270.信用と信頼と 3
ハスラ草とカテラの実その二つを二対一でまぜた薬を作る。そしてそれを軽症の領民たちに配って飲んでもらう。薬だけでは対応できない重篤な患者には、神殿でポーションを飲ませる。そうすれば全体として必要なポーションの量を減らせるわけだ。
それに薬とポーションの併用なら、領地の人々にも手伝ってもらえる。
まずは地龍の鱗に魔術式と魔力を込めて渡す。それから薬草を育ててもらう。ポーションだと作る段階で魔力はいるが、薬は比率通りに作ってもらうだけでいい。
酷い場所からそれを行っていけば、一度罹った人は二度罹らないと聞くし……他の領へ薬を作り続けてもらえばいい。これをすることで、フィルタード派貴族たちの横領を防げるはず。それに薬を輸出品目に加えるわけだし、一時的な産業ではあるが領民たちの生活も向上するはずだ。
「こんなところかしら?」
「そうですね。これで陛下に確認をとります。ただ……商業ギルドはどうするか悩み所ですね」
「カナン侯爵ね?」
私がそう聞くと、ロックウェル魔術師団長は小さく頷いた。商売人であるなら、病人が増えることはマイナスでしかないと思うけど……カナン侯爵が「聖なる乙女の予言」を信じてるみたいだし。なんともいえない。
「神殿には騎士団を派遣して、横領できないようにしたいのだけど……難しいかしら?」
「そうですね。騎士団の中にもフィルタード派貴族の子弟はいますから」
「そっか……」
どうしようか考えていると、シュルツ卿が横領前提で渡せばいいのでは? と、とんでもないことを言いだした。今、横領できないように話をしているのに!!
「そ、れは……問題あるわねぇ」
「たしかに横領は問題ですが、どのみち横領をゼロにする方法はないわけですよね?」
「そりゃそうよ。そんな簡単にいったら、とっくの昔に追い出してるわよ。あんな連中」
「二種類作ればいいんですよ」
「二種類……? って、あ! もしかして、アンタ偽物を作れってこと!?」
「はい。もちろん神殿の関係者には本物を渡せるように、密書でも飛ばしておかねばなりませんけどね。どうせ横領して行き着く先はトラット帝国です。領民が減るのは問題ありますが、そうでない連中がどうなろうとレナルド殿下は興味ありませんから」
シュルツ卿の言葉に、私たちは顔を見あわせる。たしかにそれならフィルタード派の貴族たちはトラット帝国に恩を売るどころではない。逆に偽物を掴まされた、といって恨みを買うことになるだろう。
「まあ、横領したものを他国に勝手に渡して恨み買っても自業自得っすよねぇ。なにせポーションはラステア国との決め事で、トラット帝国に渡してはいけないことになってるし」
「それはそうなんだけどぉ……この子たちが作るのよ? 偽物渡して、効かなかったってどなりこんできたらどうするわけ?」
「横領したポーションの効能がどうであろうと、横領した事実を伏せて文句言うわけないでしょ? 向こうは言われるでしょうけどね」
「それもそうか……ただそうなると、ライル殿下が混ざるのは問題かしら?」
たしかにライルのポーションは効くけど、私のポーションは効かなかった、そういう噂を流される可能性はある。それが今後どういう不利益として私に降りかかってくるか、それはわからないけれど……今さらな気もする。
「私は大丈夫だし、それにライルも一緒で平気よ。みんなで一緒に作ればいいんだもの。どれが私のでライルのかなんて、見た目でわかるわけないし」
「それはそうだけど……まあ、そうね。そもそもあの連中、ポーションを作り出したのはライル殿下だーって言って回ってたわねぇ」
「そうなるとライル殿下も一緒に作ってるわけですし? 今まで喧伝してた話を撤回して回らなきゃいけなくなりますよねぇ」
ロビンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。ライルがポーションを作り出した、って話はライル自身が「自分じゃない。言いだしたのはルティア」と訂正して回っていたけどね。それをライルが姉を慮って、といって美談にしようとしてたわ。たしか。
