246.騎士の襲来 4
聖なる乙女は、清らかな心の持ち主だった。
聖なる乙女は、沢山の人々を癒やした。
聖なる乙女は、沢山の土地を浄化した。
だけど聖なる乙女は最後に呪いを残して去った。
自らの罪に気づかぬ、愚かな民に。呪いを残して、愛する者の元へ逝ったのだ。
だから聖なる乙女は―――― 現れない。
哀れで愚かなトラットの民を助けることはしないのだ。
それがレナルド殿下を初めとした、シュルツ卿たちの大まかな考えらしい。
もちろん誰かに助けてほしいわけではない。だが愚かな行いをしたのは、過去の王族であり民である。今を生きる者たちに罪があるのだろうか?
とくにトラットの民は王侯貴族たちによって苦難を強いられている。
併合された国々の民はそれ以上に。重い税や、奴隷制度。人を人とも思わぬ扱いは、トラット帝国中で目にする行為。
「それにしても、不思議な話よね。聖属性持ちは併合された国にもいたのでしょう?」
「ええ。もちろん。どちらかというと、いたから攻め落としたわけですし」
「その人たちはどうしたの? そもそも、差しだすように交渉しなかったの??」
「したんですがねぇ……なぜかトラット帝国に来ると使えなくなるのですよ」
「そんなことあるの!?」
「だから呪いなんですよ」
呪い、呪いか……呪いという単語に、思わず自分の手首をさすってしまう。
急に消えた印。それは呪いが解かれたことを意味している。あのレイランの術者、アイゼンは……もう生きていないだろう。詳しいことは教えてもらえなかったけれど、それでもあの男が私への呪いを簡単に解くとは思えない。
呪いを解く方法は多くないのだ。解呪にはとても時間がかかるし。
ラステア国で解呪できる術者はアイゼンだけだった。
聖属性を持つ者。その印。今もそのままだったら、そう思うとゾッとする。
トラット帝国がずっと聖属性の持ち主を探している理由はわかったけど……本来の力とだいぶ乖離している。いや、期待値がそのまま探す理由になったとも言えるか?
その力を詳しく知らなければ、勘違いするのも当然だものね。それにしてもトラット帝国に行くと聖属性の力が使えなくなるのなら、私もそうなるのだろうか??
「……聖属性が使えなくなった人たちは、その後どうなったの?」
私がそう尋ねると、シュルツ卿は自分の首を手でスッと切る動きを見せた。それは殺されたことを意味する。
騙された、そう思ったのだろうか?
「まあ、我々には確かめようもないですからね」
「それは、そうかもしれないわね……」
「ただでさえ希少な聖属性持ちですからね。その辺をぺっぺか歩いているわけでもありませんし」
「そ、そうね?」
「つまり本当に聖属性持ちなのか、それとも本当に偽物だったのかも判別が付かないんです」
「それって……実は聖属性はトラット帝国内にいるかもしれないけど、みんな隠してるってこと?」
「可能性はありますよね」
「でも魔力持ち自体が珍しいのでしょう?」
「そうなんですよねぇ」
シュルツ卿は難しい問題ですよね。と話す。そもそも皇帝が求めている聖属性持ちと、実際の聖属性持ちの認識の違いが「いない」とされてるのではないか? というのだ。
「それだと呪いはないことになるわね?」
「そもそも論なんですが、死んだ人間に何ができるんでしょうか?」
「え?」
「僕は死んだ人間よりも、生きてる人間の方が恐ろしいと思いますよ」
「私はどちらも怖いと思うけど……」
「生きてる人間は死んだ人間を恐ろしい、怖いと思う。その思い込みが、トラットに呪いを生み出したのではないかと考えているんですよ」
可能性は無限大だ。私はシュルツ卿の言葉に唸ることしかできなかった。
***
呪いだなんだと話をして、シュルツ卿はまた王城に戻っていった。そろそろイザベラ嬢が戻ってくると。つまり私たちはシュルツ卿の暇つぶしに使われたのだろう。たぶん。
そうでないと、彼の話した諸々はどうにもこう……こちらに課題を出しているようにしか思えない。今のトラット帝国はこんな感じです。レナルド殿下はこう考えています。さて、これを聞いて貴女たちはどう動きますか? と。
