266.そこそこの畑 7
「姫君は詳しいですね」
「土いじりが好きなのよ。でもそのぐらい、シュルツ卿なら知っているでしょう?」
「そこまで、とは知りませんよ? 僕だって忍び込むのが難しい場所ぐらいありますからね」
「そりゃあ、いい。そうほいほい忍び込まれちゃたまらないっすからね」
ロビンの言葉にシュルツ卿は微苦笑を浮かべ、必要な情報ではないから集めないと言われた。まあたしかに。私が畑仕事してるなんて必要な情報じゃないわよね。よくてポーションが作れる程度までだ。
「苗は? どこか別の国から購入してるの??」
「食べる分から削って、穀物類を育ててましたが……育てられないので。ファティシア王国から輸入しているものはすでに、粉になっちゃってますからね。今はなかなか」
「じゃあ、その辺も交渉材料になるのね?」
「僕からどれだけ情報を引っ張るおつもりです? 丸裸にされてしまいそうですねぇ」
「そ、そんなことしないわよ!」
「……姫さん、たとえですよ。た・と・え」
「わかってるもん!」
ロビンに突っ込まれ、私はロビンの背中をバシバシと叩く。いたたた、と大げさに騒ぐがたぶん全く堪えていない。そんな私たちのやり取りをシュルツ卿は興味深そうに見ている。
思わず首を傾げると、幼馴染みとは良いものですねといわれた。
「シュルツ卿は? ちがうの??」
「我々はレナルド殿下によって選ばれたので……幼馴染み、というとちょっと違いますかね。それぞれが殿下の繋がりなので」
「でも仲が悪いわけではないでしょう?」
「それはそうですね」
「なら離れているのは心配ね」
心配、と言う言葉を口にするとシュルツ卿は珍しくキョトンとした表情を浮かべる。しかし共にレナルド殿下を支えると認め合った同士なのだから、遠方で自分たちの手が及ばない場所で何かあれば心配にもなるだろう。それぐらいの関係性でないと、お互い信じられないのではなかろうか? そう説明すると、シュルツ卿は小さく首を傾げた。
「我々は……お互いの屍を越えてでもレナルド殿下を皇帝に押し上げると誓った仲なので。そこまでお互いを大事に思っているわけではないのですよ」
「そうかしら? それだけ信頼しあっている仲、ということでしょう?? それなら私たちでもつけ込む隙はあるということだわ」
「おや、できますか?」
「やってみないとわからないけれど……それでも、ファティシアにいる間は五体満足な状態でいられる……ぐらいは約束できるかしらね」
「なるほど。たしかにそれぐらいなら、彼らには有効かもしれませんね。僕に何かあれば多少は困るでしょうから」
「多少じゃなく困ると思うわよ……?」
なにせ今後のそこそこの畑はシュルツ卿とイザベラ嬢の協力が不可欠。彼らに合わせて調整されるのだから。彼らが使えるということは、彼らよりも魔力量の低い人たちでも使えるように調整できるということ。
段階的に調整できるから、最低限シュルツ卿と同レベルの人がいれば問題ない。レナルド殿下の配下で、畑作りを拒否する人はいないはずだし問題ないはず。そうなればシュルツ卿の魔力量を基準にいくつか作ればいいだけだ。
「さて、そこそこの畑の件は……ファーマン侯爵の返事待ちで良いとしましょう。あとはラステア国を巻き込みたいので、姫君に手紙を書いていただきたいのですが?」
「……本当にラステア国を巻き込むつもりなの?」
「疫病はどの国にとっても忌むべきものですよ。我々とて国内の疫病をどうにかしたいのです。あれがそのまま広まり続ければ、トラット帝国の民の半分は死に絶えるでしょう。そうならなかった場合も、いずれは命を落としかねません。食料がありませんからね」
「それを聞くと、だーいぶ深刻な状態じゃない? それなのにあの馬鹿どもは、ファティシア王国に疫病を広めようとしてるわけ?」
「まあ聖なる乙女の予言ですからね」
「うちの国では神殿が認めて初めて『聖なる乙女』を名乗れるの。だからその聖なる乙女は自称ってだけね」
「ですが彼女は聖属性の力を使えるようですよ?」
