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その後

エリスとガリアスは、それまで暮らしていた国境の街を後にし、さらに西へと向かった。

サディアール商業国の中でも、最西に位置する、グルーリアという街に腰を落ち着けるためだ。


理由は単純だった。


もうーーサワンの見苦しい憤怒の表情を見て、満足できたからである。

そうなると、これ以上、あの国の人間に追い回されるのは面倒だった。


そのため、エリスの住んでいた国から一番遠いこの街へ移住することにしたのだ。


この街には、高難度のダンジョンがあり、それだけではなく、魔獣が多く生息する広大な森まで隣接している。

よって、この街は決して安全な場所とは言えず、常に危険と隣合わせの街だ。


だが、危険な街だからといって、寂れているわけではない。

むしろ、この街は広く、驚くほど活気に満ちていた。


ダンジョンや森から持ち帰られる魔石や、魔獣の毛皮や肉、ありとあらゆる素材を目当てに商人たちも集まり、街には自然と人が増えていった。


大通りには武器屋や食料品店、酒屋などで賑わっており、冒険者たちが今日の戦果を語り合う声が、あちらこちらから聞こえてくる。


「ガリアス様はこの街に詳しいんですね」

「ああ。何度も来ている」


街を歩けば、自然と目に入ってくるのは、ガタイのいい男女が多い。

全身を頑丈な鎧で固めた者もいれば、いかにも魔術師といった装いの者もいる。


ガリアスにとっては馴染みのある場所のようだった。

以前から、この街を拠点にしてダンジョンへ潜ることが多かったのだという。


エリスは、ふと足を緩めた。


「………?」


先ほどから、視線を感じる。

ちらりと周囲を見渡してみると、何人かが慌てて視線を逸らした。


………何かしら?


