244.騎士の襲来 2
無償で与えられた物に人は固執する。
有料であれば自分では無理なのだと諦めるか、得るために努力するか、もしくは奪うか……人は状況によって変化していくだろう。
「癒やすという、形には残りにくい言わば無償の愛を与えられ、それを奪われようとしているのです。抵抗したくなるでしょう?」
「そこを上手く国王が煽ったのか……」
「ええ。聖なる乙女は王妃になることもできました。ですが、愛する人がいたためにその申し出を断った。そして自分たちは困った人々を助けるために、旅をしているのだと」
「自分たちはまだ困っているのに? ってことね……気持ちは、わかるけど……」
「人はどうにも欲深な生きものですからね」
シュルツ卿の沈んだ表情に、ライルたちも悲しそうな表情を浮かべている。
しかし、どうしてシュルツ卿は禁書にもなっている話を私たちにしたのだろうか? 彼ほどの人であれば、話す内容にも意図があるはず。
「それで、その後はどうしたの? 聖なる乙女は自害してしまったのでしょう??」
「はい。そのあとは……まあやはりといいますか、王家への求心力は落ちました。なので王家は聖属性を持つ者を探し出そうとしたのです」
「聖属性持ちを? 探し出すって……もしかして、聖なる乙女の身代わりにでもするつもりだったの??」
「その通りです! ともかく必要なのは、慈愛によって人を癒した聖なる乙女。同じ聖属性をもっていれば、誤魔化せるでしょう?」
「誤魔化せる……のか? それ」
ライルの言葉に私も頷く。だって聖なる乙女はもの凄い魔力量があったからこそ、沢山の人たちを癒やすことができた。彼女と同レベルの聖なる乙女―――― つまり聖属性持ちで尚且つ魔力量の多い人は当時でも希だと思う。
今だって聖属性持ちで魔力量豊富な人は殆どいない、はず。私と、ヒロインくらいではなかろうか? ただヒロインの魔力量がどのくらいかは見当も付かないけど。
そもそもヒロインが登場するおとめげーむ? の中と、現実は違う。
単純に聖属性の力を使えば万事解決ではないのだ。昔のトラットのように。
「誤魔化せたか、誤魔化せたなかったか、でいうのであれば……未だ聖なる乙女が現れない我が国の現状をみるとわかるでしょう?」
「えっ?」
「トラット王国が帝国になったのは、他国を侵略したから。これはご存じですね?」
「そうね。トラット帝国はとても強大な力を持つ軍事大国だわ」
「これは聖なる乙女を探し続けた結果なのですよ」
「……聖なる乙女を探すためだけに、他国を蹂躙していったの!?」
そんなことするより先にやることがあるのでは!? 思わずそう叫ぶと、シュルツ卿はキョトンとした顔をしたあとに「ふっ」と吹きだした。
だってそうじゃない? 希少な聖属性持ちを探して他国を蹂躙する暇があったら、自国の内政を整えるべきだ。ただでさえ王家への求心力が減っているのだから。
シュルツ卿は暫くの間、肩をふるわせながら顔を伏せていた。
そんなに変なこと言っただろうか? それともトラット王国の時代から、なければ奪えば良い! って考えなのかしら??
「いえ、そう。そうなんですよ。ふふふ……いやあ、姫君はやはり面白いですね」
「……ぜんっぜん褒められている気がしないわ」
「そんなことありませんよ。とても褒めてます」
いや絶対に褒めてない。面白がっているだけだ。
憮然とした表情を浮かべ、未だ笑っているシュルツ卿が持ち直すのを待つ。チラリとライルたちに視線を向ければ、サッと視線をそらされた。なんでよ!!
