285.畑と薬とポーションと 6
マジックボックスの件からちょっと話がズレてしまったが、ひとまず話はまとまったと言えるだろう。コンラッド様はランカナ様に相談すべく、一度戻ることになったけれど。
シュルツ卿がフラフラしているから、そのことにちょっとだけ安心する。あまり仲がよくないし、鉢合わせないのならその方がいい。
「お父様、カティア将軍は私の小離宮に泊まっていただいてもいいかしら?」
「はいはいはいはい! ルティア姫の小離宮にお泊まりしたいです!!」
「……カティア将軍も熱望していらっしゃるようだし、構わないよ。きちんとおもてなしするんだよ?」
「もちろんよ! あ、でもネイトさんは……」
チラリとネイトさんを見ると、もし可能であればロイ兄様の小離宮に泊めてもらいたいと言われた。問題ないはずだけど、念のため確認をとらせてほしいと告げる。急な話だし、準備もあるだろうから。
「あ、もし無理なようなら……」
「たぶん大丈夫だと思います。それにロイ兄様もネイトさんと話をしてみたいって言ってたもの」
「本当ですか? 嬉しいなあ」
ネイトさんは目を細めて嬉しそうにしている。いつも忙しそうだし、ロイ兄様の小離宮でゆっくり休んでもらいたい。カティア将軍付の文官だし、ファティシア王国にいる分には将軍が逃げたとしても追いかける必要はないものね。
話し合いが終わり、お父様の執務室を後にする。私とカティア将軍、ネイトさんは一度、私の小離宮に招くことになった。コンラッド様はもう少しお父様たちと話し合いをするそうだ。色々と頼ってばかりだけど、疫病に関してはファティシア王国だけでなくラステア国にも関わること。協力して対処できたら良いと思う。
小離宮に着くと、ユリアナたちがちょっと遅めの朝食の準備をしていてくれた。
「これは……カティア将軍、ネイト様。ファティシア王国へようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりね。ユリアナさん。しばらくお邪魔することになるのだけど、よろしくね」
カティア将軍の言葉にユリアナと侍女長が私に視線を寄越した。私はお父様から許可をもらって、将軍を私の宮に。そしてネイトさんをロイ兄様の宮に滞在してもらうことを話す。向こうで沢山お世話になったし、今度は私の番だと思うのよね。
私の話を聞いて、直ぐに侍女長がリーナに視線を向けるとリーナは心得たようにいなくなった。たぶんロイ兄様の宮に向かったのだろう。これでネイトさんの部屋の準備も大丈夫。それまでは私の宮でお茶をしてもらおうかな……あれ? でも二人とも朝が早かったから朝ご飯どうしたのだろう??
「カティア将軍もネイトさんも朝ご飯は食べたの?」
「軽食を飛龍の上で食べたわよ~」
「飛龍の上で……? そ、そんなことも慣れちゃうと出来るの??」
「まあ、そのぐらいはね」
「軽食だけでしたら……少し早い昼食になさいますか?」
「お願いしても?」
「承知いたしました」
侍女長が確認を取り、私とカティア将軍、ネイトさんで席に着く。本当は用意が調うのを待ってから一緒に食べるのがマナーなんだけど……美味しそうな食事を前にお腹がぐーっと音を鳴らす。思わずお腹を押さえると、二人は小さい子でも見るような眼差しで「お先にどうぞ」と食べるようにすすめてくれた。
「い、いつもはね? もうちょっと早起きなのよ。たまたまこう、テスト開けでゆっくり寝ちゃっただけなのよ! だから食べてからだと遅くなっちゃうし……」
「いいの。いいの。王弟殿下が早ーく来すぎただけなんだから。もうちょっと遅くでもいいんじゃない? っていったんだけどねぇ」
「そうですね。なにかこう、とても機嫌が良かったですね」
「機嫌が……良い? どうしてかしら?? とても面倒なことをお願いしたと思うのだけど」
「何でも素敵な手紙を頂いたとか……? そんなことを仰ってましたが、心当たりはありませんか??」
ネイトさんに素敵な手紙、といわれ私は首を傾げる。素敵な手紙も何も……普通に困っていることを書いただけだ。面倒ごとが素敵なはずはないし。なぜ??
