283.畑と薬とポーションと 4
議論は振り出しに戻ってしまった。
ポーションがもしかしたらトラット帝国に流れているかもしれない。カナン侯爵家が運営する商船に秘密裏に乗せられている可能性がある。それなのに調べる手段がないのだ。
荷物を別に運ぶ方法があれば、各領地の貴族たちに確認を取ることが出来るだろう。だが現状代替え案がない。カナン侯爵が手を引けば、荷物が送れず、そして入っても来ない。そうなると困るのは領民たちだ。
これ幸いに、とフィルタード派は王家を貶める噂を流すだろう。
「ひとまず、領地に関しては保留にしよう。現状直ぐに手を付けられる打開策がない。こちらのポーションがトラット帝国に流れている確証も、ない」
苦々しい表情を浮かべながらお父様はいう。本当は直ぐに取りかかりたくとも、下手に手を出せない。それが表情からよくわかる。
憶測でカナン侯爵家の船に令状を出して調べることは出来ない。確実な証拠がなければ。それだって海での事故に備えて、といわれれば難しいところだ。海の上で病気になったら、直ぐにお医者様にも神官にも見せることは出来ない。だからより良いポーションを船に積んでいる、そう言われれば頷かざる得ないのだ。
「全体の総量を考えれば、どちらかといえば騎士団に卸している方が多いですからね。こちらの方を先に潰す方が良いでしょう。各領地で作っているのは初級ポーションが優先でしょうし……中級や上級もそう多くは作れない」
「こちらの不手際で、迷惑をおかけして申し訳ない」
「いえ、我が国でも多少はトラット帝国に流れています。完全に流出を防ぐ手立てはないんですよ。それだけ巧妙だと言うことです」
「ラステア国でも……?」
「マジックボックスの中なら発見出来るけどね。たとえば、服の中とか……数本程度なら隠せてしまうだろ?」
数本の初級ポーションなら申告して持ってくことが出来る。だが量を持っていこうとすると、マジックボックスが必要になる。ただ中級、上級は持ち出しが禁止だ。販売も他国の人間には行っていない。だけどどうにかして入手し、服の中に隠して持っていく者もいるのだとか。
明らかにあやしい行動をしていればわかるが、そうでない場合は難しい。だからといって全裸にして確認するわけにもいかない。非常に難しい判断を関門の騎士たちは任されていることになる。
そう思っていると、ネイトさんが「あれは困りましたよね」と話しだした。
「昔ありましたよね。体の中に隠して持っていった人」
「えっ……か、体の中? どうやって??」
「酷い話ですけど、子供の腹を裂いてそこにポーションを入れるんです。そして傷口をポーションで塞ぐ。国を出たら腹を割いて、ポーションを取りだす。子供はそのまま捨てていくんです」
「酷い……」
「どうしても上級ポーションが欲しかったようで。入国時の人数と出国時の人数が違ってましてね……増えた子は養子にすると言っていたんですが、あまりにも顔色が悪い。そりゃそうですよね。お腹を裂いてそこにポーションを隠されてるんですから」
「その子は……どうなったの?」
「保護されました。そして中のポーションも取りだされ、治して今は普通に暮らしてます」
その話を聞いてホッとする。なんとも恐ろしいことをするものだ。どうやら上級ポーションを何本も持ち出そうとしたようだけど、なぜそこまでする必要があるのだろう? そう考えていると、欲しがったのがトラット帝国の貴族だと教えてくれた。
上級ポーションなら自分の美貌がもっと保たれるのでは? と考えたらしい。そのために貧民街の子供が犠牲になろうと興味はないのだろう。そもそも上級ポーションに美容効果なんてないのだけどね。
「まあ、子供の体内に隠すのは極端な例だけど……大人だって自分の体に隠して持ってくときあるわよ?」
「大人も……お腹を裂くの?」
「いいえ。動物の腸あるでしょう? ほら、腸詰めに使う腸」
カティア将軍にいわれ、私はオーソドックスな腸詰めを思い浮かべる。国によっていろんな腸詰めがあるのよね。中にいれる具材で味が変わる。最近はハーブ入りの腸詰めがお気に入りだ。焼いてもゆでても美味しい。囓るとパリ、ジュワッとしている……ダメね。お腹がすいてきた。
「えっと、その……その腸をどうするの?」
「腸を二重にしてね、その中にポーションを入れるの。あれ瓶でしょう? さすがにそのままは中が傷つくから」
「中が、傷つく?」
「下半身に隠して持っていくの」
「かはんしん……???」
下着の中だろうか? と、想像する。瓶だからそのまま持つにはちょっと怖いかもしれない。割れたときとか。怪我はポーションで治るだろうけど。
んんっ、とコンラッド様か咳き込む。私が首を傾げると、コンラッド様は女性だとスカートの中に隠せるからね。と教えてくれた。
「ああ、たしかに。でも沢山は持てないから……あやしい動きをしてるとやっぱりわかってしまうのね?」
「そうだね」
「それだけじゃないけど、まあそんな感じね」
「それだけじゃないの?」
「人間って欲が絡むと色々するなってことよ」
「それは、そうね?」
なんだか含みのある言い方だけど、ともかくラステア国でも一〇〇%中級と上級のポーションの流出が防げるわけではないことだけはわかった。その点でいくと、うちはもっと持ち出されていることにならないだろうか?
