279.王子と王女のお茶会 7
「コンラッド殿下には、いつ手紙を?」
「ここに来る前よ。飛龍便で」
「そう。なら明日にはいらっしゃるかな」
「え? どうして??」
「最近来ていないしね。それにルティアのお願いなら、コンラッド殿下本人が話を聞きに来るはずだよ」
「そ、そうかしら??」
「又聞きよりも一番早いからね」
それはそう。間に誰かを挟むよりは、ずっと早い。だけど今、ファティシア王国にはシュルツ卿がいるのよね……喧嘩になったりしないだろうか? ラステア国で会ったときもちょっとした言い合いが勃発していたし。少し心配だ。シュルツ卿って、急に現れるんだもの……
「あ、そうだ。魔石に色を変える術式を入れるのはカーバニル先生が引き受けてくれたわ。あとは私とそう体型も変わらないから、私の服を貸すつもり」
「そう。それならイザベラ嬢は大丈夫そうだね。ああ見えて彼女も好奇心旺盛だから。きっとそこそこの畑を作るのは楽しんでくれると思う」
「もしかして……ロイ兄様は、イザベラ嬢に会っている?」
「まあそれなりに?」
「全然聞いてないのだけど」
イザベラ嬢からもそんな話は聞いていない。頬を膨らませ、不満を示すとロイ兄様が笑う。だってイザベラ嬢と仲良くなるのはなんだか、こう……アリシアがいるのになって思ってしまうのだ。そりゃあ、兄様とアリシアの間にはまだ何もないけれど。
いずれは二人が婚約しないかなって、思ったりもするのだ。アリシアだってロイ兄様のこと好きなんじゃないかなー? って感じるときがあるし。
「そりゃあね、イザベラ嬢はルティアのレッスンをしているんだよ? 報告するのは僕になるでしょう? 僕が頼んだのだから」
「そういう、感じなの……?」
「そうだよ?」
「そ、それならいいけど……」
早くアリシアには「イザベラ嬢は敵じゃないのよ!」って言えるようになりたい。もしどこかからかロイ兄様とイザベラ嬢の噂を聞いてショックを受けないように。
アリシアのことだから、スッと身を引きそうなのよね。それはとても困る。大好きな二人にはずっと一緒にいてもらいたい。
「そういえば姫さん、ライル様たちにお願いしました?」
「……まだ」
「ならこっちでしておきますね」
「そうね。お願いするわ。できれば明日から畑で収穫したいし」
「ライル様たちなら平気かな。たぶん明日も向こうの離宮に集まるだろうし」
「そうなの?」
「シャンテ坊ちゃんは休みのときでないと、会えませんからね」
たしかに。普段は私の側にいてくれるし、学園がある日は寮生活だ。そうなると休みのときしかライルたちには会えない。もう少ししたら、学園でも会えるようになるだろうけど。
「そういえば、偽物の瓶はどう区別つけようかしら」
「ああ。それがあったね。神殿の神官たちには区別がつくようにしなければいけないけど、全くの偽物を渡すのもどうなのかな」
「別によくないですか? それで困るのはフィルタード派の貴族たちですし。まあ今回の場合はカナン侯爵家でしょうけど」
「一手に引き受けるとしたら、カナン侯爵家になるものね。海路から運べば大量に持って行けるわ」
「そう。だけどカナン侯爵家に急に何かあっても困るだろ?」
カナン侯爵家は物流の大半を担っている。そう言われてしまうと、たしかに困ったことになるかも? 届けた人たちが「薬が効かない」と、トラット帝国に捕らわれては事だ。
そこにカナン侯爵本人がいたら―――― 目も当てられない。侯爵本人を人質にして、トラット帝国がファティシア王国相手に脅しをかけてくる可能性もある。
「……面倒なことになるわね?」
「そう。侯爵本人が行かないことを祈るけど、だけど完全な偽物では何かあったときに困る」
「でもポーションはトラット帝国に持って行けないわ。そういう決まりだもの。密輸出になってしまう」
「カナン侯爵本人が密輸出した証拠があれば、カナン侯爵を人質にされてもこちらは突っぱねることが出来る。侯爵本人の罪だしね」
「そうすれば、侯爵家自体はファティシア王国法に従わざる得ない? それならカナン侯爵がトラット帝国に入る前に捕まえればよくないかしら??」
「それもいいかもね」
リスクを考えれば、カナン侯爵本人が行くことは考えづらい。だけどフィルタード派閥として、その代表としてならカナン侯爵が行くことはあり得る。フィルタード侯爵本人が行くとは思えないもの。カナン侯爵なら商売人として行った、そういう理由付けができるから。
「うーん……それならポーションに印をつけて、行方不明になったら追えるように、とかできないっすかねぇ?」
ロビンが思いついたように呟く。
「人じゃないもの。なくなったとしても、自分で騒いだり出来ないわ」
「そうなんですよねぇ。もしくはポーションを入れる箱を特殊なものにするとか?」
「ポーションの箱に印を付けて、もしも船に乗せられる場合は信号を発するようにするってこと? だけどそんな魔術式、僕は知らないな」
「そうですよねぇ。地図上でどこにあるかわかるとか、そんな便利な魔術式があればいいんですけど。そうすれば海上にでたら、飛龍隊を使ってとっ捕まえる」
薬とポーションは飛龍隊が各領地に運ぶ。それなのに海上にポーションがあったらおかしい。しかも船はトラット帝国行き。帝国領に着く前に捕まえれば、言い分けもできない。
だけど問題は魔術式だ。そんな便利な魔術式、あったらすでに実用化されている。たぶん私はそれを持ち歩くようにいわれかねない。いや、王族はみんな持っていた方がいいかも?