自分の服装を見下ろし、髪にも触れてみる。

何か、おかしいところでもあるのだろうか。


隣を歩くガリアスを見上げた。

「ガリアス様。私、何かおかしいですか?」


すると、ガリアスは、ほんの少しも迷うことなく答えた。

「いや。今日も可愛い」


「………」

エリスは絶句した。


あまりにもさらりと言われたせいで、返す言葉が見つからない。


ガリアスは何事もなく歩き続けている。

………今の言葉が特別なものではないかのように。


ーーいやいやいや。

エリスの頬が、じわじわ熱くなっていく。


そして。

周囲から、小さなざわめきが起こった。


「今の聞いた?」

「………聞いた」

「ガリアス様が……?」


どうやら視線の正体はガリアスに対してだったらしい。


ーーそうだった。

この人はかなりの有名人だった。


ざわざわ広がっていく周囲の声。

エリスはますます顔を赤くした。


その時だった。

通りの向こうから、よく響くダミ声が飛んできた。


「ガリアスじゃないか!久しぶりだな!」

声の主は、こちらへ大股で歩いてくる大柄な男だった。


ガリアスはその姿を見るなり、わずかに眉をひそめる。

「あの、うるさいのはこの街の冒険者ギルドのギルド長だ。無視していい」


「なんてこと言ってんだ!」

男が豪快に笑いながら近づいてくる。


「聞こえてるぞ!ガリアス!」

そして、エリスの前まで来ると、にっと歯を見せて笑った。


「ギルド長のダイバンだ。よろしくな!」

「は、はじめまして。エリスです」

勢いに押されながらも、エリスは丁寧に頭を下げる。


すると、ダイバンは、二人を交互に見て、ますます楽しそうな顔をした。

「いやぁ、それにしても………面白そうなことになってるじゃないか!ちょっと、ギルドに寄ってけよ!」

「断る」

「即答かよ!」


「じゃあ、エリスだけでもいいぞ。茶ぐらい出すぜ!」


エリスは一瞬、ガリアスを見上げた。

ーーこの街に、これから永住するつもりなのだ。


冒険者として活動する以上、ギルド長と顔見知りになっておくのも悪くないだろう。

「では、少しだけお邪魔します」


そう答えると、ダイバンは満足そうに頷いた。

「おう!そうこなくっちゃな!」


「………エリス」

後ろから、ガリアスの声がする。


振り返ると、ガリアスが少し不満そうな顔で立っていた。


「じゃあな!ガリアス!」

「………俺も行く」


どうやら、エリスだけをギルドに行かせるつもりはないらしい。

ガリアスは渋々といった様子で、二人の後をついてくる。


それを見たダイバンは、ニヤニヤと笑った。

「お前、ずいぶん変わったなぁ、おい」

「うるさい」

「ははは!面白れぇ!」


ダイバンの豪快な笑い声を聞きながら、三人は冒険者ギルドへ向かった。



※※※



ギルド長の部屋に通されると三人はそれぞれ椅子に腰掛けた。

湯気の立つカップを手に取り、落ち着いたところでダイバンが口を開いた。


「そういや、お前、隣国に行くって言ってなかったか?」

「ああ」

「用事は済んだのか?」

「済んだ」

「てか、結局なんの用で行ったんだ?」


ガリアスは隣に座るエリスを一瞥すると、何でもないことのように答えた。

「エリスを見つけるためだ」


「………え?」

思わず、ガリアスを凝視した。


「そういえば……なんで私が隣国にいるって分かったんですか?」

エリスが聞くとガリアスは少し考えるようにしてーー。


「勘だ」

「………」


「ええ………?」

思わず、素直な気持ちが漏れる。


そんなエリスの反応を見て、ダイバンが豪快に笑った。

「驚くのも無理はねぇ」


そして、呆れた表情でガリアスを見る。

「こいつは昔から本能だけで生きてやがる」


ガリアスは特に反論しない。

「それがまた、間違いじゃない所がおかしいんだが………魔力が強すぎるせいで、なんか感じるもんがあるのかもな!」


「………」

私も魔力量は異常なほど多い、と言われていたたけど、そんな本能無いわね………。


ガリアスは気にした様子もなく、黙々とお茶を飲んでいる。

そんな彼を見ながら、ダイバンはさらに続けた。


「俺がギルド長になってすぐ、こいつが最年少の7歳でギルドにやって来たんだ。だから、ちょくちょく面倒を見ていたんだが………。ほんとーに、脳内がどうなっているのか、その当時から不思議で仕方ねぇ」

