249.トラット帝国の聖なる乙女 2
「それにしても、レナルド殿下に嫁ぐというのは望み薄ですわね」
イザベラ嬢はふう、と嘆息する。そもそも嫁ぐという話はレナルド殿下が勝手に言いだした話だ。アレで勝手に盛り上がったのはフィルタード派だけ。
私は少し口をとがらせながら、イザベラ嬢に抗議する。
「……そもそもレナルド殿下だって本気で言ってるわけじゃないわよね?」
「あの方は……トラット帝国、というより自領の民のためなら多少の不服も飲み込みますわ」
「それって私に不服があっても、有益だったら嫁いでこいってこと?」
「まあ、そうなりますかしらねぇ」
「そんなこと言われたら絶対にいかないわ」
「あらあら。ではレナルド殿下がどうしても姫殿下がほしい、と言われましたらどうなさいます?」
そのどうしても、に何が含まれてるかにもよらないだろうか? 私は口元を扇で隠し、目元だけはニマリと笑うイザベラ嬢に胡乱げな視線を向けた。
聖属性の力が、レナルド殿下に伝わったら……私を有用だと判断するかもしれない。だがそれは私自身を見て有用だと感じたわけではなく、聖属性を使えるというだけ。もちろん聖属性も私自身の一部だ。だけど、そこだけ切り取られたくはない。
「私は……たぶん、何があってもレナルド殿下に嫁ぐことはないわ」
「どうしても?」
「ええ。そりゃ、お父様がどうしても必要だからというなら……仕方ないのかもしれない。王家の結婚なんてほとんどが政略だもの」
「そうですわね。利があるからこそ、結婚できる」
「でも今の時点で、ファティシア王国とトラット帝国……いいえ。レナルド殿下と結婚することにファティシア王国として利がないわ」
国内自給率が上がり、さらには他国へ輸出できる。つまり一次産業によって、国は以前よりも栄え始めているのだ。そして二次産業。資材を加工したり、製造する分野だけど……ここはファーマン侯爵領がとても力を注いでいる。
新しい肥料の開発や、調味料、それに加工食品。どんどん新しいものが出てきている。
それらは皆好評で、ファーマン侯爵は惜しみなくレシピを公開していた。
富を独占するのではなく、分配してみんなで幸せになる。
それはとても素敵なことだと思う。だからこそ、その次の段階。第三次産業と呼ばれる、小売り販売、サービス業などが発展するのだ。
古参の、始まりの侯爵家の一つが率先して行動を起こせば派閥に捕らわれない貴族たちは追随していく。だって働き手が多い方が、その分税収も上がるもの。
巡り巡って貧民街も減ってきたと聞く。王都に関して言うならば、貧民街はほぼ無くなったと言っていいだろう。
それぐらいファティシア王国内は、めまぐるしく発展している。それも良い方向に。
どちらかといえば、トラット帝国はマイナス面が著しい。
多くの民が飢え、税収は重く、それを貴族たちは見て見ぬフリをする。
トラット帝国からすれば、ファティシア王国の裕福さは喉から手が出るほど欲しいだろう。向こうからすれば利のある婚姻だ。でも、こちらからはマイナスしかない。
「トラット帝国が、ファティシア王国に何か利のあるものを提供できるかしら?」
「――――ありませんわね。あえて言うなら、戦力なのでしょうけど。それもラステア国と繋がりの深くなった今、意味がありませんわ」
「戦争になれば……たしかにファティシア王国はレナルド殿下の戦力に対して後手を踏むかもしれない。だってレナルド殿下は戦場を経験している方だもの。他の騎士たちもそう。だけど、戦争が起こればファティシア王国の裕福さは消えて無くなるわ」
「そうですわね。戦争で一番始めに手を付けるとしたら、食料の強奪。そして田畑に火を付けることですわ」
「そうね。そうすれば、相手の国は食料が無くて困るもの」
戦争というのは、略奪の歴史でもある。トラット帝国は聖なる乙女を探しながら、ずっとそうやって周辺国を併合してきた。併合した国は奴隷として扱われるだけ。
命の重さを考えるまでもない。人を人と思わない扱いをするのだから。ファティシア王国に同じことをすれば……今ある豊かさは、維持することはできないのだ。
魔力量の多い人はファティシア王国でもそこまで多くない。そして魔力量の多い人の大半は貴族。トラット帝国が併合した国の貴族たちは処刑されたり、女性の多くは慰み者になったりしている。
