272.手紙 2
翌日――――
アリシアから早速返事が返ってきた。
そこそこの畑は、ファーマン侯爵が「作れる」とのことなので問題ないそうだ。侯爵って本当に何でもできる。元々は何をしていた人なのだろう? 魔術式研究機関にいてもおかしくはない。それぐらい凄い人なのに、偉ぶらないし、いつ会っても穏やかな印象を受ける。
それとハスラ草とカテラの実を早速、畑を拡張して育てているそうだ。魔力過多の畑で育てれば、第一弾として届ける分量は直ぐに作れるらしい。
ファーマン侯爵領は牧草地が多いので、一時的に大量に育てるには向いているのだとか。
「ハスラ草とカテラの実を沢山作るのもだけど、ポーションの材料も作らないといけないわよね。割合としてはハスラ草とカテラの実だけど……研究所の畑だけで足りるのかな?」
「その辺はカーバニル先生が考えるのでは?」
「そうだけど……手伝えるなら手伝いたいわ」
ユリアナにそういうと、ユリアナは考え込む仕草をする。何かダメだったかしら? そう思っていると、大量生産には流れ作業が一番大事になると真面目な顔でいわれてしまった。
「流れ作業……?」
「そうです。料理でも大量に作るには、別々の作業を同時進行でする必要がありますよね? それと同じです」
「つまり、私が全部するのはダメってこと?」
「その通りです。お一人でやられるより、ルティア様しか出来ない部分を担われては? 気ばかり急いては失敗しますよ」
「それも、そうね……疫病が流行っていると聞くと、どうしても焦ってしまうけど」
「薬を主体にするおつもりなのでしょうが、ポーションもあるわけですし……そしてそれを作る技術は各領地にあります。一人で走り出そうとしないでください」
私はその言葉に小さく頷く。
ロイ兄様が疫病に倒れる、その年であるからこそ―――― 私は疫病が怖い。助けられると思っているけど、どうにもロイ兄様が五年もの間伏せっていたというのが解せないのだ。
王族なのに? 五年も放置する意味とは? それに疫病の症状を聞くと、ロイ兄様が五年も伏せっていたとはどうにも思えない。なら他にも理由があるのではなかろうか?
もしかしたら、ロイ兄様の病は疫病ではないんじゃ……? そんな考えが頭を過る。
そうなってくると、対策そのものが変わるのでは?? 疫病と同じ時期に、疫病と似た症状で伏せったロイ兄様。だからこそ周囲は病と同じ対策をする。対策自体が間違っていたのなら、治るものも治らない。
そこに五年後、聖属性持ちのヒロインが現れる。聖属性は基本的に何でも治してしまうのだ。病だろうと怪我だろうと――――呪いだろうと。でも治している方からすれば、病も怪我も呪いも直し方は一緒。術式が一つしかないから対応を変える必要がない。
だからもしかして、と思う。レイラン王国の術者は呪いの強弱を付けられるはず。サリュー様の呪いのように。死なせない程度の呪いをずっとロイ兄様にかけていたとしたら……
その理由はきっと、リュージュ様への牽制。
子供の頃はまだ全然理解していなかったけど、リュージュ様ってもの凄く優秀な方なのよね。そしてハウンド宰相様も。お父様が欠けたとしても、お二人なら後継者を育てつつ乗り切ろうとするはずだ。後継者の一人にはロイ兄様も絶対に入る。兄様はアカデミーでも成績優秀で通っているし、国難ともなれば「王位に興味はないから」なんて言ってられない。
ライルを王位に就けるために、十年もの間王位を空位にしておく意味なんてないのだ。
ならなぜ十年もの間? と考える。お父様が亡くなったとき、ロイ兄様はまだ十一才。王位に就くにはまだまだ子供過ぎる。五年後なら、アカデミーで学びながらリュージュ様とハウンド宰相の手伝いを出来るはずなのだ。ライルをどうしても王位に就けたいとして、その間の中継ぎにロイ兄様になってもらうことも十分可能。
それを阻止したかった。阻止するために、呪いをかけた。
病に倒れた第一王子を無理矢理即位させることはできない。その事実はリュージュ様に内々に伝えられる。お父様に引き続き、ロイ兄様まで死なせるわけにはいかない。リュージュ様ならそう考えるだろう。だからこそ、牽制になる。
今はお父様も生きているし、ロイ兄様に呪いをかける必要性はあまりない。そう考えると、そう考える、と……??
