265.そこそこの畑 6
「一つだけなの?」
「ではポーション一本につき、一つにしましょうか?」
私が不満を言うと、シュルツ卿は苦笑いを浮かべながら提案してきた。ポーション一本につき一つなら、問題ないだろうか? チラリとロビンを見上げれば小さく頷く。
私は少しだけホッとすると、それでお願いとシュルツ卿に告げた。
「あ、そうだ。ポーションの等級で情報の濃淡付けるのはやめてくださいね?」
「おや、先手を打たれましたね?」
「当然でしょう? 薬草もそうだが、ポーション自体はそっちじゃあ作れない。貴重なものだ。それにシュルツ卿も恩恵を受けられるんでしょう?」
「それは、まあ……一応、僕も購入は出来ますけど本数制限ありますしね」
「それに上級は一般に出回っていない。品質も保証しますよ? うちの第四と第五騎士団が姫さんの作るポーションの世話になってますからね」
ロビンがそういうと、シュルツ卿は肩を竦めた。なるほど、交渉とはこういう風にするべきなのか。ロビンを見ながら改めてすごいな、と感じる。私一人じゃ上手くいかなかっただろう。
「では、ポーション一つにつき、一つの情報を―――― それでよろしいですね?」
「ええ、大丈夫よ。何なら書面に残す?」
「いいですね。書面に残していただいても大丈夫ですよ。ああ、そうだ。ラステア国のコンラッド王弟殿下に書面は預かっていただきましょうか。手元に残すのは、お互いに不安でしょう?」
「……もしかしてそうやってラステア国を巻き込むつもり?」
「巻き込めるものは無償で巻き込みたいですねぇ。なにせ、こちらは敵ばかりなので」
「それは……そうかもしれないけど……」
「ですが有益な情報はお渡しできますよ? その辺の差配は僕に一任されてますからね」
他国への情報開示が一任されているとは、シュルツ卿はずいぶん信頼されているようだ。でもそうでないと、こうして私たちの前に度々現れたりできないか。
イザベラ嬢のことといい、レナルド殿下はシュルツ卿たちを重用しているのが見て取れる。
それにしても、呪いを受けていたとは……心配にはなるが、デュシスの鱗に入れた聖属性の力が上手く発動したのなら大丈夫だろうか? ただアレは、長期的にかけられた呪いに対しては有効手段とはなり得ない。いずれ鱗に入れた魔力がつきれば呪いの方が勝るわけだし。
何かあれば、きっとシュルツ卿が交渉してくるだろう。今の時点で急いで必要ではないのであれば、レナルド殿下は無事であるという証だ。ただ呪いは体力が持っていかれる。だからこそポーションが必要になると踏んだのだし。
そのことを察知したのか、カーバニル先生は話の続きを促した。今必要なのはそこそこの畑に協力してもらうことだし。レナルド殿下の領地がどの程度の状態なのか知る必要がある。現状を知るのはシュルツ卿だけなのだし。
「まあ、とりあえず……今はそこそこの畑の話をしましょうか? ポーションを作るのは、もうちょっと待ってちょうだい。それとも直ぐにいるのかしら?」
「もしいただけるのであれば、欲しいですね。レナルド殿下には常に健勝である、と周りに見せなければいけません」
「なんだか大変ね……」
「そうですね。ですが、たとえ苦難の道であろうとも歩みを止めることはしない方です」
シュルツ卿は胸元に手を当てて、レナルド殿下を称える。きっと私には想像もつかないような出来事も多くあったことだろう。それでも彼らはレナルド殿下を支えると決めている。その決意のようなものを感じた。
***
先に欲しい、というので念のために所持していた上級ポーションをシュルツ卿に渡す。すると彼は窓を開け、ピュイっと指笛を吹いた。その音に呼ばれ、パサリと大きな羽音が聞こえる。
「魔鳥……」
「ええ、僕の相棒です」
「クアドと種類が違うわね」
「そうですね。クアドは魔鳥の中でもそこまで大きくないですから。この魔鳥はクアドより一回りぐらい大きいですかね」
「ああ、そういえばこちらにもいましたね。魔鳥」
「今、そこそこの畑を作るためにお使いに出しているわ」
「そこそこの畑を作るために? こちらで考えているのでは??」
シュルツ卿は魔鳥の首に付けられた、小さなポーチに上級ポーションとメモ書きをしまう。そして魔鳥は心得たとばかりに飛び立ってしまった。もう少し見ていたかったが、レナルド殿下の容体を考えればそんなことはいっていられない。健康の方が大事だものね!
そんなことを考えていると、顔に出ていたのかシュルツ卿から「戻ってきたら紹介しましょう」と言われてしまう。私はありがたくその申し出を受け入れた。
そしてそこそこの畑について説明する。
カーバニル先生が。
「まあ、簡単に言うと今忙しいのよねぇ」
「はあ。それなのにそこそこの畑ですか?」
「仕方ないじゃない? この子たちが思いついちゃったんだもの」
そう言いつつ、カーバニル先生は私の頬を指で突っついた。ちょっと痛い。
でも考えたのはロイ兄様とだし! 私だけが思いついたわけではない。それに情報は大事だっていったもの!!