ダイバンは懐かしそうにガリアスを見ている。


「え?」

エリスは思わずダイバンとガリアスを見比べた。

そして、首を傾げる。


「ダイバン様とガリアス様、あまり変わらない年齢に見えますが………」

ダイバンがぴたりと固まった。


「………エリス。お前、俺とこいつが同じくらいに見えるって?」

「え……はい」


「そうか、そうかぁ。………だははははは!」

ダイバンが、本日一番の大声で笑った。


あまりの声量に部屋の外まで響いていそうだ。

「うんうん。そうだな!そうだな!」


何がそんなに面白いのか、ダイバンはしばらく笑い続けた。


一通り笑って満足したのか、ようやく息を整える。


その間、エリスは何がそんなに可笑しかったのか分からず、ポカンと見つめていた。

そんなエリスを気にする様子もなく、ダイバンは話を進める。


「しかし、今こっちに帰って来てくれたのは助かったぜ!」

「何かあったのか?」

「森で魔獣がだいぶ増えてるみたいでな。少し、間引きしておいて欲しい」


ダイバンは窺うようにガリアスを見る。

「お前なら、問題ねぇだろ?」

「ああ」


そして、ガリアスはちらりと隣のエリスを見て、

「エリスとパーティーを組むから、手続きをしておいてくれ」

と続けた。


「ああ!そういえば、エリスのランクはなんだ?」

「F」

「Fランク!?お前と一緒に森に行って大丈夫かよ?」

「エリスは強い」


エリスの冒険者ランクはFランクだった。

Fランクーーそれは、「フリー」の意味を持つ、少し特殊なランクである。


冒険者(仮)のようなものであり、一人前の冒険者とは見做されない。

戸籍が無い者や、旅の途中で一時的に冒険者として活動する者などが、取得できるランクだ。


エリスはどちらも当てはまった。

隣国のクルーガンの戸籍は使えないし………使いたくもない。

この国に定住するかどうかも、当初はまだ決めていなかった。


そのため、とりあえずFランクで冒険者登録をしていたのだ。

ただし、Fランクでは受けられる依頼に大きな制限がある。


薬草採取や簡単な雑用、街の周辺での弱い魔獣の討伐など、危険度の低いものしか受けることができない。


つまり、この街の高難度のダンジョンや魔獣が多く生息する森での討伐依頼などは、Sランクのガリアスと共に受ける事が到底できないのだ。


「えっと……ダイバン様。………私、戸籍がありません。まずは、この国の戸籍を取得してから、ちゃんと冒険者として登録したいと思います」

「そうか」


ダイバンは特に驚いた様子もなく頷いた。


「隣国に住んでたんだよな?」

「はい。隣国の貧民街出身です」


「そうか……」

ダイバンはそれ以上、何も聞かなかった。


貧民街出身だと聞いても、エリスを見る目は変わらない。

見下す様子も無かった。


「この国で戸籍を取得するには、金と保証人が必要になる。保証人は………ガリアスがなるのか?」

「当たり前だ」


エリスはまだ、ガリアスに保証人について話をしていなかった。

それなのに、頼む前から引き受けてくれるつもりでいたなんて。


なんだか、こそばゆくて………嬉しい。


………好きだなぁ。


はっとなる。

私は、ガリアスが好きなのだ。


こんなに私を大事にしてくれる人、他にはいない。

そして、私もガリアスが誰よりも大切だ。


ーー家族になりたい。

曖昧なままの関係ではなく。この関係に名前をつけたい。


エリスが考え込んでいる間も話は進んでいた。


「なら、俺も名を連ねておく」

「えっ?」

「いらん」

「ガリアス…そう言うな。これでも俺はギルド長だ。ちょっとした権力はあるからな。何かの役に立つだろう」


「いいんですか?」

「ああ」


ダイバンは軽く笑った。

「こいつには、俺自身の命も、この街も救ってもらったことがある」

その言葉に、エリスは目を瞬かせる。


「こいつの大事な人間ならーー」

そう言って、エリスに視線を向けた。


「俺にできることなんて、そんなにねぇからな………やらせてくれ」

「………ありがとうございます、ダイバン様」

エリスが深く頭を下げる。


「様はいらねぇよ。ダイバンでいい」

「では………ダイバンさん」

「おう」


話がひと通りまとまり、ダイバンが満足そうに頷いたそのとき。

「………ガリアスだ」

「あ?どうしたガリアス」

「ガリアス様?」


「違う。ガリアスだ」

??

「ガリアス?」

「ああ」


ガリアスは満足そうである。

????


