248.トラット帝国の聖なる乙女 1
トラット帝国で聖なる乙女を知るものは少ない。そうイザベラ嬢は話す。
ただ民間信仰のような形で、残っているとはいう。
「民間信仰……」
「ええ。聖なる乙女の恩恵を受け、そして彼らの殺害に手を貸さなかった者でしょう」
「殺害に手を貸した人たちは……?」
「殺害に手を貸しておきながら、信仰しようだなんて烏滸がましいにもほどがありません?」
「そ、れはそうかもしれないけど……でもカモフラージュのためとか?」
「――――恐れたのですよ」
「恐れた?」
命の恩人であり、トラット王国を助けた聖なる乙女一行。彼女たちは他の国でも沢山の人々を助けていた。もしこの事実が他国へ知れたらどうなりますか? そう、イザベラ嬢は私に問いかけてきた。
「……きっと、トラット王国を滅ぼそうとするわね」
「でしょう? 類い希なる才能が、愚鈍な王のせいで失われたのです。それに聖なる乙女を輩出した国はもっとも強く非難できる立場だったでしょう」
「そうね。自国の聖なる乙女が、国という垣根を越えて助けて回っていたわけだし」
「ですので代わりが必要だったのです」
そこでシュルツ卿の話が頭を過る。だから聖属性持ちを探そうとしたのか。完全な身代わりにはならなくても、癒やしの力が使えれば誤魔化せるというのも頷ける。
そもそも聖なる乙女を王妃に迎えたのなら、その力を他国のために振るわせる必要はないわけだし。なんとでも理由付けできる。
「それにしても、酷いことをするのね」
「それに関しては同意見です。聖なる乙女の力が強かろうと、自分で努力することもなく国に縛り付けようなど……本当に愚かの極みですわ! もっとも、その人たちの血を今の私たちは引いているのですけど」
「それは……でも、過去の人たちが犯した罪を今の人たちが負うのは違うんじゃない?」
「そうでしょうか? 恩を忘れ、不義理を働いただけでなく彼らの存在をなかったことにしているのですよ? 恨まれても当然のことをしたのです」
「もしかして、聖属性が現れないことを言っているの?」
私の言葉にイザベラ嬢は少し考え込む仕草をした。そして「呪い」とは何を持って言うのか? と問いかけられる。
「呪いの定義、ということ?」
「ええ。もちろん呪いがあるのは知っております。レイランの術者がおりますからね。ですがアレは、魔術式という媒体をつかったものです」
「シュルツ卿は、死んだ者に何かを為しえることはできないと言っていたけど……イザベラ嬢も同じ気持ちなの?」
「そうですわね。死者にできるのは教訓を残すことぐらいである、と私は思っています」
「教訓……」
たしかに教訓になる事件だ。聖属性の使い方次第で、沢山の国を巻き込んだ戦争に発展する可能性があった。トラット王国が隠蔽したからこそ、それは避けられたが――――
私の聖属性の力が、トラット帝国の皇帝の耳に入ったら? いや、私だけじゃない。ヒロインだって危険だ。トラット帝国は聖属性の力を神格化して、何でもできるように勘違いしているのだし。
ただ聖属性に関しては、属性持ちの中でも圧倒的に数が少ない。
そうなると研究しようにも、協力を依頼することの方が難しいのだ。カーバニル先生だって、お父様の許可が出るならきっと私を研究したいはずだもの。
……アイゼンも、そうだったはず。私の力に気がついたからこそ、私に印を残して連れ去れるようにしたのだ。失敗に終わったからと言って、他の術者が情報を得ていないとは限らない。一つの国を実験場として扱うぐらいの人間だし。用心は必要だろう。
「……イザベラ嬢、トラット帝国にはレイランの術者がいるのよね?」
「ええ。そうですね」
「その人は、どうしてトラット帝国に?」
「詳しくは存じ上げませんが、レイラン王国から追放されたと聞いております」
「追放?」
「ええ。レイラン王国は他国との交流を拒んでいる国でしょう? ですが、その国から追放されるということは余程のことをしたのではないかと……でもあの女を見ていたら、たしかにそうかもしれないと思わせられます」
「知っているの?」
「ええ。とてもイヤな女です」
