287.収穫と相談と 2
馬車から降りてきた人には見覚えがある……。というか、私たちが待っていた相手だ。
つまりそう、ロックウェル魔術師団長とカーバニル先生。馬に乗っているのは、騎士……だろうか? ライルと顔を見あわせ軽く首を傾げた。
「ロックウェル魔術師団長と、カーバニル先生はわかるのよ。あと、魔術式研究機関の人がちょっと混ざってるわよね?」
「ああ。でも……体格からして騎士が混ざっていないか?」
「そうよね。あんな体格の良い魔術師は師団にも研究機関にいないもの……」
基本的に、体力の順でいうと騎士、師団員、研究員の順になる。見た目にもそれは現れていて、魔物討伐に向かう騎士たちほど筋骨隆々な人が多い。第五騎士団のヘインズ副団長とかクマみたいでまさに! という感じだし。
そこを考えると、馬に乗ってきた人たちはたぶんみんな騎士なのだろう。
とはいえ、なぜ畑に騎士? となるのは仕方がない。そりゃ、今はカティア将軍に手伝ってもらっているけれど。基本的にたまにポーションを取りに来ることはあっても、騎士団の人たちが畑に来ることはないのだ。それよりも訓練が先だろうし。
「あ、ランドリック団長だわ」
体格の良い騎士たちに混じると、ひょろりとして見えるランドリック団長。しかしその実力は若くして第五団長に就くだけはある。クマみたいなヘインズ副団長を投げ飛ばしたりできるのだから。投げ飛ばすといえば、カーバニル先生もできるけど……先生はもうちょっとこう、風の魔術式を併用して飛ばしてる感じなのよね。
たまに第四と第五騎士団の訓練に混ざっている様子を見るけれど、腕力だけではない気がする。アレは私でも使えるのかしら? と、ちょっと気になっているところだ。
そんなことを考えていると、ランドリック団長が私たちに対して胸に手を当て頭を下げる。騎士の挨拶、なのだけど実際にされるとちょっとソワソワしてしまう。
思わずにへらっと笑いかえす。淑女らしく、なんてものは頭から抜けてしまった。そんな私を尻目に、ライルはジッとランドリック団長を見ている。
「……普段はそんなことないのになぁ」
「そんなことって?」
「ランドリック団長。普段はにこにこーってしてるだろ?」
「そうね?」
「でも……今はさ、すましてる? っていうのかな。そんな印象があるよな」
「そりゃあ、他の騎士たちがいるんだもの。キリッとはしないまでも、すました表情ぐらい浮かべるものじゃない?」
「いや、俺さ……第五の訓練に交ぜてもらうんだ。上の方だと、ちゃんと見てもらえないから。でもそこでのランドリック団長はやっぱりにこにこしてるよ」
「そう……それじゃあ――――」
一緒に来た騎士たちはにこにこできない相手。つまり気を許していない相手ということだろうか? ライルと顔を見あい小さく頷く。ランドリック団長の態度は、私たちに何かを伝えようとしているのかもしれない。
もちろん杞憂であればいいけれど。彼ほどの人が無意味なことはしないはず。
「ひーめでーんかー! ご機嫌いかがですか~!!」
畑中に響かんばかりの声量で、ロックウェル魔術師団長が私に手を振っている。いつもと同じテンションが高い。ランドリック団長の態度を見てしまうと、魔術師団長の態度はとてもおかしい。気の置けない相手ならともかく、そうでないなら異様に映る。
「……ルティア」
「大丈夫よ」
私はロックウェル魔術師団長のもとへ行くことにした。するとすぐにカティア将軍が私の後ろについてくる。勘のいい人だから、何か察したのかもしれない。
「ごきげんよう。ロックウェル魔術師団長」
「ごきげんよう、姫殿下。……後ろの方は?」
「あ、ああ……彼女はラステア国のリオン・カティア将軍よ。手が空いてるというから、収穫を手伝ってもらっているの」
「なるほど! そうなのですね。お手を煩わせて申し訳ない。私はアマンダ・ロックウェル。魔術師団の団長をしております」
初対面を装ったロックウェル魔術師団長はカティア将軍へ手を差しだした。将軍も差しだされた手をそのまま握り返している。
一度会っているのだけど、アレは非公式の場だった。だから公式に、という点ではおかしくないのだけれど……今は何か思惑があるのかもしれない。魔術師団長の顔にそっと視線を向ける。顔は笑っているけれど、目は笑っていなかった。
うん。これは確実に何かある。
だってロックウェル魔術師団だもの! 畑に来るだけで、くるくると踊り出すような人の目が笑っていないって一大事だわ。それにいつもなら怒り出しそうなシャンテも遠くから私たちを見ている。