「だっはははは!何だ、お前、嫉妬か?俺に対抗して呼び捨てがいいのか?」

ダイバンが腹を抱えて笑う。

しかし、ガリアスは完全に無視だった。


「………」

私は、頬が熱くなるのを感じる。


「もう行くぞ。後は頼んだ。エリス、行こう」

二人は、笑い続けるダイバンを放置し、そのままギルドをあとにした。



※※※



その日の夜。

私は、ガリアスが借りている宿屋の一室を訪れていた。

現在、私が借りている部屋の隣だ。


自分の気持ちに気づいたからには、早く伝えたかった。


………ガリアスと、家族になりたい。


かつて私が夢見て、踏みにじられたもの。

互いを大切にして、ずっと一緒にいられる家族。

それを今度こそ、あの人と築きたい。


「ガリアス、お話があります」

部屋に通されると、ガリアスはベッドに腰掛け、私には傍に置かれていた椅子を勧められた。

私はガリアスに向き合った。


「………………」


伝えたい気持ちは、もう決まっているのにーーなかなか言葉が出てこない。

緊張で口の中が渇いていく。

ガリアスは急かすことなくじっと待ってくれている。


私はぎゅっと手を握りしめ、意を決した。


「私はあなたが好きです!」


声が少し震えた。

それでも、今度は最後まで口にする。


「どうか、私と家族になってくれませんか?」


その瞬間だった。


「………!」


気づけば、私はガリアスに抱きしめられていた。

あまりにも突然のことに、私は目を見開く。


こんなに大きくて無骨な人なのに、ふわりと石鹸の良い匂いがした。

次第にその腕の温かさが伝わってきてーー。


「俺も好きだ。戸籍ができたら、すぐに婚姻届を出して家族になろう」

「っ、はい!」

思わず声が弾んだ。


その返事を聞いたガリアスは、私を抱きしめたまま、頬に自分の頬を寄せてきた。

そして、そのまま嬉しそうに頬ずりをしてくる。


「ふふ。髭がくすぐったいです」

大きな身体で包み込まれるように抱きしめられ、胸がいっぱいになった。



※※※



翌朝。

私は、まだどこかフワフワとした足取りで、待ち合わせ場所にしている宿の食堂へ入った。


昨日のことを思い出すと、どうにも頬が緩んでしまうのを耐えながら、食堂を見渡すが。

ーーあれ?


ガリアスの姿が見えない。

いつもなら、私より先に来て待っているのに………。


先に座っていようかと思い、空いている席へ向かおうとしたときだった。

「エリス」


「えっ?」

聞きなれた声に振り向く。


そこには、身体の大きな男性がテーブルに座っていた。

声は毎日聞いているガリアスのもの。

間違いない。


「………がっ、ガリアス?」


私は言葉を失った。


そこにいたのは、いつもの無精髭を生やしたガリアスではなく、精悍な顔立ちをした美丈夫だった。


髭だけでなく髪も整えたのか、黒髪は短く刈り上げられ全体としてすっきりしている。

今まで、髪や髭で隠れてよく見えなかった目元は、驚くほどキリッとしていて、涼やかだった。

薄い唇も、整った顔立ちによく似合っている。


ーーどこから見ても、美形だった。


私は、ただ茫然とその顔を見つめることしかできない。


声は、少し若いような気がしていた。

けれど、落ち着いた雰囲気とあの無精髭………。


そのせいもあって、私はずっとガリアスのことを三十代から四十代ぐらいの人だと思っていた。


「………ガリアスは、おいくつですか?」

恐る恐る尋ねる。


すると、ガリアスは、何でもないことのように答えた。


「25だ」

「………」


確かに今は、そのぐらいの年齢に見える。


なるほど………。

ダイバンがあれほど大笑いしていた理由がようやく分かった。

まさかーー25歳だったなんて。


驚愕の事実を知ったあと、私たちは軽く依頼を受けるつもりで冒険者ギルドへ向かった。


まだ私はFランクなので、受けられるのは簡単な依頼ばかりだ。

ガリアスも、私が正式な冒険者として登録できるようになるまで、付き合ってくれることになった。


しかし………。ギルドへ向かう道中、今日も視線が刺さる。


昨日よりもさらに視線が多い。

すれ違う人も、店先にいる人も、こちらを見ている。


ガリアスはというと、いつもと変わらない無表情でまったく気にしていない。


それは、ギルドに到着してからも同じだった。

どこからともなく視線が集まって来る。

ひそひそとした声まで聞こえてきた。


そんな中。

「おお~!だいぶ久しぶりにさっぱりしたじゃねぇか!ガリアス!」


奥からダイバンの大きな声が響いた。

「五年ぶりくらいに、お前の顔をちゃんと見たぜ!」


「………」

ガリアスはいつも通り、特に反応しない。


しかし、その瞬間。

「やっぱりガリアス様だった!」

誰かが叫んだ。


「えっ、本当に!?」

「髭がないと、全然分からなかったぞ!」

「若っ……!?」

「………すごい。かっこいい」


ギルド内が一気にざわめき始める。

「………ああ。若ぇやつは、お前の顔を知らんやつもいるのか」


ギルド内の騒ぎを見回しながら、ダイバンが納得したように呟く。

そして、ガリアスを見るとニヤリと笑った。


「ここじゃ落ち着かんから、上いくぞ」

そう言って、ダイバンは今日も私たちをギルド長室へと促した。


ギルド長室に入ると、ダイバンは早速、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらガリアスに尋ねた。