聖なる乙女の件もそう。私に対して、なにか示唆しているのだろう。
私なら、軽率に動きそうだとでも思っているのかもしれない。腹立たしいことに、あまり否定はできないのだけど。
「……シュルツ卿って、よくわからない方ですね」
「そうね。神出鬼没だし」
シャンテの言葉に同意すると大きな吐息をつく。ラステア国にいるときからそうだった。
彼は本当にわけがわからない。でもシュルツ卿が動く、その先にいるのはレナルド殿下だ。レナルド殿下の指示以外でシュルツ卿が動くことはないのだから。
そんなことを考えていると、ライルはあの話は信じてもいいのか? と聞いてくる。ライルもトラット帝国がファティシア王国を狙っているが、手を出せない。という話を聞いて思うところがあるのだろう。
「そう、ね……たしかにレナルド殿下自身はファティシアに手を出すより、自国内をなんとかしたいって感じよね」
「でも皇帝と皇太子の考えは違うだろ?」
「そうよ。カーバニル先生が、今の皇帝陛下は温厚な人だと言っていたけれど……シュルツ卿の話し方を見ると、そうじゃないみたいよね」
「内部分裂、起こしそうなのかな……」
「どうかしら? それこそ、私たちにはわからないわ」
シュルツ卿が、実は明日にでもクーデターを起こすんです。とでもいえば別だけど。まさかそんな話が出てくるわけがない。そもそもクーデターを起こす前日に、ファティシアにいるわけもないわね。
「なんかさ、子供の頃は子供の頃で周りが色々してるの大変だなって思ってたけど……大きくなってもやっぱりできることは少なくて、大変なのだけ増えるんだな」
「そうね。私たちまだまだできることは少ないわね」
「頑張ってるんだけどなぁ……」
「できることから、少しずつ積み上げていくのが大事なんですよ。畑の世話だって一朝一夕ではいかないでしょう?」
いつの間に戻ってきたのか、この中では一番の大人。ベルが私たちにそう教えてくれる。
急いてはダメなのだと。
「急いじゃダメなの?」
「そうですよ。間違えを見落としたり、気づかないで通り過ぎたり……後戻りできない時に気が付いたら大変でしょう?」
「それは、そうだな。でも、ゆっくりすぎてもダメなんだろ?」
「そうですね。急がなければいけないときも、ときにはあるでしょう。だからみんなで協力して、助け合うんですよ」
畑は土地を均すだけではダメで、畝を作る必要がある。それに種を撒く必要もあるし、間引く必要もある。水を撒くのも、雑草を抜くのも大変だけれど、みんなでやれば早く終われるでしょう? そうベルは静かに語った。
「国も、同じなのかな……」
「私はただの花師ですから、国の上のことはよくわかりません。ですがみなさんが努力をして、税の調整や法整備だけでなく、各土地の整備もしてくださるでしょう?」
「そうだな。法だけがあっても、意味ないもんな」
「もちろん大事なことですけどね。それに読み書きだって出来なければいけません。今は地方都市だけでなく、農村部にまで分校があるそうですよ」
食糧自給率の向上。それと並行的にお父様は識字率の向上をすべく、各領地に学校を作るように指示をだしていた。フィラスタ伯父様が考えていた政策の一つだといっていたが、食料自給率が上がったからこそ、学校が作れたとも。
余過剰分を他国へ輸出することで、学校を作ることに補助金が出せるようになったのだ。
ファーマン侯爵からの提案で、昼食の無償提供もしている。年齢は下は7才から上は上限を決めずに。文字が読めなくて、契約内容がわからず損をする……そんな大人もまだまだ多いから。
ファティシア王国は、前に向かって進んでいる。
だからこそ、この国を脅かす脅威は放っておけない。ただその為にすべきことは、私一人で悩まないこと、だと思う。
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