247.小さなお茶会
ライルたちとの畑仕事を終え、私はイザベラ嬢とのお茶会に備える。
他に誰もいない小さなお茶会。ここで私は彼女から、淑女として相応しいマナーや貴族的な言い回しを学んでいた。
帝国流ではあるけれど、ファティシアとそう差があるわけではない。
もちろん詩的な言い方は違うけどね。詩的な言い方は、側妃のリラ妃とカレンティーナ……カレン妃に教わることになっている。
「……そういえば、シュルツ卿とはお会いになりましたか?」
「兄ですか? ええ。なにかウキウキした感じでしたわね」
「ウキウキ……?」
「ええ。ウキウキしておりましたわ」
ウキウキするような話をしただろうか? 私は思わず首を傾げてしまう。
シュルツ卿とした話は、トラット帝国が聖なる乙女を探していることや本当はファティシアに進軍したいことなどなど……。それって言っても大丈夫なの? と言う内容ばかりだった。けしてウキウキするような話はしていない。
「……兄が、なにかしまして?」
「したわけでは……」
「ですがなにか疑問に思うようなことがあったのでしょう?」
イザベラ嬢はにこりと微笑む。正直に話すべきか、それともこれは試験的な何か、だろうか? シュルツ卿の妹であるイザベラ嬢なら信頼はともかくとして、信用はできる。
私が下した判断は――――
「いいえ。なんでもありませんわ。きっとシュルツ卿にとって実りのある会話だったのでしょうね。ライルたちもいましたし」
「まあ、そうなんですね?」
「……そういえば、面白い話を聞きましたの。トラット帝国にも聖なる乙女、ファルティシーア様のお話が伝わっておりますのね」
シュルツ卿の言葉を言葉通りに伝えない。婉曲な使い方をするにしても、一人で判断をするのは危険。もちろんイザベラ嬢がレナルド殿下の意思に反するようなことはしないだろう。
だけどそれと私たちのお茶会は話が別だ。
私たちのお茶会は、貴族社会で私がいかにうまく立ち回れるかの練習。
子供の頃のようにただみんなに守られながら、好き放題していてはダメなのだ。したいことをする。今の私にはその行動に、小さい頃よりも重い責任が伴うのだから。
だからこそ、イザベラ嬢に聞くならこの話が安全である。と判断した。
「ああ、そういえば……ファティシア王国は聖なる乙女ファルティシーア様から名付けられたのでしたね」
「ええ。聖なる乙女に感謝して、名をいただいた。と聞いております」
「そうなのですね……ファティシア王国が守られているのは、そのせいなのかしら?」
「守られている、ですか?」
「兄はあまり詳しい話をされなかったかしら?」
私はそこでまた迷ってしまう。シュルツ卿が嘘を言うとは思えない。だけど聖なる乙女が自ら命を絶った、という話をそのまましてもいいのだろうか?
その迷いにすかさずイザベラ嬢がダメ出しをしてきた。
「姫殿下、質問を返す度に言葉をつまらせては意味がありませんよ?」
「そ、それはわかっているのだけど……」
「私に兄の質問をしたのであれば、返答も考えてなければいけません。そしてその返答に対する答えも。なんとなく、で会話をするものではありませんわ」
「……ごめんなさい」
「そこで謝るのも良くないですわね」
はあと小さく息を吐き、イザベラ嬢は扇子を顔の前に広げる。その仕草にまた何かしてしまっただろうか? と心配になってしまう。
「それ、ですわよ」
「えっ?」
「何のための扇子ですの? 答えに困ったなら扇子で口元を隠すためでしょう? 困ったからと言ってそのまま困った表情で首を傾げては相手に情報が筒抜けです。ああ、困ってるんだな、と」
「そ、うね。わかったわ」
自分用に新しく作ってもらった扇子をぱらりと広げる。
これは普通の扇子と違って、ほんの少しだけ重い。親骨のところは鉄でできているのだ。不埒者に遭遇した場合は、これで面を叩くと相手が怯むらしい。らしいというのは、試したことがないからだ。絶賛訓練中、である。
扇子は精神的にも、物理的にも私の武器として側に置いておかなければいけない。
「さて、ではお話の続きです。聖なる乙女のお話を、どこまで聞きましたの?」
もう一度、イザベラ嬢に問いかけられる。私は口元を扇子で覆うとにこりと微笑んでみた。
