267.そこそこの畑 8
基本的にポーションをトラット帝国に輸出することは出来ない。
それはラステア国との約束でもあるし、トラット帝国に輸出することで国難を呼ぶ可能性があるからだ。そしてレナルド殿下だけを贔屓することは、ファティシア王国がレナルド殿下の後ろ盾となることを意味する。
それは現状よろしくないだろう、そう意見がまとまった。
そうなるとどうやってポーションをレナルド殿下の領だけに渡すか、になる。レシピ自体は公開されているし、そこそこの畑で薬草は育てられるだろうけど……トラット帝国でポーションが作れるとは思えない。ポーションは作る過程でも魔力が必要だからだ。
ポーション頼りで今まできたから、ポーションを渡せないとなると途端に困ってしまう。ただアリシアの話から考えると、ハスラ草とカテラの実を合わせることで有用な薬になる。なら薬草をそのまま輸出すれば良いのでは……? と思いついた。
ただどんな疫病か、今の段階で私は知らないのよね。アリシアの話の上では、有用な薬になるというだけで。どうすべきか……下手にこれが効くんじゃない!? というのは不信感を生む。とくにシュルツ卿は情報を集める専門家。私なんかじゃ太刀打ちできない。
ロイ兄様がこの場にいたのなら、シュルツ卿から的確な情報を引き出せたかもしれない。だけど病気のことは専門外だもの。どうするべきか、何が正解なのだろう? 私はシュルツ卿から見えない位置で、ロビンの服をちょんと引っ張った。
ロビンならきっと上手い具合に話を持っていってくれると思ったからだ。
「……――――ねえ、シュルツ卿。ポーションじゃなくても、有用な薬であれば輸出は出来ると思うのよ。ポーションはたしかに何でも効くけど、効果という時点では薬も同じだと思うの。もちろん病気を特定する必要はあるけど」
「それは、そうですね……そうか。有用な薬……薬ですか……それならたしかに問題ないですよね。うちでは薬草すら育てられないので、すっかり失念してました。ポーションが目の前にありますし」
「もともと、ファティシア王国でも薬草を作ってる人たちは少なかったの。でも今のトラット帝国みたいに疫病が流行ったら困るなって、そう思ったから薬草を育てようと思ったのよ。魔力過多の畑はその副産物なの」
そう説明すれば、シュルツ卿は小さく頷いた。
「たしかに、普通は考えませんよね。疫病が流行るなんて……」
「そうね。でも豊かになっても、薬はそう簡単に手に入らない。それって問題だなって思ってしまったのよ。貧民街の人たちだって今よりも多かったし」
「土いじりが好きな姫君ならではの視点ですね。そこで魔力過多の畑が出来る意味がよくわからないですけど」
「たまたまよ! たまたまできちゃったの!!」
「普通はたまたま出来たりしないんですけどねぇ。ま、本当にたまたま花師と魔術師団長が出会ってしまったんですよね。姫さんを通じて」
ロビンの説明にシュルツ卿は小さく笑う。そこにはそちらも苦労しているんですね、と言う感情が見え隠れしていた。失礼な!
「しかし……疫病に有用な薬を特定できますか?」
「そこなのよね。私は土いじりは好きだけど、病気は専門外だわ。カーバニル先生は?」
「アタシも病気はねぇ……もちろん、未だにポーション頼りにしないで薬師もちゃんと仕事をしているけど、実際に見てみないことには判断できないんじゃない?」
「そうなると、病人が必要になりますねぇ……」
「さすがに王城に疫病を招き入れるわけにはいかないですよ? ついでに姫さんが見に行くのも却下です」
「それは……わかってるけど……」
「病の特徴とか、そういうのないんすか?」
そう確認すれば、シュルツ卿は「高い熱と、発疹がでる」と教えてくれた。そして潜伏期間があるのか、最初は風邪のような症状なのだという。少し体調が悪いかな? 程度だったのが、一週間ぐらいすると一気に高熱と水ぶくれのような発疹が現れるのだ。
そして発熱後、三~四日ぐらいで一端解熱するのだが……七~九日目に再度高熱になる。発疹が化膿して膿疱が現れることもあるそうだ。そして最終的に重篤な呼吸困難に陥ると命を落とす。
話だけでもとても恐ろしい病だとわかる。こんな病気にロイ兄様が罹っていたかもしれないのだ。それも長期間。よく五年後まで命を落とさずに済んだともいえるが、王族だからなのか……それとも何か理由があって生かされたのか。感染力の強い病気だというし、なんとも不思議な話だ。
