278.王子と王女のお茶会 6
「もしも……もしも私たちの推測があっていたら、リーンはきっと悲しむわね」
「そうだね。だけど、いずれ真実は明らかになる。そうしなければならない。フィルタード侯爵家の悪事を詳らかにするなら、ね」
「そうね。だけど……そうなるとこれからどうすればいいの? 味方だと思っていた相手が、敵かもしれないのよね」
「そうだね。下手にヒュース騎士団長に相談は出来ないな。まあ、腕の立つ騎士というのであれば第五のマスト団長がいるから、今後は護衛を頼むなら彼らに頼むしかないね」
「魔物討伐専門の彼らにお願いしても大丈夫かしら?」
「その辺は大丈夫だと思うよ」
変に負担をかけてしまわないか心配だ。いや、護衛を付けてもらうような事態にならなければいいのよね。そうなると、疫病の薬やポーションを私が率先して運ぶのはダメだな……ラスールに騎乗していけると思ったけど。命が狙われる恐れがあるなら、フィルタード派閥の領地にほいほいと行くわけにはいかない。
信頼できる護衛に来てもらっても、敵がわんさか現れたら大変だもの。
それぐらいは私だってわかる。ロイ兄様がランドリック団長の名前を出したのはそのせいだろう。うかつに動かないように、と釘を刺したのだ。
実際、第四、第五の騎士団は腕は立つけれど警護対象を守りながらは不安が残る。
貴人の警護というのはそれなりにスキルがいるものだから。私が気にしなくても、彼らが動きづらい事態になるのは避けなければいけない。
「ひとまず、ヒュース騎士団長には会わないようにしておくべきかしら?」
「姫さんは顔に出さないように気をつけてください。まあ、希望的観測として……もしかしたら本当に関係ないのかもしれないじゃないですか」
「そんなことってある?」
私よりもきっと詳しい情報を得ているであろう、ロイ兄様とロビン。その二人の顔をジッと見る。二人の表情からは何も感じ取れない。これがポーカーフェイスというやつなのね。
私の一番苦手なもの。
二人はお互いに顔を見やり、小さくため息を吐く。それだけでヒュース騎士団長があやしい、といわれているようなものだった。少なくともロイ兄様的には信頼に値しない。そう判断したのだろう。そして私の表情からはその不安感が見て取れた、と。
思わず自分の顔を揉んでみるけれど、それでどうにかなる問題でもない。もうちょっとこう、表情に出なければいいのに。なかなか難しい。
「……ヒュース騎士団長は、彼には彼なりの信念があって父上を暗殺しようとしたのだろう。それが許されざることであっても。だが生き延びてしまった。そこで終わるはずだったのに、今現在も彼は向こう側に情報を渡さなければならない」
「それって、きっと苦しいことだわ」
「そうだね。でも同情はしてはいけないよ? 王家を守り、そして存続させるためにハウンド宰相やリュージュ妃は尽力してくれている。そこに個人的な私情を挟んではいけないんだ」
「騎士団長、だものね……」
「そう。父上が生きているから……まだ最悪の事態は免れている。アリシア嬢の話のようなことには至っていない。でも現状は優勢でもない」
ロイ兄様の話に小さく頷く。
ハウンド宰相様は、フィラスタ伯父様が亡くなったとしてもお父様と一緒に協力してくれただろう。だけどリュージュ様はきっと正妃になるよりも、ライルと一緒に静かに暮らしたかったはずだ。だがそれよりも国を選んだ。
フィラスタ伯父様の願いを叶えるために。ファティシア王国を護るために。
そしていずれ去るときのために、マリアベル様に正妃としての教育を施している最中なのだろう。お父様もそれを受け入れた。王位と同じく、正妃も空位にするわけにはいかない。二人揃っていることに意味がある。
お母様が大事なのはきっと変わらない。私を懐かしそうな目で見るときがあるから。だけど生きている人は前を向いて、進まなければいけないのだ。よりよい国を作るために。いずれ再会したとき、胸を張って会えるように。
「そういえば、ロイ兄様はフィルタード侯爵家に出入りしていた女の子を調べたのよね?」
「うん。彼女の名前もわかっているよ。あと半年もすれば、カレッジに入学してくるはずだ」
「カレッジに? アカデミーじゃなくて??」
「アリシア嬢の話だと、ピンクブロンドにピンク色の瞳だったよね? でも、出入りしている子はルティアよりは暗いブラウンの髪と瞳だった」
「それって……私の持っている魔石みたいに、色を変える魔術式で変えているのかしら?」
