長ともなれば忙しいもの。仕方ないわ」
私がそう返すと、ロックウェル魔術師団長は小さく笑う。もしかして、と思う気持ちがないわけじゃない。魔術師団長もヒュース騎士団長もお父様とお母様を通じて知り合った。お母様が亡くなったからって、その繋がりが消えるわけではない。今は、お父様を介して騎士団長と魔術師団長という役割を担っているわけだし。
――――お父様は、たぶん何も言っていない。知っているのはハウンド宰相様だけだろう。それでもロックウェル魔術師団長は何かを察している。ヒュース騎士団長に、何かあるのではなかろうかと。
過ごした時間が長いから。信頼できる相手だから。だからこそ、少しの違和感が蓄積されれば疑うに足る十分な理由となるのだ。
でも確証がないから誰も何も言えない。理由も、わからないし。
「……姫殿下」
「なあに?」
「私は、ずっと姫殿下の味方です」
「えっと……」
「私の親友の、大事な忘れ形見ですもの。姫殿下が、何かなさるときはご相談ください。私は、いえ。私もカーバニルも全力でお手伝いさせていただきます」
「――――ありがとう。もしものときは、お願いするわ」
「はい」
ロックウェル魔術師団長は、胸に手を当てて私に頭を下げる。
ロックウェル魔術師団長は決断した。
私は? 魔術師団長やカーバニル先生の信頼に応えられるだろうか??
***
「やっぱり手慣れた人が入ると収穫が早いわね」
「本当ですねぇ。これであとは、新しく畑を均す……んですか?」
ちゃっかり混ざっているシュルツ卿はチラリと私を見る。今さら畑を均すところを見られたところで、という感じだ。私がトラット帝国に行くことはない。それはシュルツ卿もわかっている。彼が今必要としているのは、私みたいな魔力豊富な人間に頼らなくても出来る食糧自給率の向上だ。
よくよく考えればそうなのよね。もし私がトラット帝国に行ったとしても、帝国の広さを考えれば私一人じゃどう考えても無理なのだ。出来ないことは出来ない。ただそれをトラット帝国の皇帝や、貴族たちが理解していないだけで。
レナルド殿下はそれを理解している。そして一人に頼れば、それが続かないことも。
人は欲深い生きものだから、一度得た富を手放すことは出来ない。そうなれば奪うしかないのだ。かつてのトラット王国が、聖なる乙女を失ったときのように。
「一応、地龍の鱗に初歩中の初歩! な、術式を入れてみたのよ」
「初歩中の、初歩……ですか?」
「これに魔力をたくさん込めれば、魔力量が少ない人でも魔力過多の畑が作れるかも……しれない」
「かも?」
「かも、よ。実験は今からするの。失敗したとしても、問題はないわ」
そういうとライルに鱗を渡す。そして鱗に魔力を込めるように言った。失敗したときのために、私の魔力は温存するそうだ。ライルもカーバニル先生の説明に頷き、鱗に魔力を込める。ふわふわと鱗が鱗が光り、魔力が込められていくのがわかった。
魔力が込め終わると、カーバニル先生がチェックする。そしてシュルツ卿に手渡された。
「さ、頑張って」
「え?」
「この中で魔力値が低いのはアンタなのよ。たしか5とかでしょ?」
「もしや……僕が一番低い……?」
シュルツ卿は辺りを見回し、手伝いに来ていた騎士たちも小さく頷く。カーバニル先生はひらひらと手を振り、早くしろ、とシュルツ卿に促した。
魔力を放出するときと、停止するとき。そのどちらにも魔力を使う。逆に言えば、そこさえクリアできれば地龍の鱗は使えるのだ。シュルツ卿は鱗をグッと握りしめると前に差しだす。そして魔力を込めた。
……込めた、わよね?
鱗から反応がないからみんなが首を傾げる。
「……真面目にやってる?」
「やってますよ! これでも頑張って魔力を流してます!!」
「ということは、出力にかける必要魔力量が多すぎるんじゃない?」
「これでもだいぶ細かく設定してるんだけど~?」
「でも出力されないんじゃ、細かく設定した意味ないじゃない」
カーバニル先生とロックウェル魔術師団長が喧々諤々と言い合う。そんな二人を見ていた手伝いに来た騎士の一人が、では自分が。と名乗りを上げた。
「ちなみに魔力値は幾つ?」
「俺もそう変わらないですよ。6ですし」
シュルツ卿は持っていた鱗を騎士に渡す。そして同じように魔力を込めると、ふわりと術式が広がった。広がる速度も申し分ない。辺り一面、魔力過多の畑のできあがりだ。
それを見たシュルツ卿が猫が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「え、1しか変わらないですよね!?」
「そうですねぇ」
「なっ……1でこんな変わるんですか!?!?」
「いや、そこまで変わらないわよ。1よ1」
「……もしかして、帝国では魔法石を殆ど使わないんじゃないか?」
ライルの言葉にカーバニル先生がハッとした表情を浮かべた。
「そういえば……前回、魔力過多の畑の練習をしたとき、アンタ下手だったわね」
「下手って……まあそうでしたけど。帝国で魔法石が設置してある場所は王城のごく一部だけですし、必要なものは侍女たちが持ってきますからね。自分で魔法石に魔力を流す事なんて殆どしませんよ」
「それだ! 昔の俺と同じだ」
「ああ、そういえば……ライルも昔は魔法石に魔力を流すの苦手だったものね」
「俺は多すぎて壊してばかりだったけど、シュルツ卿は少ないから反応が悪いって事じゃないのか?」
「上手い具合に魔力を流せていないってことね。盲点だったわねぇ」
ファティシア王国では魔法石はとても身近なものだけど、トラット帝国だと魔力を持っているのは王侯貴族のみ。魔法石を使った生活用品が発展していないのだろう。あればあれで便利だが、なければないなりに工夫する。当然と言えば当然のことだ。
「レナルド殿下はできてたみたいだけど……」
「殿下はそもそも王城で暮らしてますからね。魔法石は僕なんかよりずっと身近です」
「アタシたちが自然と身につくことが帝国だと違う、ってことね。なるほどなら話は簡単ね。魔力値6でもこれだけの魔力過多の畑が作れるんだから、あとはアンタが魔力を流す方法を覚えれば良いだけだわ」
「それ……そんな簡単にできることです?」
「いやあね。死ぬ気で覚えなさいよ。貴方の、殿下のためでしょう?」
カーバニル先生はにっこりと笑う。その笑みにシュルツ卿の頬がヒクついた。でもこればかりは仕方ない。魔力過多【そこそこ】の畑を作るには、魔力を出力する方法を覚えなければいけないのだから。
覚えてもらうしかないのだ。




