273.王子と王女のお茶会 1
リーナが戻り、私はロイ兄様の宮を訪ねる。兄様の部屋のテラスではすでにお茶の準備が完了していた。それも私の好きなお茶とお菓子。相変わらず準備万端だ。こちらに行くといったのはついさっきなのに。
「やあ、ルティア。アリシア嬢から手紙は来たんだろ?」
「ええ。ファーマン侯爵が「作れる」って返事が来たわ。相変わらず凄い人よね」
「そうだね。侯爵は考え方が柔軟なんだと思う。たしか……侯爵はロックウェル魔術師団長の前の前の魔術師団長だからね」
「そうだったの!?」
「うん。ただ侯爵領の仕事もあるからね、あまり長くは勤められなかったみたいだけど」
「侯爵としての仕事も大変だものね。でも……前の前、なの?」
「ロックウェル魔術師団長の前の団長は、残念ながら事故死されたらしい」
「事故死……?」
「母様が亡くなって、直ぐかな。そのあとロックウェル魔術師団長が団長に就任したんだよ。とはいえ、侯爵の後任の魔術師団長がその任に就いていたのは四年ぐらいだけどね」
つまりロックウェル魔術師団長の前任者二人はそこまで長く勤められなかったのか。事情が事情だけに仕方ないとも言える。いくらファーマン侯爵夫人がいたとしても、侯爵家の仕事は大変だろうから夫人だけに任せられないだろうし。
「そうだったのね。師団長クラスの人は長く勤めているものだと思っていたわ」
「勤めていたはずだよ? だって二十代から勤めていれば、十数年は勤めてるだろ? まあ本来ならもっと長期間勤めるものだろうけど」
「そんなに若い頃から!?」
「ロックウェル魔術師団長だって二十代で就任しているよ? 父上や母様と同じ歳なんだから」
「そう、だったかしら?」
「あれ? 前に言わなかったっけ?? 父上と母上、それにロックウェル魔術師団長、ヒュース騎士団長はみんな同じ歳だよ。父上と騎士団長が幼馴染みで、母様と魔術師団長は学園の寮が一緒で仲良くなったんだ」
お母様たちの学園生活なんてあまり聞いたことないな。ランドリック団長から聞く話は若干誇張されてない? 本当に?? と言う内容もあるから……あまり現実味がない。それに団長の話のお母様って大体討伐の話しだし。学園でどう過ごしていたか、は出てこなかったな。ロックウェル魔術師団長がアカデミーで部屋を爆発させた話は聞いたことがあるけれど。
「そういえばハウンド宰相様は?」
「ハウンド宰相は父上の幼馴染みではあるだろうね。だけどハウンド宰相は伯父上の側近候補だったはずだよ。伯父上、ハウンド宰相、リュージュ妃が同じ歳だね」
「そうだったのね……」
「まあ、普通はそこまで気にしないしね」
ちょっと含みのある言い方に私は首を傾げた。普通は気にしないのに、どうしてロイ兄様は調べたのだろう? だって普通にしていれば、入ってこない情報と言うことだ。
「……何か気になることがあるの?」
「五年前に、リュージュ妃が実は黒幕じゃなくて仲間だった。そのことを知ってから、ちょっと気になったんだよね。母様の周りが」
「母様の周り? お父様じゃなくて??」
「うん。なんとなく、ね。ほら、母様はそもそも社交に疎い方だったから」
「そうなの?」
「レイドール領はそもそも中央と距離を置いているだろ?」
「そうね?」
「それは母様も同じだと思うんだ。レイドールの娘だからね」
元々、ライルのお父様――――フィラスタ伯父様が王位を継ぐはずだった。その為の準備をしている最中に、伯父様は亡くなったのだ。あと少し、あと少しでファティシア王国内に王位継承を発表する予定だったのに。
そもそもフィラスタ伯父様は、王位を継ぐ前から実質的な権限を得ていた。お祖父様が病気になり、政務を執れなくなったから国王代理として国政を動かしていたのだ。
お祖父様が王位を委譲できれば良かったのだけど、寝たきりで殆ど話せない状態だったらしい。そうなると委譲が出来ない。生きている間に王位を譲るには、国王本人が宰相をはじめとした大臣たちの前で宣言する必要がある。
それなりに長い歴史の中で、ファティシア王国でも王位継承で争いが起きていたりする。だからこそ不正防止のために、この対策が出来たというわけだ。もちろんメリットもあれば、デメリットもある。
メリットは不正がおきにくい、という点。そしてデメリットは、国王が話せない状態に陥ったときは委譲が出来ない、という点だ。フィラスタ伯父様のときはこのデメリットが前面に押し出された形になるだろう。だからこそお祖父様が亡くなるまで、伯父様は王位に就くことが出来なかった。
亡くなった後、王位に就くには一年の裳に服さなければならない。
もう少しで喪が明ける。その少し前にフィラスタ伯父様は亡くなった。だが二年も王位を空位にしておくわけにはいかないと、ハウンド宰相様と諸大臣、そして五つの侯爵家が話し合ってお父様は喪が明ける前に王位に就くことになった。
それと同時にリュージュ様も正妃となったのだ。
お母様はリュージュ様を助けるために、側妃となり後宮に入っている。だが社交に疎い、となると社交の大部分はリュージュ様が担っていたと言うことだろうか?