「いやあ、本当に……」
「本当に、何です?」
「姫君のような方がいらっしゃれば、トラット帝国も帝国と呼ばれるほど醜悪に肥大化したりはしなかったでしょうね」
「――――まるで、領土拡大が悪いことみたいだな」
ライルの言葉にシュルツ卿は肯定も否定もしなかった。
ただ意味のないことではあった、とぽつりと溢す。
「意味のないこと、なのね」
「少なくともレナルド殿下はそうお思いですね。僕もそう思います。大きくなりすぎた。管理も行き届かず、飢える民の多いこと。本来なら侵略した国々の民も帝国の一員なのです」
「……そういえば、レナルド殿下はお父様に食料の援助をお願いしていたわね」
「ええ。よ過剰分を。おかげさまで殿下の民は命拾いいたしました」
「そう……」
「あとは……魔力過多の畑が沢山作れれば良いんですけどね?」
シュルツ卿はいつもの調子で笑いかけてくる。たしかにトラット帝国の人たちは可哀想だと思う。思うのだけど、結局それを引き起こしたのはトラットの人たちなのだ。
もちろん過去の負債を今の人たちが背負う必要はないと思う。
だけど誰も皇帝陛下を諫めない。だからこそ今のトラット帝国ができあがってしまった、とも言える。そこに私が手を貸すのは違う気がするのだ。
そりゃあ心ある人もいたかも知れないけど…… 現状のトラット帝国は他国を蹂躙して、拡大を続けている。聖なる乙女を探すために。
「……あの、何故聖なる乙女を探し続けているんですか? もうだいぶ昔の話ですよね??」
シャンテが恐る恐る、といった風にシュルツ卿に尋ねた。
たしかに。ファティシア王国の建国から考えても、聖なる乙女は千年ぐらい前の人。その間、ずっと聖なる乙女を探し続けていた理由は何なのかしら?
そこまで経ってしまうと、最初の目的すら忘れ去られてそうなのに。
「一つは、象徴として欲しい、でしょうか。あとは聖なる乙女なら、命を長らえさせてもらえると幻想を抱いているのです」
「象徴はわかりますが……命、ですか?」
「ええ。トラットでは聖なる乙女は死にかけた者すら救った、とありますので」
私たちはお互いに顔を見あわせた。聖属性に寿命を延ばすような力はない。
あるのは高度な癒やしと魔物や土地を浄化する力、だ。
聖属性という希少な力ではあるが、多少なりと使える人はファティシア国内に何人もいる。
属性持ち、という全体のパーセンテージからすれば1%ぐらいだろうけど。
でも命を延ばすなんて、そんな力はない。それは誰しもが知っている。
人には寿命があり、その寿命によって天に召されるのだから。
「それ、ただ単に死にかけていたのが聖属性の治癒力で治っただけだろ? 別に寿命を延ばしたわけじゃない。いや、ある意味伸ばしたともいえるけど……」
「まあ、そうでしょうね。僕も寿命を延ばすだなんて思っていません。そもそも人の命は人それぞれ違っていて、大怪我で死ぬ者もいれば老衰……歳を取って召される人もいるでしょう?」
「そうだな。怪我が治らなければ、その時に死んでいたかも知れないけど……怪我しなければそもそも早く死ぬことはなかった。ってだけだし」
ライルはそういうと、うーんと唸りだす。ファティシア王国とトラット帝国の聖属性に対する認識の違いに納得がいかない、といった感じだ。
私からすれば、それは祈りに近いものではなかろうか? と思ってしまう。
死に直面した人間の、もっと生きたいという祈り。それを聖なる乙女が叶えた。
だからこそ、トラット王国の国王はその力を手元に置いておきたかったのだろう。
城に閉じ込めることができた、というのであれば―――― 彼女は王城に行ったはず。
つまり国王の病を治したはずなのだ。
またいつ病に冒されるかもしれない。もしかしたら、暴徒化した民衆に襲われる可能性もある。国力の下がった国を立て直す、ということは大変な労力がいるものだから。
聖なる乙女は、彼女は国王にとって一筋の光。
彼女がいれば全てが上手くいく。そう考えたのかもしれない。
現実は、彼女は自害し……どんなに探しても聖なる乙女の代わりになる人は現れなかった。そして聖なる乙女に対する執着だけが残ったのかもしれない。
「聖属性の人って、全く現れなかったの?」
「全く、と聞いていますね。いないからこそ、ずっと探しているのですし……」
「ファティシア王国には、候補と呼ばれる聖属性持ちがいるわ」
「ええ。存じてます。ですから、トラット帝国はこの国を欲しがってるんですよ」
あっさりといわれてしまい、その言葉の真意を探る。
しかしシュルツ卿はいつも通り笑っているだけだった。
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