キッパリと、嫌悪感を滲ませながらイザベラ嬢は言い切った。彼女にしてはとても珍しい。
イザベラ嬢はあまり自分の感情を表に出さない。というか、それが淑女というものですよ? と私が注意されるくらいだ。
感情のコントロールが非常に上手い。
学園で会うときは、こうしてお茶会をしてるとは思えないほど高慢な態度で私たちと対峙している。これができる令嬢力なのか、と感心しきりだ。
その彼女を持ってしても、イヤな人だと言わしめるレイランの術者。
「……私、ラステア国でレイランの術者に会ったわ。たぶんレイラン王国から追放された人」
「存じております。兄が仕留めましたから」
「仕留めた……そう。そうなのね……」
「何かありまして?」
彼女は軽く首を捻る。私はそのレイランの術者に印を付けられていたことを正直に話した。
その上で、その術者が死んだことをトラット帝国にいる術者がどう思っているのかを尋ねる。恨まれている可能性も否定できないし。
「正直申しますと……たぶん、何も感じてはいないでしょう」
「でも同じ国の出身なのでしょう?」
「弟子です」
「弟子!? なら、なおさら……」
「あの女にそんな人並みの感情があるとは思えません。後宮ですら、あの女の遊び場のようなものです」
「あ、遊び場……??」
「見目はたいそう美しいのですよ。殿方が好みそうな体型ですし。それに妖しい艶がある」
「妖しい艶……??」
つまりものすごーく美人、ということかな。それも妖艶なタイプなのだろう。
とはいえ、私には全く想像が付かない。何せ周りにそんな人はいないし。ラステア国のランカナ様は艶があるけど、朗らかなタイプだものね。
うーん……妖艶か。それなら一目見ればわかるかも。
要注意人物として覚えておかねば。
「まあ、トラットから出ることはないとは思います。皇帝が離さないでしょうし……それにあの女の魅了にハマっているのは、皇帝だけではありませんから」
「魅了? そんな魔法があるの??」
「ああ、実際にそういった術式があるわけではないと思いますわ。単純に、手練手管が上手いのでしょう」
「手練手管……??」
「つまり閨の相手が上手い、と言うことです」
「閨っっ!?」
唐突な言葉に私はビックリしてしまう。だがイザベラ嬢は私の声の大きさに驚いたのか、目を瞬かせた。そして苦言を呈されてしまう……
「閨ごとは王妃教育を一緒に受けていらっしゃるなら、教わっておりませんの?」
「そんな詳しくは……どちらかというと、受け身で大丈夫って」
「なるほど。ファティシア王国は、問題を抱えてはいますけど平和ですものね。他国に嫁がせることは考えていらっしゃらないのね」
「そうなの?」
「ええ。閨ごとも大事な教育の一つです。何せ他国に嫁いで子がなせねば、用無しですからね」
「あ……」
そうか。他国に嫁ぐ、と言うことは必ずしも友好的な相手に嫁ぐとは限らない。
元々交流が深ければ、両国のさらなる発展に寄与する形になるだろう。だけどアリシアの言うように私がトラット帝国へ嫁ぐ事態になったなら……それは大きな問題が起きたとき。
ファティシア王国に危険が迫っているときだ。
アリシアの知る、モブの私は―――― その後のトラット帝国でどう過ごしたのだろう?
今の私をレナルド殿下は有益だと思っているから、シュルツ卿やイザベラ嬢を貸してくれているはずだし。
有益でない、モブの私は?
私に付いてくる侍女はきっとユリアナだけ。味方はたった一人。その中で、私はトラット帝国で生き残れただろうか?
それとも、別の運命をたどったのか。私には見当も付かなかった。
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1000年前にトラット帝国で命を散らした聖なる乙女一行のお話も書いてます。
どうも、バッドエンド確定の聖なる乙女一行です!
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ここだけの話、正史のルティアは帝国で冷遇されます。
そしてロイやロビンが国境を超えて助けに来ますが、その前に自ら命を絶つことになります。




