282.畑と薬とポーションと 3
一通り報告書に目を通し、いくつかの領地に印を付けていく。その領地はフィルタード派ではない領主が治める領地だ。だが場所的にフィルタード派閥の貴族たちの領地と隣接している。
どこもポーションを作り始めたのはここ二~三年の間。
徐々に生産量が増え、それに伴い消費量も増えている。増えているのだが……予想よりも消費が多い。他の同じように作っている領地よりも二~三割りぐらい多いだろうか。
「この領地で特別何か病気が流行ったとか、もしくは魔物の被害があったとかあります?」
「そのような報告は受けていないですね」
「初級ポーションは微増って感じなんですよねぇーそれはまだポーションの効能に猜疑的であったり、ポーションよりはまだ薬とか……そもそも余程の怪我とか病気にならないと使わないとか……そんな増え方。でも中級と上級はずいぶんと多い」
「たしかに」
「もちろん貴族の方が、ポーションの有用性をしっかり理解しているから。というのもあるでしょう。だけど中級と上級はよほどの大怪我や大病でもなければ使わない」
基本的に初級ポーションがあれば、大体の怪我や病気は治ってしまう。中級から上級はたしかに凄いポーションではあるけれど、ちょっとの怪我や病気を治すのに使うには過剰だ。
本来なら初級ポーションが一番多く生産、消費される。しかしカティア将軍が印をつけた領地では初級ポーションよりも中級から上級が消費されていた。
「初級ポーションですむものに、中級から上級を使う……なんて無駄なことはしないはずだ。料金がだいぶ違うし、中級から上級は神殿でないと購入できない」
「姑息な感じなのが、こことここ。最初の一年目と二年目は一割増って感じなんですよね。三年目になると二~三割増。じわじわっと増やして、様子を見ている気がします」
「しかし……この領地はフィルタード派閥ではないんですよね」
「ふむ。それなら、この領地では何が特産です?」
「特産品ですか? ここら辺は穀倉地帯ですね」
「穀倉地帯……それを運ぶのは、陸路? 海路?」
「……海路、ですね」
ハウンド宰相様の言葉に、私の頭の中にはカナン侯爵の名前が思い浮かぶ。海運業で栄えているカナン侯爵は、もしやこの領地の領主たちに圧力をかけたのではなかろうか?
穀物は量が多い。陸路を行くには、難所が多く量を運ぶには不向き。だからこそ一気に運べる海路はとても助かるはずだ。
ハウンド宰相様が広げた簡易地図。それを見ながら、この辺の川に小型船をつけて海まで運んでいるのもカナン侯爵家の事業の一つではなかっただろうか? と思い出す。そうなると大型船を用意できたとしても、領から荷を運び出すことが出来ない。
「船便の値段が釣り上げられた、とかかしら?」
「船便に関しては、商売の一部ですからね。国が運営しているわけではない。値段設定は商家に一任されています。カナン侯爵家といえど、慈善事業ではなく商売である。といわれれば……」
「海路はそのカナン侯爵家だけなのかしら?」
「ええ。そもそも造船技術を持っているのがカナン侯爵家ですからね」
大型の船を作るにはそれなりにお金がかかる。そして船を作る職人は、とっても大事にされているのだ。よそで作られたら困るから。帆船を作る職人の街があるぐらいだし……もしも各領地で船が作れたってせいぜい小型船が精一杯だ。川はあっても、大型船を浮かべるだけの場所がない。
小型船で海から、別の領地に持っていくことは不可能ではない。だが海路は海路で危険を伴う。大型船が作られるのはそれなりに理由があるのだ。もちろん第一は荷物が多く運べるから。第二は長期の運用に耐えられる。そして第三は多少海が荒れても航行できること。
小型船に荷物をいっぱい乗せたとして、それとは別に乗組員の食料や水。生活するスペースも必要になる。それに小型船だと海が少しでも荒れると航行できない。川から海に出るまで大体どこの領地からも半日程度。それぐらいなら食料も水も僅かですむ。
「……うちの飛龍便をここに投入すると、このカナン侯爵家と競合するからちょっと問題が発生しちゃうわね。物量という意味では問題ないでしょうけど、ここに他の輸送手段を投入された、ということに反応するかも」
「そうですね。カナン侯爵家がそれなら運送業から手を引く、といわれたらこの近辺の領地は困るでしょう。穀倉地帯はともかく量がありますから」
「神殿に依頼して、中級から上級のポーションを購入した者のリストを作るのはどうだい?」
「そのぐらいなら問題はないでしょう。ですが……購入者が誰に渡したか、までは追えないですよ?」
「本当に消費されたか、なんて確認も出来ないしなぁ」
その確認は王家に対する不信を生む。と、お父様はいった。ポーションを渡さざる得ない理由があり、その理由に対して王家は何をしてくれるのか? 理由は察することが出来るだろう、では代替案はあるのか?? となる。
現状、代替え案はラステア国の飛龍便のみ。でも飛龍便で運べる量は大型船には及ばない。飛龍便の強みは早く届けられる、という部分だし。物量となると、心許ないだろう。
大型のマジックボックスでも作れれば別だが、大型のマジックボックスを作るにはかなりの魔力量がいる。穀倉地帯の穀物を沢山運べるぐらいのマジックボックスだとかなりのサイズになるのではなかろうか?
