005 ネーミングセンスを疑われる
「職業選択の時にコレを出しなさいよっ」
嫁さんはダンジョンコアを思いっきり地面に叩きつけ、ダンジョンコアはコロコロと転がる。それ、俺たちの生命線かもしれないからもっと慎重に扱って欲しいと思うと同時に嫁さんの気持ちは本当によくわかるので、何も言えなかった。
職業、スキルを選択する時にもしコレがあればもっと違う選択を選んだかも知れないというのに。地雷とされる職業やスキルを避けたりとか、希少すぎるモノを避けたりとか。世界が違えば常識が違うなんて、当たり前な話だ。この世界の情報を最初にまず寄越せよと言いたくなる。
手に持った『この世界について』と書かれた本の表紙をめくるとそこには何やらカードのようなモノが2枚入っていた。なんぞ、これ? 栞? まぁ今は置いておこう。その場に座って嫁さんと一緒に中身を読み始める。
『この本は日本から召喚されてこの世界にやってきた聖女である私が、事前知識の一つも無しにこの世界に訪れるかもしれない同胞の為、この世界の住民が理解出来ないように日本語で書いているわ』
冒頭に書かれている文章を読むに、俺たち夫婦を保護した神の一部となった聖女が日本人の為に残した本のようだ。この世界の住民には理解できないように日本語で書いてある。というのは、どういった理由かはっきりとわからないが、この世界の住民、現地民に知られたくないことが書いてあるということか?
『そしてこの本は、私は死後、どうやら聖女神の一部になるらしいから、それを利用してどうにかして日本人が召喚されることがあれば、この本をその被害者の元へ渡るようにしているわ』
「ならもっと早くこの本を寄越しなさいよ!」
どういう仕掛けかわからんけど、実は教会とか聖女神を祀っている神殿のような場所にこの本が安置されていて、俺たちがこの世界に現れたのをトリガーに転移してきたのかね? で、職業やスキルを選んでいたあの空間はあくまで神域であって人の領域ではないから。とかそんな理由かね。
『最初のページに挟んでいたのは身分証よ。ゲームとか小説でよく出てくる冒険者ギルドで作るギルドカードよ。身分証があると街の出入りがスムーズになるから持っておいた方がいいわ』
冒険者ギルドのギルドカードねぇ。もう、本当にゲームとかラノベに出てくるような設定ものだね。それが身分証を兼ねていると。こんな栞みたいなカードがねぇ? カードの両端を持って力を入れると、少し曲がり、引っ張っても伸びない。どんな素材で作られているのやら。
『冒険者ギルドは設立の時に、神々の介入があって明らかに技術レベルのおかしいモノが作られているの。その一つが冒険者カードで、一度登録するとそこに戦績や犯歴、消化クエストのデータが蓄積されていくわ。だから、そのカードを読み取れば犯罪者かどうかすぐにわかるわ』
神々の介入があって、って何があったのやら。このカードで街の出入りが簡単になるのはいい。けれど、犯罪を犯せば履歴が残る。か。その犯罪っていうのが何をさすのかな。所によって常識も違えば、罪とされることも違うだろうに。
『殺人、窃盗、放火、強姦は記録がその行為を行った時点で残るわ。他の犯罪は記録に残らないけれど、街の出入りに使えばその履歴が残るのは注意が必要ね。でも、普通に生きていれば罪を犯すことなんてないと思うわ』
「役に立つのか立たないのか微妙にわからない説明ね」
「でも、これを使わずに街の出入りをする方が目立つだろうな。持たずに何度も出入りをしていたら犯罪者として疑われそうだな」
別に殺人などの罪を犯すつもりはないが、こう、街を出入りした記録が残るっていうのは監視されているようで・・・・・・というか、監視か。カードを使わずに街の出入りでもしたら、それはそれで記録として残されて面倒くさそう。
「そもそもモンスターも居るような世界だったら、街の出入りをする人間なんて限られているでしょ。なら目立つに決まってるじゃないの」
「やっぱりそう思うか。まぁ、案外最初訪れたときだけチェックして門番と顔パスになったらカード見せるだけだったりしてな」
「それ、意味ないじゃない」
その辺りは実際に街に行ってみないとわからないし、街によって違うだろうな。もしかしたら、冒険者なんていう胡散臭い奴ら相手に作る身分証だからこそ、管理する為につけられている機能なのかもな。他の身分証はそこまでの機能はないかもしれない。神の介入があったからこその冒険者ギルドで、冒険者カードがあるんだろうし。
『カードの登録は、汚いと思うかもしれないけれどカードを持ちながら血でも唾液でも、とにかく体液を一滴程度垂らせば登録完了するわ。その時になんか、奇妙な感覚がすると思うわ。カードに何か吸い取られているような、そんな感覚。それは魔力の動きだから覚えておくと、魔法を習得する時に楽になるわ』
ここ、俺たち夫婦以外誰もいないからカードを登録する時に吸い取られる魔力の動きを覚えて、それでどうにか魔力を知覚して魔法を覚えろと。難易度高くないか? ソレ。
『この世界では誰でも魔力を持っていて、私の知る限りにおいて召喚された時点で魔力を多かれ少なかれ得るわ。いわゆる魔法使いとして大成出来るかどうかはわからないけれど。それとこのカードはレベルは分かってもゲームでよくあるステータスなんかは表示されないから。数値がわからないから、前衛向きなのか後衛向きなのかわからない辺り不親切なのよね』
「うわ、役に立たね、ソレ」
「ステータスを知る方法はないのかしら」
ステータスは確かに知りたいけど、他人と比較出来ないと数値がわかった所で高いのか低いのかもわからないよな。レベルだけ高くても、数値が低いっていうパターンもあるんだろうな。
「とりあえず、登録するか」
「そうね」
俺たちは冒険者カードを手に持ち登録作業を行った。おおう、カードに何かが吸収されたような感じがする。その感覚は唐突に終わるとカードにレベル1と表示された。名前は書かれていない。名前の欄はあったが、空欄になっていた。さて、本名で登録するのはどんな世界かもわからないからやめておいて、適当に何か考えるか。
「名前どうする?」
「適当にHNみたいなのにすればいいんじゃない? アナタ、自分で使う名前なんだから変な名前書いちゃ駄目よ? もし、変な名前にしたらわかってるわよね?」
「流石に何時もみたいな名前は使わんよ」
「正直に言いなさい。なんて名前にしようとしたの?」
嫁さんが目をつり上げながらこちらを見てくる。怖いの。いや、まだ考えているところなんだよ。普通っぽい名前をさぁ。
「も、もふもふ太夫」
瞬間、嫁さんに頭をすぱーんと叩かれた。痛い。咄嗟に良い名前が出なかっただけなんだ
「で? 何か言うことは」
「ごめんなさい」
あー、名前どうするかな。自分の名前だからなぁ。
「単純にソウヒで」
「・・・・・・。それならまだいいわ」
ふぅ、どうやら嫁さんから合格をもらえたようだ。
「お前は?」
「私はそうね、レイラにするわ」
「そうか。でも、まぁ、この本をもう少し読み進めてから名前は登録しようか。どこまでこの世界のことが書いてあるかわからないけど、名前に関しても書いてるかもしれないし」
「口に出した時点で勝手に登録されてしまったわよ」
あ、はい、そうですか。まぁ、名前ぐらい特に問題はないと思うけれどさ。名字があるのが普通なのか、無いのが普通なのか。ソレは知りたいんだけど。