268.信用と信頼と 1
シュルツ卿と薬に関して話していると、バタバタバタ! と音を立てながら誰かが研究室に駆け込んできた。
「ちょっと聞いてよフォルテぇぇぇぇぇぇ!!!!」
登場と共に、入り口に近い場所に積まれていた書類の束が崩れる。それを見たカーバニル先生が何すんのよぉぉぉ!! と悲鳴を上げ、ちょっとした言い合いが始まった。ロックウェル魔術師団長は相変わらずのようだ。
最近は見かけなくなった二人のやり取りにちょっとだけ安心する。しかしそれを見せられたシュルツ卿はポカンとした表情を浮かべていた。驚くわよね。普通に。
「アンタほんっとーにいい加減にしなさいよ!!」
「そっちこそいい加減に片付けなさいよぉ!!」
「片付けてあんのよ!! アタシがわかるようにしてあるの!!」
「片付けられない人ってみんなそういうー」
「アンタのところだって似たようなもんでしょ!!」
「私の方はもうちょいマシです!」
……ロックウェル魔術師団長の執務室と研究室を見たことがある。その私の視点から言わせてもらうと、五十歩百歩だ。どちらも荷物が凄い。アレでよくわかるなーといつも不思議に思っている。お家は綺麗だと言っていたけれどね。
「ロックウェル魔術師団長、何かあったんじゃないの?」
「あらっあらあらあら~姫殿下じゃありませんかー!!」
「今さら取り繕っても遅いのよ」
「たしかに今さらっすねぇ」
「ちょっと! みんなしてそんな風にいわなくても良いでしょ!!」
ふん、と腰に手を当てて胸を張っている。私はその姿にちょっと笑ってしまった。するとロックウェル魔術師団長はようやく気がついたのか、私の隣にいる人物に視線を向け首を傾げる。
「……トラット帝国の、方よね?」
「はい。ギルベルト・シュルツと申します」
「私はアマンダ・ロックウェル。ここの魔術師団長をしています。で、フォルテ?」
「なあに?」
「なあに? じゃないのよ。なあに? じゃ」
「言っておくけど、アタシが入れたわけじゃなくてアンタが連れてった第一の研究員が入れたのよ」
「アイツか……」
一瞬、メガネがギラリと光った気がした。というか、ロックウェル魔術師団長もそんな顔が出来たのか。とちょっとだけ驚いてしまう。普段の彼女はとてもチャーミングで、朗らかな人柄だからだ。まあ少しだけ、研究熱心すぎるところはあるが。
ロックウェル魔術師団長はゆらり、と揺れるとポケットから何かを取りだす。そして一端廊下に出ると、廊下の窓をガラリと開けた。何かブツブツ呟き、ポケットから取りだした物を勢いよく投げたのだ。
その投げた物はパッと姿を変えて鳥になる。
「あれは……伝達用の魔術式、ですかね? ずいぶんと高度な物があるんですねぇ」
「アレ、かなりの魔力量がないと使えないわよ」
「おや。それは残念ですね」
「使えると便利は便利なんだけどね。あの魔術式はアマンダが開発したものだけど、使用者固定で門外不出なのよ」
「使用者固定……って、魔術師団長しか使えないってこと?」
「そう。ファティシア王国で管理されている魔術式ってことよ。アマンダに何かあったら、次の魔術師団長に引き継がれるわ。とはいえ、アマンダほどの魔力量を持つ人間はそういないから……上手く引き継がれるかは微妙なところね」
昔、近衛騎士たちが起こした事件のときに使ってもらったけど、そんなすごい魔術式だとは思わなかった。でもそうよね。あの鳥を使って、ロックウェル魔術師団長は現場の様子を見たのだもの。それって戦時中になれば、敵の情報も見て取れるということだわ。使える人間が限られる、というのも頷ける。
「アレって……もしかしてお父様のところ?」
「たぶんそうね」
ヒソヒソとカーバニル先生と話していると、ロックウェル魔術師団長が部屋に戻ってきた。そしてシュルツ卿を見て、少し難しそうな表情を見せる。あまり彼に聞かれたくない話なのだろう。きっとポーションに関わることに違いない。
お父様と何を話したのかはわからないが、私はロックウェル魔術師団長にも協力をお願いできないか話をしてみることにした。必要なのは沢山の薬。ポーションでなければ、輸出品目の一つとして増やせると思うし。