いや、待てよ。もしかしてマジックボックスを大きく作る必要はない? 飛龍が運べるサイズのマジックボックスでもそれなりの量が運べる。船は一艘で大量に運べるけど、飛龍便の量を増やせば……??
私はチラリとカティア将軍を見る。将軍はニコッととても嬉しそうに首を傾げた。
「あ、あのね……私、思ったのだけど……飛龍でも運べるサイズのマジックボックスを作って、飛龍に穀物を運んでもらったらどうかなって?」
「飛龍に運べるサイズの……? あ、そうか。全部を運ぶには船が一番だけど、領地ごとに運ぶのなら別に小型船でもいけるのよね。川を運ぶのだし」
「そう。それなら飛龍が運べるサイズのマジックボックスなら、それなりに量も運べるんじゃないかなって」
「……いや、ちょっと待ってください。全部穀物ですよね。運ぶの」
「そうよ?」
ネイトさんが確認するように私たちを見る。お父様もハウンド宰相様もその問いに小さく頷いた。一体どうしたのだろうか?
「飛龍だけでなく、地龍も使えばよいのでは? 地龍の方が荷量も運べますし」
「地龍は飛べないでしょう?」
「全く飛べないわけではありません。まあ歩く、が基本ですが。でも馬が進めないような悪路も歩けますよ。これらの領地は谷に囲まれているからこそ、馬車を使って外に運べないんですよね?」
「……地龍は、かなりの悪路でも進めると?」
「悪路といえども、馬と人なら通れるのでは? ここ、道出来てますよね?」
「それは、そうですね。近隣の街に行くにはそこを通りますから」
「それなら地龍も歩けるね。むしろ地龍が歩いた方が、地ならしされていいかも」
ネイトさんの意見にコンラッド様も賛同する。中身が繊細な物だとさすがに地龍に運ばせるのは難しいそうだが、脱穀したものを運ぶだけなら問題ないそうだ。龍種の中で一番大きな地龍ならかなりの量を陸路で運べる。
「そうなると……問題は、穀物を狙う盗賊とかになるかな」
「ああ、そうか。陸路はそれがありますね」
「海路は安全なんですか?」
カティア将軍の問いにお父様が基本的には安全だ、と告げた。陸路の盗賊、海路の海賊……海賊って物語の中でしか聞いたことないかも。盗賊はそれなりに聞くけど。
「海賊は、あまり聞かないな。そもそも大型帆船のスピードに小型船では太刀打ちできない。風の魔法石を使えば、かなりのスピードが出るからね。そしてそんな上等な魔法石を用意できるのは高位貴族だけ」
「ああ、だからこそ海運業が成り立つんですね?」
「だから地龍の陸路、飛龍の空路はとても魅力的だけど……盗賊の問題と、物量の問題が出てくるかな。ルティアのマジックボックスを作るという発想も良いのだけど、直ぐに用意できる物ではないからね」
「それに盗賊は……雇えてしまいますしね」
コンラッド様の言葉にお父様が頷く。
そうか。こちらの邪魔をするために、秘密裏に雇う可能性も考えなければいけないのか。もちろんマジックボックスを作るのに魔力を提供するのは問題ない。だけど、それだけでは足りないのだ。
領地の人たちが安心して任せられるようにしなければいけない。一時的ではなく、継続して安全に運べる手段が必要なのだ。




