245.騎士の襲来 3
「――――そんなこと、いってしまって良いの?」
ぽろりと出た言葉に、シュルツ卿は小さく頷いた。
いやいや、どう考えてもそんな台詞を言っていいわけない。ファティシア王国を狙っているだなんて……しかも私たちはファティシア王国の王族だ。
それにシュルツ卿はレナルド殿下の側近。この話がお父様に伝われば、食料の援助を停止するかもしれないのに。危険だと思わないのだろうか?
「そんなこと平気で口に出すってことは……単純にファティシアが事を構えることはないって踏んでるんだろ」
「そうですね。トラット帝国がファティシアを狙っているのは周知の事実。とはいえ、それと手を出せるかは別問題です。なにせ条約を結んでますし」
「条約を結んでるから手を出さない、ってだけじゃないんだろ?」
「ええ。ファティシア王国は今でこそ、戦争の経験がない世代になってしまいましたが……昔はかなりお強かったんですよ? だからこそ、条約を結ぶしかなかった。それになぜかファティシアに戦争を仕掛けると、トラット帝国内で色々もめ事が起こるので」
「もめ事……?」
なんだかとても含みのある言い方だ。ライルもそう思ったのか、警戒した猫のような表情を見せている。
「簡単に言いますと、内乱が起こるんです」
「内乱……? 吸収した領土で反乱が起こるってこと??」
「ええ。基本的に他国に戦を仕掛けるときは、自国内がそこそこ安定しているときに行います。理由はわかりますよね?」
「他国に戦争を仕掛けている間に、後ろから身内に弓を引かれないためでしょう?」
「その通りです。ですので、国内に残す者もそれなりに厳選します。しかし……なぜかファティシアに戦を仕掛けるときは、それが上手くいかない。もちろん毎回そうだというわけではありませんが」
「あ、そういえば前に聞いたことあるかも……」
ぽつりとリーンが呟く。
その昔、聖なる守護者が現れたときは戦争の真っ最中であった。
そこにスタンピードが襲来。両軍入り乱れる様相に一筋の光が徐々に大地を覆っていったそうだ。聖なる守護者の誕生の瞬間、とも言われている。
「ええ、その話はトラットでも残ってますね。聖なる守護者の力が覚醒して、スタンピードを鎮めたと。そして勢いづいたファティシアに押し戻され、トラットは撤退したのです」
「聖なる守護者の有名な話ではあるけど……戦時中だとは知らなかったわ。私が知っているのはスタンピードを鎮めた話だもの」
そういってライルたちを見た。リーン以外が小さく頷く姿にホッとする。
よかった。私が勘違いしていたわけじゃなかったみたい。でもリーンの話も本当のことみたいだし、なぜ逸話が正しく残っていないのだろう?
「これ、騎士の間では有名な逸話? として残ってるんですよ。俺も父上から聞きました」
「そうなの? なぜ他には伝わってないのかしらね??」
「戦時中というところがネックなのでは?」
「戦争中だとダメなの?」
「まあ、敵対している相手の怪我も治してますからね」
そういってシュルツ卿は苦笑いを浮かべた。そうか。聖属性の術式が大規模に発生していたら、敵も味方も関係ないわね。
私だってピンポイントで治せるか、といわれたらまず無理だもの。魔物を排除し、土地の浄化、そして味方の治癒を目的としていたら尚更だ。
本来なら敵味方関係なく癒やしたのであれば、誇れる話ではあるのだろうけど……そこで戦争が止まればいいが、止まらないのであれば余計なことをしたと思う人がいてもおかしくない。沢山の人命を救っても褒められるだけではないのが戦争、ということか。
「騎士の中でだけ残ったのは、彼らがとても感謝したからなのね」
「そうでしょうね。前線で戦う者は魔物も敵も同時に相手をしなければいけないでしょうから。そしていくら上の者が鼓舞したところで、戦意喪失した者は前線に戻れません」
「だからトラット帝国は引いたの?」
「戦えない者ばかりでは、戦争を続けるのも大変ですし……それに逃亡者も出たでしょうからね」
「そう……」
「そんなわけでトラット帝国内では、ファティシアに戦争を仕掛けるのは得策ではない。ということになったんです」
「だから条約を結んだのね」
そんな経緯があったとは思わなかった。でも条約を結んだのは一〇〇年以上前のはず。
当時、戦争を経験した人たちは当然ながらいない。
つまり、トラット帝国が再びファティシアに手を伸ばす可能性は大いにある。
アリシアの話の中であった、私がトラットに嫁がされる理由。それはトラット帝国が流行病で疲弊したファティシアに戦争を仕掛けようとしたから。
もしも、私を嫁がせずに開戦されたなら―――― ファーマン侯爵領が一番最初に狙われる。それからフィルタード侯爵領、王都、となるだろう。
でもファーマン侯爵は大事な愛娘をライルの断罪によって亡くしている。王家への忠誠を保てるかしら? それにフィルタード侯爵家はトラット帝国と密かに手を結んでいるはず。
つまり王都へ進軍するのはとても楽になってしまう……?