「……ロイ兄様なら、知っているかしら?」
「そうっすねぇ……ロイ様なら知ってる可能性はありますね。急に未知の病が広がったんでなければ、過去にも同じような疫病が流行った可能性があるでしょうし」
「おや、ロイ殿下は病気に詳しいのですか?」
「病気と言うより、歴史に詳しいっすね。特徴的な病気なら繰り返してる可能性があるでしょう?」
「それはたしかに。うちは併合を繰り返してますからね……その土地の文化は蹂躙したあとは帝国式に変えてしまうので、当時を知る者も少ないですから」
「その辺を歴史書から紐解くのが得意なんですよ」
ロビンはそう言って、ロイ兄様なら大丈夫なのでは? と言う状況に持っていく。普通の薬草ならお父様たちだって人命救助、として許可してくれるだろう。それには急いで作らなければいけないけれど……それと同時並行でポーションも作らなければいけない。
「じゃあ疫病に関しては、ロイ殿下にお願いしようかしら。殿下なら探し出せそうだし」
「そうっすね。リーナ、悪いがこのメモをロイ様の元に届けてきてくれるか?」
「……よろしいのですか?」
「いいよ。俺がいるし」
リーナは私とロビン、そしてカーバニル先生の顔を見比べ小さく頷く。リーナの役目を考えれば、私の側から離れるのは……と思ったのだろう。でも今はロイ兄様に情報を共有する方が先だ。この疫病はロイ兄様にも関わりのある病気なのだし。
リーナは小さく一礼すると、部屋から出て行く。その後ろ姿を見送り、私はカーバニル先生に視線を移す。
「ひとまず、ポーション……?」
「そうねぇ……でも運ぶの、どうしようかしら」
「コンラッド殿下なら一も二もなく頷いてくれると思うんですけどねぇ」
「ラステア国に話を通すなら、今の話をお父様にしてもらう必要があるのだけど?」
「そうなんですよね。ですが皇帝陛下の意見と、レナルド殿下の意見が違うとしてそれを国王陛下が信じてくださるかどうかが問題なんですよね」
「ま、そりゃそうだ」
「レナルド殿下自身を信じてもらうしかないわよね?」
「そのレナルド殿下自身、も俺たちが言ってるだけじゃ意味ないですからね?」
それはたしかにそう。
お父様もレナルド殿下に対しては、友好的な雰囲気を感じるけれど今の話を聞いて信じてくれるかはわからない。秘密裏にするにはリスクもあるし。
「そこでコンラッド殿下ですよ。ラステア国が協力するのなら、国王陛下も頷いてくれると思いませんか? それにトラット帝国に渡すのはポーションではなく、ただの薬です。継続的に輸出する商品と考えれば……ねぇ?」
「たしかに輸出品なら、品目の一つとして増やすだけですけどねぇ。でもどこにラステア国が入る余地があるんです?」
「ポーションではない、とラステア国に不信感を与えないための保険ですよ。そのためにラステア国に介入させるんです」
「なるほどねぇ……たしかに、うちだけだとラステア国も不信感を抱きかねない。いくら条約を結んでいると言っても、相手はトラット帝国ですからね」
「そうでしょう? それなら初めから同席してもらえば、これは人命救助優先であり薬を提供するだけとわかってもらえる」
ファティシア王国、ラステア国、トラット帝国。この三カ国の力関係を考えるなら、どこか一カ所を外すよりは一緒に考えた方が良いと言うことだろう。なにせトラット帝国は他国に対して疫病を流行らせ、国力を低下させようとしているのだから。
それならその疫病を元から絶てば良い。アリシアの話のままであれば、ラステア国しかポーションはなく、そのポーションも安定して作れるものではなかった。
だけど今はラステア国もファティシア王国もポーションを安定して作れる。疫病を流行らせようとしている、と言う情報だけでこちらは対策が取れるのだ。
「……コンラッド様に連絡を出してみようかな」
「姫さん、良いんです?」
「トラット帝国が疫病を流行らせようとしてることは、ラステア国も知っておくべきだもの。それには今の状況を説明しないとダメでしょう?」
「あーそうよねぇ。いくらラステア国だって、事前対策は必要だもの」
「でしょう?」
なんだかシュルツ卿の良いように扱われている気がしてならないが、こちらの思惑通りに全てが進むわけではない。私は小さく吐息した。