そんなことを考えていると、ランドリック団長がさっきと同じように胸に手を当てて私とカティア将軍に挨拶をしてきた。私たちは同じように返事を返す。
「実は姫殿下にお願いがあるのですけれど……」
「どうかしたのかしら?」
「畑の拡張をお願いしたいのです」
「畑の拡張を……? ここではもう無理じゃないかしら??」
「ええ。ですので、ここではなく別の場所に」
「別の……?」
私が首を傾げると、見知らぬ騎士がスッと前に出てきた。ランドリック団長よりは、上背も有り体格も良い。彼は自身を第三騎士団の騎士だという。ロックウェル魔術師団長が話している途中なのに、話に割り込むあたり問題がある。
もっとも、彼の視線は私を値踏みするようにニヤニヤしているからそういうことなのだろう。だから二人ともいつもと態度が違うのだ。
「第三の……? なぜ第三の騎士が??」
「実は、第三騎士団と魔術式研究機関との共同で畑を必要としているのです」
「ポーションなら研究機関に申請すればいいのではないですか?」
「お恥ずかしい話ですが、第三騎士団には下位貴族の子弟がそれなりにいます。ポーションを個人で購入するにしても足りないのです」
「足りない、ですか?」
「……今、地方都市で疫病がちらほら出ているのはご存じですか?」
「ええ。存じています」
「それなら話は早い! つまりはその、そういうことなのです」
「そういうこと、ではわかりませんわ」
わざとそういってやる。第一から第二の騎士は王族や国賓の対応をする関係上、上位貴族の子弟がなることがおおい。第三は下位貴族の子弟が中心で、王都の警備を。第四と第五は平民で構成され魔物討伐が中心。
基本的に第一から第三の騎士たちがポーションを必要とする場面は少ない。だから常備している量も第四と第五に比べれば少ないはず。でも減っている。あの資料ではきちんと使い切っていた。もしかしてお父様もそれを見越して、彼らの畑拡張申請を許可したのだろうか? 別のことに目を向けていれば、捜査しやすいとか??
ただそれならロックウェル魔術師団長とランドリック団長の態度に違和感が残る。彼らなら私が断るように持っていかないはずだ。現に、私が質問を返すと魔術師団長の口元が小さく笑ったのだから。
第三の騎士は、んんっと咳払いをすると自領のポーション作成がなかなか芳しくないのだという。
「なるほど。それで自分たちで育てようと?」
「え? あ、いえ……その……」
「違うのですか?」
「ひ、姫殿下に……その……」
「あらぁ? もしかして、土地は用意したからあとはぜーんぶルティア姫殿下に押しつけよう。なーんて考えてるのかしら? まさかねぇ?? 自分たちの領のために、姫殿下の手を煩わせようとしているの??」
カティア将軍が、ニヤニヤと笑いながら第三の騎士にそう告げる。彼はヒクリと頬を引きつらせた。なるほど。だからか、と腑に落ちる。
いつもと様子が違うのは、土地だけ用意して私に押しつけようとしているのを知っていたからだ。きっと彼らは私が了承すれば問題ないとでも言ったのだろう。自分の畑のついでだ、と。
たしかに私は畑の世話をするのは好きだし、この畑でも疫病に対応した薬を作ろうと思っている。だけど自分たちが楽をするためだけに押しつけられるのは良しとしない。
それは自分たちでするべきだ。ついでに畑に集中してくれれば、お父様たちの捜査もしやすくなるだろう。
「カティア将軍、いくらなんでも彼らだってそんなことはいわないわ。ねえ、そうでしょう? 自領のために自分たちでなんとかするつもりなのよね??」
「そ、それは……」
「あらだって、必要なのでしょう? だからお父様に許可をとってまで畑を作ろうとしているのではない?」
「そ、れは……そうですが……」
「とても素敵な心懸けだと思うわ。魔力過多の畑を作るのも、今はそこまで大変じゃないのよ? きっと上手くいくわ」
大げさすぎるほどに手をぽんと叩いて、第三の騎士を褒め称える。彼は口をパクパクと動かし、そして手を……手を……ともごもご口の中で呟く。
「自領のために、領主一家が心から尽くしてくれたとなればきっとみんな喜んでくれますよ。その逆をすれば――――ま、どうなるかはご想像にお任せしますけどねぇ」
ふふっと私の後ろでカティア将軍が小さく笑う。第三の騎士はオロオロとしだし、一緒に来ていた他の騎士や研究機関の研究員たちを見た。
残念ながら助け船をだす人はいなかったが。