「あ、あのねロックウェル魔術師団長。私……ちょっと気になっていることがあるの」
「何かありましたか?」
「実は……シュルツ卿からトラット帝国で疫病が流行っていると聞いたの。でも帝国では薬を作れないでしょう?」
「そうですね。ポーションに関しても、ラステア国との条約で輸出することは不可能です」
ロックウェル魔術師団長はすぐにポーションは使えませんよ、と私に釘を刺してきた。
だけど私たちがやりたいのはポーションではなく薬、だ。
「そうなの! でもね、薬なら……輸出品目に加えられないかしら?」
「薬、ですか?」
「そう。普通の薬。たしかにポーションは万能薬だし、トラット帝国側に渡すのは難しいわ。でも……ファーマン侯爵領は間に小国を挟んでいるとはいえ隣接しているでしょう?」
「そうですね。トラット帝国から逃げ出した民が、その国に逃げ込めば……疫病は広がるでしょう。それにファーマン侯爵領も」
「そのときにファーマン侯爵領は耐えられると思う?」
トラット帝国とファーマン侯爵領の間には小さな国が二つほどある。国と言っても、ファーマン侯爵領と変わらない規模だけど。トラット帝国がファティシア王国に攻め入るとすれば、この国々も巻き添えを食らう。それは疫病に関しても同じことだ。
自分たちで広めようとしているフィルタード派の領であれば、多少はコントロールできるかもしれない。だが小国とはいえ、ファーマン侯爵領と変わらない規模が二カ所。そこが侯爵領に助けを求めたら? 侯爵領では領民たちが困らない量のポーションを用意しているだろうけど、侯爵領と同じだけの人が殺到すれば話は別だ。
小国にもファティシア王国でポーションが作られていることは知られている。下級ポーションでも大半の病は治るのだ。そんな薬が、今命の危機に瀕している人たちの耳に入ればどんな手を使っても手に入れようと思うだろう。
私の話に直ぐに思い至ったのか、ロックウェル魔術師団長は厳しい顔に変わった。
「……たしかに、ファーマン侯爵領だけの問題ではないですね」
「だから、薬草を輸出できないかなって」
「運の良いことに、レナルド殿下の領地はファーマン侯爵領に近いんです。とはいえ、隣は皇女殿下の領地なので……そこは対策が難しいのですが」
「でも薬があればその皇女殿下も対策してくれないかしら?」
「彼女は……その、奴隷がいくら死のうと興味のない方なので。それに領地にもいらっしゃいませんし」
「いないなら、勝手に配ってはダメなの?」
薬を配るのに許可はいらないはず。そういうと、シュルツ卿は「そう簡単なことではない」と言われてしまった。どうやらレナルド殿下と皇女殿下の間には確執があるようだ。
でもそのために民が犠牲になるのは違うと思う。いずれレナルド殿下が皇位を引き継ぐなら、彼の民、ということにならないだろうか? 私の言葉にシュルツ卿は考え込む仕草をする。
「というか、勝手に配って口止めしときゃ良いじゃないですか」
「口止めが上手くいくと思いますか?」
「口外したら命はないぞ、くらいいっておけば良くないです?」
「それって印象悪くない?」
「今さら印象良くする必要あります? いっそのこと、自領で配る前の実験と称して配れば良いんじゃないですか?」
「実験って……」
ロビンの提案に私が呆れた表情を浮かべていると、シュルツ卿が良い考えですね。と呟いた。驚いて思わずシュルツ卿の顔をマジマジと見てしまう。どこら辺が良い考えなの!?
「善意で配っても信用していない相手からの施しを素直に受け取りますか?」
「そ、それは……関係性にもよると思うけど……」
「でしょう? それぐらいなら、この薬が自領の民に効くか試させろ。という方がよほどいい。強制的に飲ませられますしね」
「それって本当に大丈夫なの?」
「まあ、レナルド殿下がどう呼ばれているか知っているでしょうしね」
レナルド殿下の帝国での評価が気になるところだ。そんな私たちの話をロックウェル魔術師団長は興味深げに聞いている。彼女が協力してくれると、お父様への話もすんなり通る気がするのだけど……どうだろうか?
私はロックウェル魔術師団長の反応を待った。




