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碧翠の使役士  作者: 白縫 綾
18/18

『赤は静かに鼓動を始める』

短いです。

 ――ある少女の話をしようと思う。


 彼女は、一人の少女であった。

 数多いる中の、たった一人だ。


 曰く、小さな女の子が自身一人で抱えるには重すぎるような、そんな謎を持っているという。そして実際、少女は普通とは違ったのだろう。

 純真でいながらも、その無邪気さの中に諦観を溶かしたような瞳は複雑な色で周囲(せかい)を見つめている。それが何よりの証拠であった。



 ……けれども、一方で。

 ぱっと見ただけなら、彼女は、髪や瞳の色こそ変わっていても、それを除いてしまえはばそれこそどこにでもいるような、普通の顔立ちをしている少女でもあった。



 だからこそ。

 そう、だからこそ、彼女は今までどんな風に生きてきたのだろうと、疑問に思うのだろう。


 年相応に見えることもあれば、そうでない時もある。

 諦観を塗りつぶすようにする、あっけらかんとした言動が目蓋の裏に蘇る。




 ――一体、彼女は何を思っているのだろうか。




 ……ある少年は、そう思い、考えた。

 考えに考えた末にふと、ある時、その答えを持っている自分に気づいてしまった。

 不思議な気分だった、と彼は思う。嫌な気持ちであり、けれども疑問が晴れたことによる心地よい感覚。相反した感情が同時に訪れる、気だるさの残る幸せ。


 ――それはきっと、諦めの中に潜む淡い期待。

 ――それはおそらく、仮初めの自分を信じたいと願う、希望。




 考えが似ているからといって、けれども少年が少女に喋りかけたことはない。

 視線が交わったことでさえもなかった。

 けれども、ただ、少年から言わせれば、する必要性は感じなかったのだろう。

 あちらがどう思っているかはさておき、まるで言葉を交わしたことがあるかのように親近感があったから。






 ああ、けれども。

 ……それならば、とまた、彼はふと思う。




 思いが同じであるのならば。

 親近感を抱くくらいに僕たちの根幹たるものは似通っていると、そう考えてもいいのだろうか。







 碧翠使役団、という所がある。


 そこでは使役士、つまりは竜の侵攻から街の人々を守る役目をする者が集う。

 大陸の中で最も繁栄している中央都市、そこから程近いグラール草原の中にぽつん、と。立派な建物が一つだけ、仲間はずれのようにあった。

 そこが碧翠使役団。

 更に言うなれば各地に散らばる他の三つをまとめる、いわば本部である。であるが――他の三つほどの支部については、この場では割愛することとする――そこはやはり本部と言わしめるだけの、充実した設備を誇っていた。

 その中の一つに、訓練場が入っている。




 使役士たちが単独で鍛練する時もあれば、使役動物(パートナー)付で対戦をしたり、時には対竜のために集団での連携を確認することもある。

 何でもホログラフィーという技術を使った仮想敵まで準備してあるらしいが、実体がないために残念ながら日の目を浴びることはなく、まあ、要は、というより端的に言ってしまえば――とにかく、充実しているのだろう。そして、広い。


 そんな訓練場ではあったが、その時いたのは少年一人きりだった。

 降り下ろす綺麗な構えはずっと、ひゅんっ、という風切り音をひっきりなしに響かせている。その周りには誰もいなかった。


 それは、人々の寝静まった夜夜中に彼の訓練が行われているからだった。

 長く続いた習慣は、竜の襲来が予期される状況にあっても変わることはない。



 少年はただただ槍を携え、一人で何かと戦うように腕を振るい続けていた。

 その顔が、苦しげに何かを振り払うような表情であることを除けば、姿は激しさよりもいっそ、美しさが際立った。

 足音でさえたっていないのだ。

 それがまるで、この光景が現実でないと言っているようで……けれども、残念なことに、それを知る人はいないのだろう。




 見ている人がいるならばこう言うに違いない、一体何故これ程の技術を持つ者が力を誇示せずにひっそりと、こうした鍛練を繰り返しているのか、と。

 少年にとっては、それこそがこの時間に鍛練することの理由になりうるのだと、彼らは知らない。







 空気を切り裂く音は終わらなかった。

 息はひとつも乱れず、彼が戦っている何か(・・)もまた彼の中では存在しており、そうである限りは戦いはひたすら続いていく。

 呼気は踊り、舞は苛烈をきわめ、見えざる戦いがより激しさを増す。


 静かだった呼吸はけれども時間が経てば次第に、切羽詰まったかのように荒くなっていった。



「っ、……はぁ、はぁっ…………!」



 どのくらい経ったのだろう。



 少年が大きく薙ぎの技をした後に、力が抜けたようにくずおれた。

 ぐっと歯を噛み締めて、どくどく言う心臓の音を聞きながら、歯の隙間から細く、息を吐き出していく。


 少年はその鍛練が終了した時、一人の男が音もなく彼に近づいていた。

 俯きぎみに地面を見詰めていた少年は睨みあげるように頭をひねり、視界に一人の男がいることを漸く、認めていた。


 元より少年は人の気配に敏感であったが、それでも数少ない例外――察知を掻い潜る者がいないわけではない。

 男の方もそのことに気づいたようで、肩を竦めて肩で軽く息する少年に声をかける。



「今日は長かったね、千草」



 舞原千草は今度こそきちんと振り返り、彼を見詰め――そして、泣きそうな顔でくしゃりと笑った。




サブタイトルについて。

『虹色』と合わせたものにしようと画策しています。

とりあえずは赤色から。




これを読んでくださった皆様に感謝の言葉を。

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