277.王子と王女のお茶会 5
ヒュース騎士団長がお母様を思っていた、と仮定する。その思いが慕情か、それとも友愛かはわからない。ただ騎士団長がお母様を大事に思っていたのはたしかだろう。
今現在のお父様たちの関係性を見ても、不仲だったとは思えない。その証拠にヒュース夫人はお母様の元を頻繁に訪れていた。
後宮においそれとヒュース騎士団長が会いに行くわけにはいかない。ならば自身の妻に様子を見に行ってもらうぐらいはするだろう。生まれた子供の年齢も近いのだし、話し相手としてはちょうどいいはず。きっとそこまで深く考えずに頼んだ可能性だってある。
「ここまではいいわよね」
「そうだね。僕もその解釈だ。その過程で、ヒュース夫人が母様を殺してしまう」
「毒であれば、ロックウェル魔術師団長がポーションを飲ませて回復させたとしてもまた飲ませればいいですからね。もしくは……本人が毒とは気がついていないパターンもありますが」
「どういうこと?」
ロビンの話に首を傾げる。私の問いかけにロビンは「王族を殺すことは重罪ですよ」という。それは当然の話だ。よほど情状酌量される理由があったとしたら、生涯の幽閉で済むかもしれないけどそうでないなら一族連座で処刑される。それぐらいの重罪だ。
「つまりですね、ヒュース夫人には嫌がらせする理由はあっても殺すほどの理由はないんですよ。バレたら大変なことになる。大事な家族も連座ですからね」
「それは、たしかに。自分の行動でヒュース騎士団長もリーンも巻き添えにするなんて、そんなことしないわよね。普通は。でも……騎士団長の思いに気がついていたなら、そんな簡単に割り切れないかもしれないわ」
「心の中で密かに思うことを止めることは誰にも出来ないでしょう? それにヒュース騎士団長はフィルタード派閥の令嬢であったにも関わらず、受け入れて結婚したわけですし。それを考えれば夫人だって滅多な行動には出られないはずですよ」
どんな理由があるにせよ、ヒュース騎士団長は夫人を受け入れた。それは夫人にとって最も大事なことではなかろうか?
「たしかに受け入れていなければ、リーンは生まれてないわね。受け入れられなければ、白い結婚だっていいわけだし」
「でもって一番大事なことは、フィルタード侯爵家的にはカロティナ様は邪魔なんですよ。陛下にもリュージュ妃にも影響が大きいですから。あの方は大胆な行動にでますし」
私はそこで少し考える。ヒュース夫人にとってみれば、お母様は恋敵だ。だが思い人のヒュース騎士団長と夫人は結婚しているし、お母様だってお父様と結婚している。どちらかが未婚であれば、殺意が湧いてもおかしくはない。でも夫人の立場を考えれば、殺意とまでは言えないのではなかろうか?
「もしかして、嫌がらせのつもりが……知らずに毒を飲ませていた? 夫人の実家はフィルタード派なのよね。体調を崩す程度と聞いていたら、実際は毒だったとか」
「まあ全部可能性の話ですよ。ただカロティナ様が持っていたものは、全てフィルタード派の侍女たちに処分されてますからね」
「それって証拠が見つからないようにしたってことじゃない!?」
フィルタード派の侍女たちが処分したのであれば、その中にお母様の体調を悪化させたものがあるはず。それでいてヒュース夫人が持ち込んでも不自然じゃないもの。たとえば、香水や紅茶葉。匂いや口に入れるものであれば、毒を仕込みやすい。それに、たしか夫人は甘いものが好きだった。手土産のお菓子に仕込むことも出来たはず。
それらのせいでお母様が死んでしまった。そうなったら、ヒュース夫人は驚いたんじゃないだろうか? 自分が持ち込んだもののせいで、殺そうと思ったわけではなく殺してしまったのだとしたら。
「……私、もしかしたらお父様に腹を立てて暗殺をしようとしたのかなって思ったの」
「つまり?」
「お母様を蔑ろにされたって、ヒュース騎士団長は思ったんじゃないかなって。だってリュージュ様のことは事情を知らなかったわけでしょう? そして今度はマリアベル様が妊娠した。事故のあと、侍女がいなくなってるのよね?」
「そうだね。そこから漏れた可能性が高い。父上が、母様でない別の人を愛した。それだけでも許せないのに、妊娠していたのなら……殺意に変わってもおかしくはない。母様は結局のところ、王家に戻った父上の犠牲になったのだからね」
「私もそう思ったの。だけどもしもヒュース夫人が思いがけず、お母様を殺したとするでしょう? それはフィルタード侯爵家に弱みを握られたことにならない?」
彼らが手を貸したとはいえ、実際に実行に移したのはヒュース夫人。それを夫人から知らされたヒュース騎士団長はどんな思いを抱えただろうか?