「ルティア様、円滑に進むためのアレです」
「アレ? あ、そういえばユリアナが何か吹きかけてたわね。あれって結局なんだったの??」
「香水です」
「香水? 私、そんなの持ってたかしら??」
「一応、準備はしてあるんですよ。あまり香りの強くないものですけど」
「あーなるほどね。王弟殿下はルーちゃんの香りかと思ったんだー」
「それが、素敵な手紙になるの??」
私の問いかけにカティア将軍とネイトさんは「人による」と同時に言う。人によるのか……コンラッド様の好きな香りだったのかな? あ、そういえば前に読んだ本に特別な人に自分の使っている香水を吹きかけて送る、という話もあったなぁ。私の代わりに、香りだけでも貴方に届けます。と言う意味だった。
素敵な話だけど、私は香水を使ってないし……そういう相手もまだいないから、読み流していたけど。いつかそういうことが出来る相手ができれば、いいな。うん。なんだか大人の女性っぽいものね。
「ルーちゃん、王弟殿下のことは気にしなくて良いのよ」
「そ、そう?」
「そうそう。勝手に勘違いしただけだし、それに面倒事っていうけどうちにとっても大事な話だから。疫病が流行る前に知ることが出来たのは重畳よ」
「そうですね。地方から始まってしまうと、気がつくのが遅れて手遅れになってしまう可能性もありますからね。ポーションがあるとはいえ、貧民街ではやはりポーションに頼れる人が少ないですから」
「そっか。それなら……よかったのかな?」
疫病に対応した薬、それとポーションを沢山作る必要がある。それをファティシア王国、ラステア国両方で作ることで合意できた。もちろん直ぐに薬草を育てるには、魔力過多の畑を作らなければいけないので地龍の鱗に土魔法の魔術式を入れたものを用意しなければいけない。ラステア国では魔術式の概念があまりないから、その辺はファティシア王国が手助けする形だ。
魔力を込めることに関しては、ラステア国の人の方が向いているから……今後魔力過多の畑を作るのはもっと楽になるだろう。ポーションの生産量も今より上がるはずだ。そうすればもう少しポーションの値段も下がるかもしれない。
ラステア国のポーションの値段は、ファティシア国より少しだけ高い。これはファティシア王国では魔力過多の畑を人為的に作り出しているからだ。自然発生していたものに手を入れていたラステア国との違いでもある。五年前から魔力過多の畑を人為的に作り出してはいるけれど、まだまだ一部だけなのだ。
その原因は魔術式。こればかりは慣れた人でないと扱えないみたい。魔力量が多くて、術式による補助がいらないから難しいのだ。でも鱗に魔力を貯めておけるなら、術式だけ鱗に入れて魔力を込めてもらえばあとは鱗を使うだけ。魔力も使ったり、止めたり出来るようになったしどんどん使い勝手が良くなるだろう。
そんなことを考えつつ、私は用意されていたちょっと遅い朝食に手を伸ばす。ハーブの入った腸詰めに、サラダ、ゆで卵、スープにパン。小さい頃だと考えられないくらい、たっぷり食べられる。
私はパンを手に取り、一口サイズにちぎってバターをちょっと塗ると口に放り込んだ。ふわふわの食感にバターの塩みがちょうど良い。このパンも前はもうちょっと固かったのよね。それはそれで美味しいのだけど、アリシアが新しい酵母というのを使って柔らかいパンを作ってくれたのだ。
「柔らかそうなパンね?」
「そうなんです! これはアリシアが提案してくれて、今までのパンより柔らかくてもちっとしてるんです」
「へえ……ラステアだと揚げパンとか蒸しパンはありますけど、普通のパンというと固いですよね」
「とっても美味しいです」
私がそう言うと、二人の前にタイミング良くパンが置かれる。外はカリッと中はもっちり柔らかく。焼きたてだから、香りもとても良い。二人は私がしたように、一口サイズにちぎってからバターを塗り口に入れた。
「……美味しい!」
「すっごいふわっふわですね! いいなぁ……娘にも食べさせたい。これなら小さい子でも食べやすいですね」
「パンに使う酵母というのが今までのと違うみたい。レシピは公開されているから、ラステア国でも作れると思うわ」
「本当ですか!? じゃあ帰りにレシピを頂いて帰ります。これは食べさせてあげたい」
ネイトさんはうっとりとしながら、娘さんがいかに可愛いかを語り出した。カティア将軍が、手短に! 手短に!! というけれど止まらない。飛龍に乗れば一日とはいえ、暫く離れるわけだし……話したくもなるわよね。私はネイトさんの話を聞きながら、ハーブの入った腸詰めを口に運ぶのだった。