「たぶん。ヒロインの特徴は目立つからね。貴族名鑑でも調べたけど、該当するような女の子はいなかった。もちろん届け出が遅かった、という可能性もある。あとは……聖属性が目覚めたから色が変わった、とかね」
カナン侯爵が喧伝している「聖なる乙女」の見た目はどうなのだろうか? キャスたちは見た目に関しては何も言っていなかった。神殿に勤める女性の神官たちは、頭からヴェールを被っている。だがあの下にはコイフという頭や顔の輪郭に沿った白い小さなフードと、ウィンプルという首や顎の周りを覆う布があるのだ。
あれを身につけていたとしたら、髪の色はわからないな。顔周りが完全に隠れてしまうもの。わかるのは瞳の色だけ。瞳の色もヴェールを深く被っていたらわからない。覗き込んで瞳の色を確認するだなんて失礼だし。
そうなると見た目の印象は神殿の神官たちと変わらないだろう。ヒロインだと断定する材料がない。
「……カナン侯爵が喧伝している「聖なる乙女」は、ヒロインだと思う?」
「予言、だよね?」
「そう。だから疫病を流行らせようとしている。少なくとも、そうしないといけないとフィルタード派閥の貴族たちは思い込んでいる……といっていいのかしら?」
「自分たちに害がなければ、フィルタード侯爵家のすることに右習えだろうからね。そのあとのことまでは深く考えていない」
「カナン侯爵が根っからの商人だとしても、疫病を流行らせるってマイナスにしかならないと思うのよね」
「薬を一手に引き受けて、トラット帝国に売るのであればプラスかもね。効き目がたしかなら、どれだけ高くても命には代えられないし」
なるほどそういう考えもあるか。フィルタード派閥の利益ではなく、自分の利益。トラット帝国はファティシア王国の物流の大部分を担う、カナン侯爵家相手ならそう強く出られない。カナン侯爵家はトラット帝国に大量の食料を融通することだって出来るのだから。
船を使えば、一気に大量の荷も運べる。国内の利益も大事だが、物量が増えた今なら国外に輸出することだって大事だ。国内は多少、疫病が流行ったとしても国がどうにかしてくれる。そういう考えが根底にあるのかもしれない。
そしてその考えの通りに、私たちは動こうとしている。疫病を流行らせないために。
「……もしかして、私たちカナン侯爵の手のひらで踊っている?」
「彼らからすればそうかもね。でも自分の利益のために、領民を犠牲にするやり方は褒められたものではない。たとえ国内の物流の大半を担っていてもね」
「少しずつ、カナン侯爵家以外の商家に物流を担ってもらえればいいんだけど」
「それならいっそうのこと、飛龍をファティシア王国でも取り入れればいいかもね」
「飛龍なら薬を運ぶのにコンラッド様にお願いしてるわ」
「じゃあカナン侯爵家に近い商家に、飛龍便がどれだけ便利かを直接見てもらえばいい」
「どういうこと?」
「ラステア国から飛龍を借り受け、それで荷運びをしてもらう。特に早く届けなければいけない荷物なら、多少割り増ししても届けてもらいたいってあるんじゃないかな」
「それを見てもらう?」
私がそう聞き返すと、ロイ兄様は頷いた。たしかに便利かもしれないけど……飛龍を借り受けるなら、コンラッド様だけでなくランカナ様にも確認しなければいけない。
そもそもラステア国を見下しているフィルタード派。その派閥に属するカナン侯爵家に近い商家が、受けてくれるだろうか??
「商人は貪欲だよ。利益になるなら、どんな相手とでも交渉する。まずは……神殿と契約してもらって飛龍便を動かすとかね。今回運ぶのは薬がメインだし」
「でも飛龍便を使うなら、クアドのような魔鳥が必要じゃない? すぐに連絡が取れるようにしないと……」
「そうだね。魔鳥に関しては、レイドール領でなんとかなると思う。お祖父様に相談すれば融通してくれるよ」
「それならレイドール領と取引を始めた、カティア将軍の家にお願いすればいいかしら?」
「国同士、というより商家として……なら利益があるとわかれば手を貸してくれるかもね」
薬の手配が最優先の今回は、コンラッド様にお願いした方がいいだろう。だけどそれが落ち着いたらカティア将軍にお願いして、飛龍便を王都や希望する領地に置いたりできるかもしれない。
商売、となればラステア国に頼り切りにもならないし。そうすればコンラッド様たちの負担も減るはず。コンラッド様から手紙が戻ったら、その辺りの相談もしてみよう。