自分の軽率な願いのせいで、妻が人を殺したのだ。たとえ故意ではなかったとしても、大事に思っていた人を殺されてしまった。本来の役目を思えば、妻を犯人として突き出さねばならない。だがヒュース騎士団長は、それをしなかった。それは偏に夫人を愛していたからではなかろうか?
「僕たちの考えは、ただの推測。妄想の域を出ない。だけど……ヒュース騎士団長が本来なら死んでいたことを考えると、僕たちの推測は案外的を射ているんじゃないかな」
「ロイ兄様も、そう思う?」
「たぶん、脅されているんだと思う。内部事情が漏れていることを考えるとね。誰かが漏らしているとしか思えない。その人物は、僕らにとても近しい人だ」
「だけど……それならどうしてヒュース騎士団長は一緒に死のうと思ったのかしら?」
「憎しみと、罪滅ぼし――――かな」
「憎しみと、罪滅ぼし?」
「そう。父上はたった五年で新しい女性を側に置くようになった。もちろん奪わせてしまったのは自分の過失だったかもしれないけど、それでも五年……だからね」
「もっと時間が経っていたら、違ったかしら?」
「それはわからない。だけどマリアベル様を選んだのにはそれなりに理由があると思う」
マリアベル様の実家は中立だ。王家派でも、フィルタード派でもない。
でも側妃としての立ち位置は、他の側妃と変わらないはず。みんな中立派から選ばれているのだし。あれ? みんな? みんな中立派から選ばれているってことは、そこに意味があるはず。お父様の側妃として、中立派ではなければいけない? それとももっと別の理由がある??
「側妃は全員、中立派よね? どうして中立派から選ばれたのかしら?? それにみんなリュージュ様と仲が良いわ。後宮ではあまり顔を合わせないようにしてるって言っていたけど、でもみんな仲が良いの」
「それならリュージュ妃は……いずれ正妃を退くつもりじゃないかな。母様の場合は本人が拒否したから無理だったけど、マリアベル様たちはまだ若いし正妃としての教育も間に合う」
「正妃として、お父様の隣に立てる人物を選んだ? お父様もそれを受け入れたってこと?」
「リュージュ妃は、国母としては理想的だけど……フィルタード侯爵家のことを考えれば、正妃のまま置いておくのはあまりよくないんだろうね。そして本人もそれを望んでいないのだとすれば、側妃の方々の立ち位置もわかる気がする」
マリアベル様をはじめとした側妃のみんなは、リュージュ様の代わりとなるべく集められた。その中から、お父様はマリアベル様を選んだ? ということかな。
フィルタード侯爵家の勢いを削ぐ、もしくは侯爵家の罪を暴くのであれば……リュージュ様は正妃としていられないだろう。王家の転覆を謀ったのであれば、連座で罪に問われる可能性だってある。もっとも、リュージュ様の功績を考えればそう簡単な話ではないけれど。
「それに気がついたから、お父様とマリアベル様が一緒に視察に行くときを狙って事故に見せかけて殺そうとした?」
「そう。そしてヒュース夫人の罪も一緒に背負って逝くつもりだったんだろうね。そこまですれば夫人たちに手を出されることはないだろう。なにせ夫人の実家はフィルタード派だし」
「その証拠がヒュース騎士団長の遺品にあって、リーンが気がつくとかかしらね。きっとヒュース夫人なら、騎士団長の跡を継がせたいって思うでしょうし」
「リーンの悩みと謎がこれで片付くことになる」
「でも……ヒュース騎士団長は、生きてるわ。これからもお父様の命を狙うのかしら?」
「難しいと思うよ。ルティアがいるしね」
「私?」
「だからこそ、ルティアを殺そうとしたんだと思う」
クリフィード領の手前で襲われた。あのときの護衛騎士を選んだのはヒュース騎士団長。私が生きていたら、お父様を助けるだろう。毒であれ、武器でできた傷であれ、何でも癒やせる。聖属性の癒やしの力とはそういうものだ。私が側にいては具合が悪い。
ポーションは手を滑らせたといって、溢すこともできるものね。ソレもコレも全部、お父様の側にヒュース騎士団長がいればできることだ。
思い返せばあやしい、と思えることは沢山出てくる。近くにいるからこそ、そう思いたくはない相手。それがヒュース騎士団長だ。そして騎士団長の行動は、ハウンド宰相様やロックウェル魔術師団長の目にどう映っただろう?
ジルとシャンテ、彼らの謎はそこにあるのかもしれない。