目元だけ笑っていれば、口元がどうなっていようとわからない。そこから感情を読み取るのは難しいのだという。だが目が泳いでは意味がないので、相手の喉元辺りに視線を向けながらだが。
「私は、あまりトラット帝国での聖なる乙女の行動に関しては詳しくないのです。シュルツ卿のお話も……」
「まあ、そうでしたのね。とはいえ、聖なる乙女の話は我が国ではタブーに近いのです」
「タブー? あら、どうして? 聖なる乙女の偉業は称えられるべきでは??」
「それは……我が国が聖なる乙女を失ってしまったからですわ」
「失った……? そもそも、聖なる乙女は聖属性を持つ者を指しますが、聖属性の者がいないということかしら?」
シュルツ卿からの情報を織り交ぜながら、私はイザベラ嬢に問いかける。そしてイザベラ嬢は私の問いに首を振った。
「そうではありません。事実として、失ったのです」
「失った、それではまるで……トラット帝国のもののようですわね?」
思わずそういうと、イザベラ嬢は「その通りですわ」と頷く。
意味がわからない。聖なる乙女には恋人がいたときく。それなのにトラット帝国のもののわけがない。
「聖なる乙女は、トラット帝国の前身であるトラット王国の国王と婚姻を成しました。ですのでトラット帝国のもの、と言っても差し障りはないかと」
「……なるほど。そういう解釈ですのね」
「ええ。そうですわ。ですが……トラット帝国には、聖なる乙女以降、聖属性を持つ者が現れません」
「どうしてでしょう?」
「理由までは……私にはわかりかねます」
にこりとイザベラ嬢が笑う。シュルツ卿が話したことと、似通っているし……そもそも前身のトラット王国としては無理矢理でも「結婚した」と言う事実がある。
現在のトラット帝国が聖なる乙女を自国のものとして扱うのは、トラット帝国らしい考えだ。
パン、と手を叩かれ私は手に持っていた扇子を閉じた。
今日のメインのお茶会はこれで終了、と言う合図。私は大きな吐息をついた。
「まだまだ継続が必要ですわねぇ」
「そうね、本当に難しいわ……」
「ですが、兄の話をそのまま私にしなかったのは及第点かと」
「そこはやっぱり、ちょっと不味いかしらって思ったのよ」
「そうですわね。兄の言葉は……レナルド殿下の言葉である、というのはそうなのですけど。ですがそれをそのまま受け止めるのも問題ですわねぇ」
「やっぱり、アレはなにか試したのね?」
そういうと、イザベラ嬢は肩を竦める。
やっぱり試していたのか……もしかしてイザベラ嬢とのお茶会があることをわかっていて? いや、知ってて当然かも。兄妹だものね。そんな話をすることもあるだろう。
むしろ情報として渡していてもおかしくはない。私への優位性とか、そんな感じで。
あとあとどう効いてくるかわからないものね。私の弱みとか握れたら、自国に有利になる可能性だってある。
レナルド殿下が、もしも私を使いたいなら……自国のためではあるだろうが。そこだけは、信じていいと思うのよ。
彼の行動は、肥大したトラット帝国をどうにかするためであると――――
「ところで、本当に聖なる乙女を自国のものだと思っているの?」
「ええ。それは本当に。何せ無理矢理婚姻を結んだのだもの」
「でも……」
「恋人がいることもわかっていてよ。禁書に書かれているから……」
「禁書に書かれている、ということは……一般的な人は知らないってこと?」
「そうですわね。我が国にはファティシア王国のように、聖なる乙女を祀る神殿もありませんし……一般的な人々は聖なる乙女自体を知らないのです」
「知らない? じゃあどうして聖なる乙女を探しているの??」
「それには理由があるのですよ。大半は兄が話しましたが……」
つまりシュルツ卿の話は、本当と言うこと。だがそれ以上に理由があるということかしら?
私はイザベラ嬢に話の続きを促した。
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1000年前にトラット王国で命を散らした聖なる乙女一行のお話です。
「どうも、バッドエンド確定の聖なる乙女一行です!」
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