全ての神殿で管理されている、中級、上級ポーションの販売先を確認する必要がでてきた。誰に販売したのかを把握すれば、その領地で困っていることも見えてくるかもしれない。本当に理由があって消費されたのなら何も問題ないわけだし……
その辺りは、ハウンド宰相様が手を回してくれるだろう。私が手伝えることは少なそうだ。
私ができることといえば―――― 第四と第五騎士団に卸されてるポーションの数を正確に把握すること。依頼表はカーバニル先生のところにあるし、マクドール副団長に確認すれば第四のポーション使用数も教えてくれる。
人を見かけで判断してはいけないというけれど、あんなに大きなくまさん見たいな見た目だけどマクドール副団長は細やかな作業が得意なのよね。ランドリック団長も不得意とはいわないけれど、どちらかといえば作戦を立てる方が得意だと言っていた。
「ひとまず、騎士団を優先に調べましょう。それから各神殿に調査の依頼を出します」
「ハウンド宰相様、その……第四と第五騎士団は私が聞きに行っても大丈夫? この間も第五騎士団用のポーションを作ったし、どのくらい消費しているのか聞いてもおかしくないと思うの」
「そうですね。第四と第五よりも怪しむべきは第一から第三でしょうしね。そうなると、第一から第三の団長に怪しまれないように本来の数字を確認する必要があります」
「どうして第四と第五は問題ないって思うのかしら?」
カティア将軍のもっともな意見に、私は第四と第五騎士団が平民出身者で固められた団員たちなのだと説明する。つまり貴族間のアレソレの影響をあまり受けない。一〇〇%受けないわけではないけれど、それでも自分たちの命に直結するとわかっているポーションを他者へ融通する人はそういないだろう。
それに普段からあまり仲がよくないのよね……貴族子弟が多く在籍している第一と第二。貴族と平民の中でも裕福な家出身の混合第三。平民中心の第四と第五。
「どの騎士団も重要な役割を持っているんだけど、平民が多いせいか見下す人たちもいるの。でも第四と第五の騎士たちからすれば本当に王都を護っているのは自分たちって自負もあるし」
「あーなるほどね。貴族と平民の埋められない溝があるわけね」
「そうだね。皆等しく、ファティシア王国を護ってくれる騎士なのだけど……」
「いっそのこと、魔物討伐に連れて行けば良いのでは? お互いの大変なところを見てこそ、理解が深まるかもしれませんよ??」
カティア将軍の提案に、ハウンド宰相様が苦笑いを浮かべる。良い提案だと思うけど、第一から第三騎士団が信用できないとなると、第四と第五が取り込まれかねない。今は反目しあっているぐらいでちょうど良いのかもしれない、という話でまとまった。
――――ヒュース騎士団長は、この件に関わっているのかな? お父様たちは、騎士団長を疑っているような素振りを見せない。見せないだけなのか、それとも信頼している騎士団長が裏切るわけないと思っているのか?
ただただ、私とロイ兄様の考えが杞憂であれば良いと思う。