「そんな便利な魔術式、作れるのかしら?」
「ほら、一人いるじゃないっすか」
「……もしかしてファーマン侯爵?」
「きっとそこそこの畑の魔術式が完成したら、領地から戻ってくると思うんですよね」
「術式だけ送ってくる可能性もあると思うけど……」
「薬のことを考えれば、戻ってきますよ。そしたら相談すればよくないですか?」
「そうだけど……」
「こういうのはね、適材適所っすよ。俺たちが唸ったところで出来ないんですから」
「もしもファーマン侯爵にもできないって言われたら?」
「最悪ポーションを薄めます?」
下級ポーションを薄めるとどうなるだろう? 色味がそもそも変わる気がするのだけど。薄めたポーション……効果あるのかな?? なかった場合も、あった場合もどちらも困ったことになる。どちらにしろ囮として、ポーションを使うにはリスクが高い。
「……面倒ごとばっかり増えるわね」
「そうだね。法律を守りつつ、それでいて四方丸く収めるってとても難しい」
「ロイ兄様なら出来そうなのに」
「そう簡単じゃないよ。今ファティシア王国を取り巻いている問題は、お祖父様の代から引き継がれていることだからね」
「長すぎて私たちだけじゃ手に負えないってこと?」
「そう。父上たちですら手に負えてない。だけど……ヒロインが現れたなら、この状態を逆転できるかもね」
「でもヒロインはフィルタード派なのでしょう?」
「両親がそうでも、ヒロイン自身がそうだとは限らない。何かしらの目的があってエスト・フィルタードに近づいたんだろうから」
たしかにエスト・フィルタードに近づいたのであればアリシアのように事情を知っているのだろう。知った上で、エスト・フィルタードの側にいる。しかも姿を偽ってまで。
今のファティシア王国で起きていることが、自分の知っている内容と変わってしまったからと思えば用心のためかもしれない。そう考えるとまったくヒロインの考えていることはわからなかった。用心なのか、それとも何か目的があるのか。
「……アリシアのように、未来を知っているからエスト・フィルタードに近づいた。それはわかるのよ? でもエスト・フィルタードの行動はヒロインの望むものではないと思うの。ライルに会うのが目的ならなおさらよ。それなのに姿を偽ってまでエスト・フィルタードの側にいる。その理由は何かしら??」
「そこは至極単純なんじゃないかな」
「単純?」
「アリシア嬢と違って、この世界をゲームの世界だと思っているなら……ヒロインはエスト・フィルタードを救いたいんだよ」
「ゲームの世界って……そんなわけないじゃない」
「でもアリシア嬢だって初めはそう思っていたんじゃないかな。ここは僕たちにとって現実の世界だけど、彼女は生まれる前の記憶が戻ったわけだし。そことここは違うだろ?」
「それは、たしかに」
アリシアの生まれる前の世界の知識。それはこの世界にはないものだ。もっともアリシアが生まれる前にいた世界に魔法は無いといっていたけれど。
でもアリシアの知識が、この世界を豊かにする手伝いをしているのはたしか。だってここは現実の世界だもの。未知の知識であろうと、生活の手助けをするものなら受け入れられる。
それは私たちとアリシアが交流したからで――――
エスト・フィルタードと交流をしたヒロインはどうだったのだろうか?
そして彼は、ヒロインをどう思ったのだろう?