そこをまるっと利用するわけか。せっかく広めた話を訂正して回るのは骨が折れるはず。そもそもちゃんと効果のあるポーションが存在するのだし。
「じゃあ、二種類作るってことでいいかしら?」
「そうですね。ひとまずその方向で、陛下には報告してきます」
「お願いするわ。私は……ひとまずどっちを優先すべきかしら? 薬草? それともポーション??」
「地龍の鱗に術式と魔力入れるのが先じゃない?」
「そっちでいいの?」
「まずは土地を均さないとね。ハスラ草とカテラの実は人力で植えなきゃだもの」
「いっそうのこと、第一の碌でもない研究員に畑仕事させたらどうっすか?」
「あ、それいいわね。アマンダ、頼んだわよ!」
「了解よ! ぶっちぶちに潰してやるんだから!!」
そういうとロックウェル魔術師団長は、来たときと違い意気揚々と研究室から出て行った。
これでお父様にすんなりと話が通れば万々歳だ。
「――――姫君は、周りを巻き込むのが上手いですね」
「そう、かしら?」
「ええ。これだけ協力者がいればすんなり通るでしょうね」
「ラステア国に関してはわからないわよ?」
「そちらは心配していませんよ。僕の情報を嘘だ、と決めつけられないでしょうからね」
「……つまり、もうラステア国でも?」
「地方からジワジワと、というやつです。気がついたら王都まで病が広がっている」
「でもポーションがあるわ」
「あちらにも貧民街があるでしょう?」
私はその言葉に頷く。リリたち貧民街の子供をカティア将軍の地元に連れて行ってもらったのは記憶に新しい。たまにリリから手紙が届くが「コイツら蛮族かよ!」と悲鳴のような、呆れたような、悲喜交々な内容が書かれているのでたぶん元気にやっているのだろう。
でも貧民街からまっとうな生活に移行できる人はごく一部。
それは国の政策が全体に行き届くまでに時間がかかるから。それに、国がどんなに助けようとしても拒む人はいる。助ける、ということは簡単にはいかないのだ。
「ラステア国もポーションがあるけど……それをラステア国の全員に行き渡らせるのは、きっと難しいわね」
「まあ有用な薬がファティシア王国で確立するのであれば軽症者には薬。重症者にはポーションで同じように対応すればいいんですよ」
「上手くいけばの話だけどね」
「上手くいくように祈ってます」
「……ある意味、うちに全部丸投げしてるわよねぇ」
「その分有益な情報を提供しているので」
しらっとした表情で言ってのけるのだから、シュルツ卿は肝が据わっている。カーバニル先生は呆れた顔で見ているけど、シュルツ卿の情報を信用すると決めたのだから仕方ない。
彼はレナルド殿下に有用と思えば、嘘はつかないだろう。必要な情報を隠される恐れはあるけれど。それは私たちも同じことだ。彼と話す内容をきちんと考えなければいけない。
とくに私は直ぐ顔に出るから気をつけないとな。小さく吐息を吐くと、私はカーバニル先生に向き直る。鱗の件もそうだけど、私はイザベラ嬢に渡す姿を変える魔法石も作ってもらわなければいけないのだから。
「先生、イザベラ嬢が畑仕事をしやすいように髪の色とかを変えたいの」
「ああ、アレね。いいわよ。そんなに難しくないし」
「そんなものがあるんですか?」
「やあよ。アンタには渡さないわよ? イザベラ嬢が畑仕事なんて絶対しないことを見られたら大変だから作るんだから」
「そうよ。協力してもらうからには、彼女に不利益な情報が流れないようにしないと」
「それはまあ……ありがとうございます? ですが妹もその辺は織り込み済みかと」
「それでも、よ。協力してくれる相手に何かあったらイヤだもの」
私は持ってきた魔石をカーバニル先生に見せる。先生は一目でお母様が貯めていた魔石だと気がついた。
「魔石なら、これぐらい小さくても大丈夫ね。指輪とか、一見わからないものに加工しようかしら」
「指輪……えっと、大丈夫そう?」
チラリとシュルツ卿を見れば、問題ないと頷く。他国の習慣は調べなければわからないからだ。だが問題がないようで安心した。
これで一つは問題が解消したことになる。




