271.手紙 1
シュルツ卿とのあれこれや、カーバニル先生との話し合いを終えて私はロビンたちと一緒に小離宮に戻ってきた。本当は先生の手伝いもしたかったけど、先生に追い出されてしまったのだ。
シュルツ卿が居るとなにかと不都合があるのだろう。なにせカーバニル先生の研究室だし。シュルツ卿は私たちが帰るとわかると「では第一研究棟にいってきますね」と行ってしまったけれど。とはいえ私たちが研究室を出るまで留まり続けたので、もう一度戻る選択肢はなくなってしまった。
その後ろ姿を見送りながらカーバニル先生とロビンが苦々しげな表情で見ていたので、フィルタード派研究員はあとで痛い目を見るだろう。たぶん。
なにせ自分で入れたお客様を放置していたのだから。いや、この場合はシュルツ卿が勝手にウロウロしていた? でも探さないで放置していたのだからどちらでも同じかもしれない。
ひとまず何かしらの情報を仕入れに行ったと信じよう。
「ユリアナ、手紙を書くから準備をしてくれる?」
「どなた宛てですか?」
「コンラッド様よ。本当はランカナ様に宛てた方がいいかなって思うんだけど……ロビンと
カーバニル先生が先にコンラッド様に相談した方がいいっていうから」
「相談、ですか?」
「ちょっとポーションとか薬を運ぶのに、ラステア国の飛龍を借りたいの……」
そういってユリアナにカーバニル先生の研究室で起こった出来事を話す。ユリアナは興味深そうに頷き、話を聞き終わるとコンラッド様に出す便せんを選んでくれた。
その便せんはなんというか――――
「可愛すぎない?」
「そうですか? お願いをするなら、このような感じで良いのではないでしょうか?」
「お願いっていうか、相談なんだけど……」
「ですが断られるよりは、引き受けていただきたいのですよね?」
「そうだけど……」
ユリアナが選んだ便せんは縁取りも可愛らしく、色味もペールピンクで女の子らしいデザインだ。普段、コンラッド様に出す手紙に使ったことはない。どちらかといえば、アリシアやサリュー様、カティア将軍といった親しい女性に出すときに使っている。コンラッド様宛だとシンプルな便せんがほとんどなのだ。
うーん……こんな可愛い便せんに相談事を書いて大丈夫なのだろうか? もう少しちゃんとした便せんの方がいいのでは?? もう一度ユリアナを見上げ、本当に大丈夫? と問いかける。
「国同士の問題として、話し合うのであれば国王陛下とランカナ女王陛下が直接やり取りをするべきです。ですがルティア様はその前の段階の相談事として、コンラッド様にお手紙を出されるのですよね?」
「そうね」
「ならこちらの方が喜ばれるはずなので問題ありません」
「本当に……?」
「ええ。大丈夫ですよ」
ユリアナが太鼓判を押すが、側に控えているリーナにも視線を向ける。リーナは私の視線に気がつき、ちょっとだけ首を傾げ悩むそぶりを見せたが小さく頷いた。
二人に言われてしまうと、この便せんで出すしかない。なにかこの便せんでないとダメな理由が二人にはあるのだろう。
私は机に向かい、その可愛らしい便せんにシュルツ卿から聞いた情報を書き連ねていく。
それともし可能であれば、飛龍を貸してもらえないかと。もちろん可能であればお父様から正式にラステア国に依頼する旨も書く。
ラステア国の飛龍隊を借りるか、もしくは商業として飛龍商隊を扱っている店に頼むか、この辺りはラステア国との話し合いになるだろう。疫病が広まっている場所に届けてもらうのだし。それ相応の報酬も考えなければいけない。
でもその前に飛龍を借りれるかどうか、が問題だ。
事前にこの確認をしておけば、お父様とランカナ女王陛下の話し合いもスムーズに行くだろう。疫病の流行を押さえ込むのは時間との勝負。広まる前に鎮圧しなければいけない。
そうでないと薬もポーションもいくらあっても足りないものね。
それとデュシスの鱗を分けてもらえないか、と……シュルツ卿の思惑はどうであれ、レナルド殿下が皇帝にならない未来はきっとトラット帝国だけでなく他の国にも影響があると思うから。今のところ帝国を解体する方向で考えているのなら、他の皇族たちよりもレナルド殿下が皇帝位に就くことが平和への近道だと思う。