シュルツ卿はあっさりと、聖なる乙女の情報を私たちに伝えてくる。あれ? もしかして、ポーションの代金にされてる?? 思わずロビンを見ると、小さく頭を振った。
この情報はそのまま引き出した方が良いと言うことだろうか? 情報を引き出すってなかなか難しい。
「聖なる乙女、聖なる守護者、その候補たちはみーんな聖属性の力が使えるわ。そもそも使えないと候補になれないのよ。聖属性持ちが見つからない、そちらじゃわからないかもしれないけどね」
「なるほど? ですが……予言までする聖なる乙女はいないのでは?」
「予言ねぇ……正直、予言って信用度がもの凄ーく低いわ。ある程度、情報を集められれば予言の精度は上げられるもの。それに疫病が流行ると聞いたから、疫病を流行らせなきゃいけないって馬鹿の所業よ?」
「それは、そうですね。因果が逆ですし」
「原因があって、結果があるのよ。結果のために広めるなんてホント、クッソみたいなことするわよねぇ。しかもポーションを積極的に作らなかったくせによこせだなんて」
「そもそもそのポーションを領内で使うつもりはないでしょうしね」
その言葉に私は目を瞬かせる。
領内で使うつもりのない、ポーション。ならばなぜあんなに大量に寄越せというのかしら? 私たちは売ってもらえないポーションを逆に高値で売りつけようとしているのかと思っていた。でもそうじゃないなら、ポーションをトラット帝国に持っていくつもりなのだろうか?? 今、トラット帝国では疫病が流行っている。ポーションが有用なのだし、聖属性持ちをトラット帝国に向かわせるより断然楽だ。
ただ、法律違反だけど。
「ポーションで、トラット帝国に恩が売りたいのね。それは……そのうちファティシア王国がトラット帝国の属国になったときの……ため?」
「自分たちだけは助けてもらいたい。そういう思惑があるのでしょうね。ですが、簡単に自分の国を裏切る者を信用するほどお人好しではありませんよ」
「そうよね。ということは、奪うだけ奪ってどのみち奴隷にしてしまおうってことよね」
私の答えにシュルツ卿は小さく頷く。これは、なかなか不味いのではなかろうか? 領主たちにポーションを手渡さず、直接神殿に届ける必要がある。商業ギルドは……どうなのかな。神殿との関係性にもよるかもしれない。
カナン侯爵がどう出るかが問題だ。彼は貴族である前に商人。疫病が流行ることで何が起こるのか、それを理解しているのであれば―――― フィルタード派の「聖なる乙女の予言」通りになんてしないはず。
キャスを呼んで話を聞く必要がある。でもその前に、シュルツ卿にも情報をもらう必要があるだろう。集める情報は多い方が良い。
「――――シュルツ卿、カナン侯爵の情報をいただくことは出来ますか?」
「どのような種類の情報が良いですか?」
「カナン侯爵が、どの程度「聖なる乙女の予言」に手を貸そうとしているのか……かしら。カナン侯爵が聖なる乙女の話をしているのは知っているの。でも彼は商人だわ。疫病が流行るリスクを知っている」
「そうでしょうね。ではポーション一本で手を打ちましょうか」
「さっき上級ポーションをあげたわよ?」
「ですが僕は意外と情報を話してる気がしますけど?」
ジトッと彼を見れば、ニコニコと笑っている。ロビンとカーバニル先生に視線を向けると、二人とも肩を竦めた。つまりは渡した方が良いと言うことだ。
私はマジックボックスに入っているポーションをシュルツ卿の前に並べた。
「初級、中級、上級があるわ」
「これも全て姫君が?」
「ええそうよ。疫病なら、初期の症状であれば初級で問題ないと思う。症状が進んでいるなら、中級でしょうね。欠損とかあるならその場の対応になるけど上級で生えてくるそうよ」
「それはそれは……」
「今、レナルド殿下の領地で欲しいのなら初級かしら?」
「量が、必要でしょうけどね」
「そうでしょうね」
「まったく……本当に丸裸にされてしまいそうですねぇ」
シュルツ卿の言葉に私はにやりと笑う。さすがに寸胴で作れるとは言わないけどね!
これはそこそこの畑を隠れ蓑にした、一大計画になりそうだ。




