288.収穫と相談と 3
一部の騎士と魔術式研究機関の研究員たちが畑からいなくなった。
これ以上訴えても無駄だと思ったのか、それとも他の理由があるのか……あまりにあっさりと引き下がったのでちょっと気持ち悪いぐらいだ。
カーバニル先生たちも同じ感想を持ったのか、彼らが去って行く後ろ姿をジッと見ている。すると入れ替わるようにシュルツ卿がふらりと現れた。
「おや、みなさんお揃いで」
「お揃いで、って……呼んだ覚えはないんだけどぉ?」
「いいじゃないですか。僕だってうちの食糧事情を憂えているんですよ?」
「そりゃそうでしょうけどね」
「以前、殿下と一緒にこの畑を見学できたのは実に有意義でした。本当は断られると思っていましたし」
シュルツ卿はそういって私を見る。そりゃあ、断りたかった。断りたかったけど、彼らは学ぶ姿勢を見せたのだ。何かしらの思惑があるにしても。魔力過多の畑の作り方を学び、自国に持ち帰れないものかと千慮していた。
私にとってお父様から頂いた畑はとても大切なものだ。でも他者から見れば違う。特に帝国の王侯貴族からすれば、私の行動は唾棄すべきものだろう。平民がやる仕事を王族がやるなんて、と。
レナルド殿下は笑わなかった。蔑むこともしなかった。その視線が物語るのは、魔力過多の畑が本当に役に立つのかどうか。自国の利益を貪欲に求める目だ。だから手伝うことに決めた。
気持ち的にはね、思うところがないわけじゃないけれど。
「そういえば、魔力過多の畑はそっちでは作れているの?」
「魔法石もあるので、殿下の領地で猫の額ほどの土地で実験中です。なにせ我々は魔力量が多くないですから」
「もっと効率的に作れるといいんだけどねぇ。さすがにこの規模の畑をポンポン作るには、帝国じゃ難しいでしょうね」
「そうですね。なのでぜひとも、そこそこでお願いしたいですね」
地龍の鱗に魔力を込めて作る『魔力過多【そこそこ】の畑』。まだ大々的に話すわけにはいかないから、そこそこ、とシュルツ卿はいう。痩せて穀物を育てられない土地に、実りを増やしたい。それはレナルド殿下の願いでもあるのだろう。
「それなら収穫を手伝ってもらわないとな」
シュルツ卿に対して、ランドリック団長がニヤリと笑った。シュルツ卿はもちろん、と請け負ってくれたけど……それとは別に、と話しだす。
「先ほどの方々、フィルタード派の貴族たちですね。何かあったんですか?」
「私に畑を作って欲しいと言ってきたの」
「ああ、姫殿下ならお願いすれば作ってくれそうですしね」
「私だって本当に困っているなら考えるけど……彼らの場合は、土地は用意した。あとはよろしく。ってだけだもの」
「王族を見下していいことはないんですけどねぇ」
「それだけフィルタード派閥の貴族が尊大ってことよ。本当にもう……途中でアマンダが爆発しないかハラハラしたわ」
そういえばさっきからロックウェル魔術師団長が大人しいな。そう思って魔術師団長を見ると、光の消えた目で彼らが去ったあとをジッと見つめながら何か呟いている。
「テーブルの角に小指をぶつけろ……ベッドから転がり落ちろ……馬の鐙から転げて落ちろ……」
ブツブツ、ブツブツ、鬼気迫る勢いで呟く。正直ちょっと怖い。
思わずシャンテを見ると、私の視線に気がついたシャンテはサッと顔をそらした。カーバニル先生を見れば、先生も先生で視線をそらす。これはもうどうしようもないのだろう。
私は小さき息を吐くと、ロックウェル魔術師団長の白衣を引っ張った。
「ロックウェル魔術師団長、収穫! しましょう?」
「……姫殿下。そう、そうですね。本当に申し訳なく……」
「できれば止めてほしいけど、そうもいかないのでしょう?」
「本来なら、私のところで止められたら良かったのですが……陛下から畑を作る許可を取ったと言われてしまったので」
「お父様が許可を出したのはどうしてかしら?」
「フィルタード侯爵とカナン侯爵の連名で、王都にいる貴族子弟たちに魔力過多の畑を作る手伝いを、と」
「そこに私は含まれてないわね?」
「はい。ですが彼らは、魔力過多の畑を作るのであれば姫殿下が一日の長があると」