「お母様は、どうして積極的に参加しなかったのかしら?」
「まず一つに、ルティアを妊娠出産していたから。そしてリュージュ妃も次の年にライルを産んでいる。そうなると安心して預けられる人にリュージュ妃はライルを預けたいだろ?」
「リュージュ様にとって安心してライルを預けられる相手が、お母様だったのね?」
「そう。そして、母様は元々父上と結婚していた。先に妻になった相手が、側妃。あとから結婚した方が正妃。その状態で母様とリュージュ妃が二人で社交会に顔を出すのはあまり良くないだろうね」
「リュージュ様の顔を潰してしまう……とか?」
「たぶんね。とはいえ、母様が社交を面倒がって出なかった……という可能性は十二分にある。役割分担をすれば、お互いに楽だし」
ロイ兄様の言葉に私は頷く。たしかにフィラスタ伯父様の正妃となるはずだったリュージュ様は、伯父様が亡くなった後に即お父様の正妃となった。本来なら周りから何かと言われる立場のはず。でもお父様の妻であったお母様が社交界に出てこないとなると、何か聞き出そうにも難しくなる。
そうしているうちにリュージュ様がライルを産み、そして直ぐ正妃の仕事を再開したのであれば賞賛されるはずだ。さすが正妃に相応しい、と。フィルタード派の貴族たちもこぞって賞賛したはず。そのかいがあって私は放置されていたのだろうから。
「もしかして……もの凄く前から、フィルタード侯爵は王位を簒奪しようと計画していたと思っている?」
「僕が気になっているのは、お祖父様の頃からかな……前フィルタード侯爵はお祖父様と歳も近いし、若い頃は側近として側に居たようなんだ。数年だけだけど……あまりないことではあるね」
「侯爵家は基本的に王家に対して中立の立場を守っているから、よね?」
「そう。だから側近として側に置くのはあまりないんだ。だって仲良くなると、どうしたって私情が入る。重要な役職に就くとしても、王家に対しては中立であることが求められるはずだ。ファーマン侯爵のように」
「だからライルの側近候補にエスト・フィルタードとリューク・フィルタードが入っていないのね」
「僕の二学年上にローズベルタ侯爵家とカナン侯爵家の縁者がいるけど、彼らも用がない限りは僕に近づいてこないよ。これもまた中立を守るためかもね」
カナン侯爵家は他の四つの侯爵家と違って、新しい侯爵家だ。しかもフィルタード派閥の。侯爵家に近い縁者であれば、ロイ兄様に近づいてきてもおかしくない。中立とはいえ、派閥に与している。それに彼らは商人だ。兄様という、自分たちの利益になりそうな人間と距離をとる意味がない。
まあ、ロイ兄様の友人の中にカナン侯爵家と近い人も居るのかもしれないけどね。私にとってのキャスのように。
「でも……なんで数年とはいえ、お祖父様の側近をしていたのかしら?」
「数年しか出来なかった、ともいえるよ」
「どういうこと?」
「お祖父様がフィルタード侯爵家を優遇しなかったから、じゃないかな」
「そりゃあ、側近だからって侯爵家を優遇なんてしないでしょう?」
「本来の側近は、候補の時点で将来を嘱望されているようなものだ。だけどフィルタード侯爵が欲しかったのは、側近の立場じゃない」
「欲しかったのは、王位……だから?」
「そう。だからお祖父様、伯父上と自分に不利になる相手を殺したのかもしれない」
「でもお祖父様は……」
「お祖父様には嫁がせられる相手が居なかったからね。待ってたんだと思う。嫁がせられる娘が生まれるのを。その前に殺してしまうわけにはいかないだろ?」
たしかに嫁がせる相手が居なければ意味がない。それにしてもフィルタード侯爵家は長い間、虎視眈々と王位を狙っていたということだ。そしてそれに王家は気がつかなかった。
いや、もしかしたら気がついたから――――殺された?
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