逆に時間稼ぎに私を嫁がせ、何某かの交渉を開始する。聖なる乙女がそのまま正妃になれば、さすがにトラット帝国も正妃を寄越せとはいえないはず。
もっとも属国になってしまったらその限りではないが。
フィルタード侯爵家はライルを王位に付けたい。トラットと手を組むのは邪魔な他の王族や貴族家を追い落とすため? それとも、ライルすらただの駒なのだろうか??
なかなか難しい話になってきたわね。
うーん……と唸っていると、さすがに直近で戦争を仕掛けるような真似はしないとシュルツ卿はいう。
「でもそれって……レナルド殿下の意見でしょう?」
「そうですね。ですが、戦争が始まればレナルド殿下が出陣されるのは確定なので」
「そうか……連戦連勝しているものね。勝てる将をだすのは当然だわ」
「それもありますが、うっかり負けたら責任をなすりつけられますし……戦争で死ねば儲けもの、と思われてますので」
「……トラット帝国って本当に身内でも争っているのね」
「ええ。魔窟ですから」
ニコニコと話しているが、そんな場所で生活するのは私だったら御免被りたい。
小さい頃の私の生活が可愛く思えてしまう。アレはアレで楽しくもあったけど……今思うと、やっぱり普通の生活ではなかったわけだし。
「それで、どうして戦争を仕掛けるような真似はしないの?」
「簡単ですよ。今、ファティシアに手を出したらトラットが勝てないラステア国が介入してきますからね」
「それは……そうかもしれないけど」
「今ファティシアではラステア国と同じポーションの法整備がなされています。たとえ聖なる乙女が得られなかったとしても、トラットからすればポーションは喉から手が出るほど欲しいものです」
「でもラステア国がそれを許さない?」
「はい。ラステア国にとってもファティシア王国は重要な位置付けにあると思って大丈夫ですよ」
たとえ戦争に不慣れなファティシア王国がいたとしても、戦いに慣れたラステア国が参戦したのなら戦況は一変する、とシュルツ卿は肩を竦めながら言った。
たしかにラステア国はとても強いものね。私も第五騎士団に顔を出すことはあるけれど、人数も訓練の仕方も全然違った。ラステアの人々は人も魔物も対応すべく訓練をしているそうだ。
一応、ファティシア王国の第一から第三騎士団は対人を想定しているけれど……
ラステア国の人たちには敵わないだろう。魔物討伐を専門にしている、第四と第五騎士団でギリギリ均衡を保てたらすごいといった感じだ。
「まあ戦争なんてするものではありません。それに―――― 聖なる乙女は、きっとまだ……トラットを許してはいないでしょうからね」
「トラットを……許していない?」
「だからこそ、トラットが吸収した領地は痩せ細る一方なのですよ」
「でもそれは……税金が重いとか、そういうのもあるんじゃないかしら?」
「聖属性持ちもそうですが、魔力持ち自体も減ってますからね。むしろ呪いといってもいいぐらいです」
「呪い……?」
聖なる乙女は、トラット王国に呪いを置き土産に去ったのだ。
そしてその意味をトラットの民は考えなかった。だからこそ、欲は消えることなく常に飢えている。
それがトラット帝国の真の姿だとシュルツ卿はいった。
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