「私が承知すると思った、というわけね」
うんうん。今までだったら、そうしてたかもな。ちょっと考えてしまう。
それに今私がしようとしていることは、ポーションの足りない領に薬を届けようとしていることだし。ある意味で彼らの思惑通りに動いているとも言える。
だけど彼らが作るポーションが、いや、本当に魔力過多の畑でポーションを作るつもりなのかはわからないけど……もし作ったとしても、自領に届けられるかは不透明だ。
トラット帝国に行ってしまう可能性もある。なにせカナン侯爵の名前があがっているし。
「ルティアの人の良さにつけ込んでるんだな。もし俺が手伝うっていったら、絶対に手伝わせないぞ。アイツら」
後ろから声がかかり、私は小さく頷く。ライルだって私と同じように魔力量が多い。それに魔力過多の畑にだってずっと関わっている。それでもライルに頼まないのは、私なら粗雑に扱っても良いと思われているのだろう。
たぶんだけど、ライルの畑いじりはあまり喜ばれていない。もちろん喧伝材料にはなるのだろうけど。昔よりも落ち着いたライルは、彼らにとっては扱いづらくもあり次期国王として有用であるともいえる。本人になる気がないから、フィルタード派閥の思う通りにいかないだろうけど。
「断ったし、大丈夫よ。たぶん」
「悪い噂が広がる可能性はないんですか?」
「そんなの今さらだもの……」
シュルツ卿にいわれてそう答えると、ランドリック団長は噂は噂で消せばいいという。
「噂を噂で……?」
「ええ。姫殿下がご自身の畑で、下下のために作物の研究をしている。その研究成果をフィルタード派の貴族たちが奪おうとしている……とでも広めれば良いのですよ」
「……そんなに上手くいくかしら?」
「第三は貴族家出身者が多いですからね。彼らの噂より、第四や第五の騎士たちの噂の方が信憑性があります」
「でもカナン侯爵が手伝っているのなら、えっと……噂雀? とかいうのを雇われちゃうんじゃないかしら?」
噂雀という、噂をばら撒くのを専門にしている人たちがいる。商家出身のカナン侯爵は彼らを使うことが多い。それは新しい商品の売り込みや、他よりも自分の商品が上だと知らしめるために噂をばら撒くのだ。多くの人の口に上れば、人々は真実よりも噂を信じてしまう。
そんな人たちに対抗することができるのか? それに研究成果が奪われてるわけでもないし。私が首を傾げると、シュルツ卿が小さく笑う。
「噂というのは、真実と嘘を上手く織り交ぜながら広げるんですよ。この場合、第四や第五に所属する騎士からの噂とそれ以外からの噂。信憑性があるのはどちらか、ということになります」
「佩刀していなくても、他の騎士たちに比べて僕たちは体格が良いですからね」
「つまり、ちょっと聞いた話なんだけど……と話す普通の人たちよりも、真実味が増す?」
「そうです。そしてフィルタード派の貴族の横暴さも、ついでに広めればいい」
フィルタード派貴族の横暴さ。そう言われて思うところがないわけじゃない。だけど親がフィルタード派というだけで、子供は良い子もいるのだ。あまり噂だけが先行してしまっても困る。
「大丈夫ですよ。姫殿下。噂に上るような横暴な貴族は大体共通してます」
「そ、そうなの?」
「ええ。ですので、姫殿下のお友達まで被害にあうことはありません」
「それならいいわ。貴族じゃなくても、フィルタード派と見なされて不利益がでたら困るもの」
「商家の人間ならそれなりに上手くやりますよ」
そうシュルツ卿にいわれ、ほっとしたのだけど……やっぱり色々と探られてもいるのだなと感じた。もちろんイザベラ嬢がいるから、私の交友関係を探るのは簡単なのだろうけど。
「ひとまず、姫殿下は彼らに関わらない。たとえ泣きつかれても、先ほどのように毅然と断ってください」
「もちろんそのつもり。自分たちでできるのにしないのは怠慢だもの。そもそも自分たちで申請を出したのだし。最後まで責任を持ってもらいたいわ」
そういえば、ロックウェル魔術師団長とカーバニル先生が安心したように笑った。