「……今、レナルド殿下に何かあると困るのよね。抑止力としてトラット帝国内をなんとかしてもらいたいし」
そのために売れる恩は売っておくべき、というのがロビンの考えだ。だからこそデュシスの鱗も分けてもらったらどうか? と、研究室からの帰りにロビンから提案された。
なんだかものすごーく、ラステア国に頼りっきりな気がするのだけどね。それはそれでどうなのかなって思わなくもない。コンラッド様は優しいけど、その優しさに甘えてばかりではいけないと思うのだ。
私に、なにか出来ることがあればいいけど……コンラッド様が望むようなことで、私ができることってたぶんない。あれだけ何でもできる方だもの。私が何かできることありますか? と聞いても、きっと笑顔で「大丈夫だよ」って断られるに決まっている。
「……進みませんか?」
「大丈夫よ。ちゃんと書いてる。でもなんかこう、頼りっぱなしだなぁって」
「協力できることは協力すべきでは? あちらも疫病がいつの間にか流行っていた、なんてことになったら大事ですし」
「そうね。ラステア国はうちよりも国土面積も、人口も多いもの。その分、貧困層の人たちだって多いわ」
「相対的に多くなってしまいますからね」
「そうね。どんなに栄えていてもゼロにするのはとても難しいって、凄くよくわかる。うちの国の規模でも無理だし」
貧困層の次は、娼館とか……そういうことにも手を付けたい。娼館で働かなくていいように、と思っているけれど。でも娼館は娼館で必要悪、と思うときがある。
女性や男性を売り買いするのはどうなのかと思うけれど、そういう場所を頼りにする人が居るのもまた事実。閨の問題を抱えている人たちが、プロである彼らに相談することもあるのだとか。
そうなってくると、職場環境の改善を促す方がいいのかな? と。劣悪な環境で働かせるのではなく、一定の条件下の元で娼館を運営してもらう。それなら悪質な客は淘汰されるし、きちんと金銭を受け取っていずれは娼館をやめることもできるだろう。
とはいえ、貧困層の人たちに働き場所を提供するのも大事で、先にそこからどうにかしなければいけない。貧困層の人たちは最終的に劣悪な娼館で働かされることになるからだ。
「みんながみんな、お腹いっぱいに食べられる国にしたいのに……どうして権力に執着する人がこんなに多いのかしら」
「ルティア様は権力欲はないですものね」
「権力を持つって、それと同時に責任も伴うのよ? そんなことずーっと考えて生きてくなんてぜーったいに無理。できることならお母様みたいに、自由に生きたい」
「自由にも責任はありますが、カロティナ様のようにレイラン王国の間の森に頻繁に出かけられると我々が困りますからね?」
「さすがにそれは無理よ。私、剣もうまく振るえないのよ? よくて、ランドリック団長の双剣ぐらいだわ。それだって片方だけだけど」
「そちらの方向に才能を伸ばされなくて、心より安堵しております」
ユリアナは苦笑いを浮かべる。私はそっち方向に才能を伸ばそうにも、難しかったのではなかろうか? と思ってしまう。走るのは得意だけど、お母様のように子供の頃から森に入って生活していたわけじゃないし。レイドール領で暮らしてたら違っただろうか?
レイドール領にはカティア家の教えが息づいている。ある意味、第二のカティア家だ。
私もカティア将軍のようになったのだろうか? そう考えて、それもまた無理かなと思い直す。あんな風に動けるようになるには、私では鈍くさすぎるからだ。
何事も向き不向きはある。内心で吐息して、私は手紙を書き上げてしまう。
そして封蝋を押して、ユリアナに渡すとユリアナは手紙にシュッと何かを吹きかけた。私が首を傾げると、ユリアナは「これも作戦です」という。
「作戦……?」
「ええ。円滑に進むように、作戦です」
「そ、そうなの?」
「きっと色よい返事がいただけるでしょう」
「そうだといいのだけど」
その手紙がリーナの手に渡り、ラステア国向けの便に乗って一緒に届けられることになった。
一抹の不安を感じつつ、私は手紙の返事を待つことになった。