つまり、魔力過多の畑は作れない。
食べ物を一気に量産するには、魔力過多の畑は必須だもの。それができないなら、結局はファティシア王国も他の併合された国と同じになる。
「人は食べなければ生きていけません。ですから、ギリギリのところで生かしているのです。そうすればその日を生きるだけで精一杯でしょう?」
「反乱を起こす気すら、なくなるのね?」
「最初に戦意を削ぐのが我が国の流儀ですから。そうでないと、ファティシア王国に戦争を仕掛けようとしたとき……また謀反が起こっては困るでしょう?」
「その話、シュルツ卿もしていたわ。ファティシア王国に戦争を仕掛けようとすると、必ず不都合なことが起きる……って」
「私から言わせれば、不都合なことが起こることは必然とも言えますけれどね」
「どうして?」
私がそう問いかけると、ファティシア王国との戦争は長引くのだという。戦争というのは、短期決戦で終わらせるのが一番良い。相手の戦意を挫けば、戦争は直ぐに終わる。
だがファティシア王国に戦争を仕掛けていた時期、その頃のファティシア王国はとても強かったそうだ。四大侯爵家や辺境伯家、それらの家々が王家と一丸になってトラット帝国に対峙していた。
今だとちょっと考えられない。現在の四大侯爵家は……どこも個性が強い。それにフィルタード侯爵家に関しては、トラット帝国と繋がっているし。
彼らと王家が一丸となって戦うのは難しいだろう。
「ファティシア王国に攻め入るのです。長引けば長引くほど、食料や他の資材が心許なくなりますでしょう?」
「そうね。疲れて戦意も低下してくるかも……」
「そしてファティシア王国は別にトラット帝国を滅ぼしたいわけではない。むしろ急に無くなってしまうと、難民の問題で困りますから」
「そうか。ほどほどで良いのね?」
「ええ。ですから守りが堅く、それでいて追撃してこない。逆にトラット帝国は土地の利をとれず、疲弊した兵はやる気をなくします。少しでも土地を取れれば良いですけどね。それもできない。士気に関わるわけです」
そして最終的に、本国に戦況は不利である。と報告が入る。
今までのように楽観視していた貴族たちは慌てふためく。その様子が民に伝播するのだと、イザベラ嬢は考察を述べた。
「民に伝播……もしかして、食料を急に買いあさったり、とか?」
「それもありますわね。あとはファティシア王国からなるべく遠い場所に移住してみたり、とかですかね。そんなあからさまな動きがあれば、馬鹿でも気がつきます」
「奴隷に落とされているとはいえ、併合された国の人たちの中には現状の扱いを変えようと思ってる人だっているものね」
「ええ。もちろんそう簡単な話ではないですけど、それでも主戦力が他国にいるのです。上手くいけば、自国を取り戻すことができる。と考える人が出てもおかしくはありません」
「なるほど。だからファティシア王国と戦うときは、よくないことが起こるのね?」
昔からある呪いも紐解けば、生きている人間が関わっている。
魔術式を使ったものよりも……それはとてもやっかいな出来事に思えた。だって元凶はずっと燻っていた恨みだもの。その恨みは、代を超えて残り続ける。
「本当に恐ろしいのは、聖なる乙女ではありません。彼女が死ぬときに呪いの言葉を吐いたかもしれません。ですが、それを呪いだと受け取るのは生きている人間です」
「彼女の言葉が、生き続けているから呪い……なのかしら?」
「心のやましさが呪いを残し続けているのだと思います。だからこそ、トラット帝国は聖なる乙女の記述を削除させた。記述がなければ、最初からなかったことになりますから」
それでも禁書として、いつか何かが起こったときの警告を残したのだろう。
ただ思うことは一つ。
生きている人間が、一番恐ろしい―――― ということだ。
もしも今、聖なる乙女ファルティシーア様が見ていたら……何を思うのだろう?
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1000年前のトラット王国で命を散らした聖なる乙女一行の物語です。
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