「あれ? お父様が危ない??」
「どうされたのです?」
「えっと、ううん。ちょっとまって。今頭の中がぐるぐるしてる」
「あまり一人で考え込みすぎますと、弾けますよ?」
「今まさに弾けそう。どうしよう。ロイ兄様の宮に今すぐ行きたいかも……!」
私がそう言うと、パッとリーナが動いた。ロイ兄様の宮へ行ったのだろう。リーナが返ってくるまでの間に、私は思いついたことをユリアナに話す。
「……そう、ですね。現状はアリシア様の話とは乖離しておりますが、その通りになるように動いている者がいる。そして、それがフィルタード派とトラット帝国の思惑の一つとなるのであれば、陛下が狙われる可能性は十分考えられますね」
「そうよね。本来なら五年前に死んでいてもおかしくはなかった、なら死なせようって考えてもおかしくないわよね?」
「はい。その上で、ロイ様が病に倒れられれば……アリシア様の話の通りです」
「聖なる乙女を名乗っている人は、もしかしてヒロインなのかしら?」
「予言、をなさるのですよね?」
「そう聞いているわ。カナン侯爵が予言の話をしているそうだから」
「ある意味、アリシア様の話は予言……ですよね?」
「そうだけど、アリシアじゃないわよ?」
まさかアリシアを疑っている? と思って、ユリアナに絶対にない。と頭を振る。ユリアナは疑っているわけではない、と前置きをして「予言を逆手にとれないか?」と言いだした。
「予言を逆手に?」
「疫病にはハスラ草とカテラの実が有用ですよね?」
「そうね」
「ですがポーションがある今、薬を積極的に飲むでしょうか? それよりもポーションを寄越してくれ、といわれると思うのです」
「そ、そうか……その可能性もあるわね」
「いえ。可能性ではなく、ポーションが欲しいのでしょうからフィルタード派の貴族たちは領民を誘導するはずです。ポーションがあるのに、王家は自分たちが助かるために隠していると」
「そんなこと……するかしら?」
「予言の通り、疫病が広まらねばならない。けれど予言の内容を考えるなら、薬もセットで知らされているはずです。対応策もなく、疫病を広めれば自滅するだけですからね」
たしかにそうだ。もちろん「予言」なのだから、これから起こることだけを話す場合もあるだろう。予言の内容を詳しく調べる必要はあるけれど、もしもヒロインがアリシアと同じであれば……薬の存在も知っているはず。
最終的に自分が治せばいい。と考えている可能性もゼロではないけれど……フィルタード派の貴族たちの領地は固まっているわけじゃない。一気に治すなんて不可能だ。一カ所ずつ、治して回らなければいけない。それぐらいなら薬を先に配った方が楽なはず。
「ということは、彼らの領地ではすでにハスラ草とカテラの実は栽培されている可能性があるかしら?」
「そこはどうでしょうか……今から育てる可能性も捨てきれませんね」
「……ポーションがあるから?」
「はい。ひとまず自分たちの分が手に入り、その上でトラット帝国へ渡せればいいのです。領民のことはそのずっとあとではないでしょうか?」
「そうか、だから急に押しかけてきて「ポーションを寄越せ」なのね……」
なるほど。だから彼らは魔術式研究所に乗り込んで騒いだのだ。領地で自分たちの分を手に入れようとしたら、売り切れてしまっていたから。売り切れていなかったらきっと疫病も放置していたはず。予言なのだから仕方ないといって。
「ロイ兄様のところならもう少し情報が集まってるかしら?」
「可能性はあるかと」
「ならやっぱりロイ兄様と色々話さないとダメね」
「ええ。ですので、くれぐれもお一人で何かを成そうとしないでくださいね?」
「わかってるわ」
ユリアナに釘を刺され、私は小さく肩を竦めた。今必要なのは、薬を安心して飲んでもらうための理由、だ。
どう予言を逆手に取ればいいのだろう……?