「こちらとしてはありがたいですけどね。正直、せっかく融通していただいてる食料を何もしていない者に持っていかれるのは業腹なので」
「ま、そりゃそうでしょうね。でも……今の皇帝は穏健派だと聞いていたけど、やっぱりトラット帝国の皇帝なのね。疫病をばら撒けば攻め込みやすいってところなのかしら?」
「そうですね。凡庸な方ではないのはたしかですよ。見た目は、どちらかというと柔和な印象を与えてきますが……それでも、昔はもう少しマシだった気はしますけどね」
「昔は?」
「ええ。レナルド殿下が生まれたぐらいまでは。その頃にレイランの術者がトラット帝国にやってきたんです」
「へぇ。つまり、レイランの術者が皇帝を狂わせたってことっすか?」
「どうですかね。元々、そうした気質を隠し持っていたのかもしれませんし。僕はまだ赤子のころなのでなんとも」
たしかに生まれたころの話じゃ、トラット帝国の皇帝の印象はわかりようもない。伝え聞く程度になるだろう。でもレナルド殿下が生まれた辺りなら……皇帝になって数年とかじゃないのかな。最初の頃は、穏健派だったのだろうか?
なんにせよ、今は虎視眈々と他国を狙っていることにはかわりない。ファティシア王国も、ラステア国も、疫病をあやつり一息に仕留めたいのかも。そんなことになったら困るけど、トラット帝国の皇帝が求める「聖なる乙女」の候補者がいるのだから仕方ないのかもしれない。求める者があるのなら、手段は選んでいられないのだろう。
たとえ、聖属性が皇帝の思うような力でなくとも。
「で、話は戻すけど……忙しいのよ」
「はい」
「だからちょっと別口で頼んでいるの」
「頼む、ですか?」
「もしもオタクが攻め込んでくるなら、ここって領地にね……いるのよ。柔軟に考えられる人が」
「なるほど。ファーマン侯爵ですね?」
「ま、知ってるわよね。それぐらい」
「ええ。レナルド殿下と帰り道に寄りましたが、大変栄えている良い領地でした。人々ものびのびと暮らしていましたし」
「そうね。そこを蹂躙したら、一生美味しいものが食べられなくなるわよ」
カーバニル先生はそういってシュルツ卿を脅す。彼は苦笑いを浮かべながらたしかに、と頷いた。どうやらファーマン侯爵領で色々と食べたようだ。
「イザベラにも文句を言われましたからね。ポテトチップスなる食べ物は薄くてサクサクしてて、美味しかったです。アイスクリームというものも」
「食にこだわりがあるのよ。だからこそ、最初にあそこで色々試しているの」
「なるほど。今はテスト休み中ですからね。領地に戻られているんですね?」
「そういうこと。まあでもうちも魔鳥を飛ばしているから、早ければ二~三日で返事が来るわ。そのあと協力してほしいわけ」
「協力、ですか?」
「そっ。鱗には魔力放出を入れたり止めたりする術式を組み込むの。でもその組み込む術式を貴方たちの魔力量にあわせなきゃいけないわけ」
「調整が必要と言うことですね?」
シュルツ卿はそれはたしかに協力が必要ですね、と納得したようだ。私たちファティシア王国の人たちと、トラット帝国の人たちでは魔力量がだいぶ違う。貴族でもそこまで量は多くないのだ。でも魔力を放出したり、止めたりするのに個人の魔力を使う以上、協力は不可欠。できればイザベラ嬢にも協力をお願いしたいというと、シュルツ卿は快く引き受けてくれた。
「一応、最初は私の畑を使って試してみようとは思うの。でも……そちらの畑はだいぶ、痩せていると聞いているから」
「そうですね。だいぶ痩せていますね。本当に、何も育たないんです。痩せた土地に作物を植えることで、さらに痩せる。悪循環ですよね」
「そうね。本来なら、肥料を入れたり畑を休ませてあげる必要があるもの」
「そう考えると、うちで魔力過多の畑が作れるなら、そっちでそこそこになるのかしらねぇ。痩せた土地でも育つ作物もあればいいけど」
「そうね……トマトとか、芋類、豆類なら育つんじゃないかしら。あの辺は逆に肥料が多いと葉っぱばかりが育っちゃうのよね」
「穀物類を育てることばかり考えてましたが……なるほど。芋類ですか……」
シュルツ卿は興味深そうに私の話を聞いてくれる。たしかに一番育てたいのって穀物類になっちゃうわよね。主食だもの。芋なら蒸かすだけでも食べられるし、量も取れる。腹持ちも良いと思うのよね。それにトマトが取れるならスープにもできる。
それらを育てつつ、そこそこの畑で穀物類を育てればなんとかなるんじゃないかな? そんな風に伝えれば、シュルツ卿は嬉しそうに笑った。