「なんだ、年寄りに見られていたのが嫌だったか?」


「違う」


ガリアスは、即答し、そして何でもないことのように続けた。

「エリスが、髭がくすぐったいと言ったから剃った。髪はついでだ」


「え………」

思わず声が漏れる。


昨夜、ガリアスに抱きしめられたことを思い出し………あの大きな身体に包み込まれた感触や、頬に触れた無精髭まで鮮明に蘇ってきてーー。

恥ずかしくなった、私は俯いた。


そんな私をよそにガリアスはいつもの無表情のまま、ダイバンに告げる。


「そんなことより、早く戸籍の手続きをしろ。できたら、すぐに婚姻届を出す」

「おお!やっぱり結婚するのか!」

ガリアスの顔がぱっと明るくなる。


「めでたいな!よし、特急でやるぞ!」

「………お願いします」


俯いたまま答える私の頬は、まだ熱いままだった。


「で、話は変わるがーーエリスは強いんだよな?」

ダイバンがふと思い出したように尋ねてきた。


「ああ」

「どれくらいだ?お前と一緒に森に入れるか?」

「ああ。問題ない」

「………ほう」


ダイバンが興味深そうにエリスを見る。

すると、ガリアスは、さらりと続けた。


「俺と張るぐらいには強い」

「そんなにか!?」


ダイバンが思わず身を乗り出してきた。


「お前と張るって………マジかよ」

ダイバンは驚愕の表情でエリスを見つめて、しばらく言葉も出ないようだった。


「………お前がそう言うなら、そうなんだろうな………」


ダイバンは表情を切り替え、「分かった。なら、俺の権限でエリスをCランクの準冒険者として登録する」と言い出した。


「え?」

「戸籍ができたら、そのまま正式にCランク冒険者だ」


ダイバンはニヤリと笑った。

「戸籍が出来上がるまでの間、Fランクの依頼だけなんて勿体ないだろ。二人で森に入って、魔獣の間引きを頼んだ」


「分かった」

「ありがとうございます」



※※※



それから私たちは、毎日のように森へ通い、魔獣の討伐に励んだ。


ーー主にガリアスが。


残念ながら、私の出番はほとんどない。

魔獣が出たと思った次の瞬間には、ガリアスが剣や魔術で一掃してしまうのだ。


しかも、ガリアスはほとんど怪我をしない。

当然、私が治癒魔術を使う機会もない。


私にできることといえば、足手まといにならないように自分に結界を張ることと、討伐した魔獣の素材を空間収納に入れて持ち帰ることくらいだった。


どうやら、ガリアスは細かな魔術はあまり得意ではないらしい。

使う魔術は、とにかく豪快だ。


私が使える空間収納や治癒魔術のような繊細な魔術は苦手らしくーー。

討伐した魔獣を次々と収納していくと、「俺にはできない」とガリアスは感心してくれる。


今日も、森での討伐を終え、私たちはギルドに立ち寄ろうと二人並んで大通りを歩いていた。

すると、後ろから声をかけられた。


「ガリアス様!」


聞き覚えのない女性の声に、私たちは足を止め、振り返る。

そこに立っていたのは、背が高い、とても美しく色気のある女性だった。


燃えるような赤い髪に、濃い黄色の目。

すらりと伸びた手足に、女性らしい豊かな身体つき。


服装もかなり大胆で、短パンは驚くほど短い。

胸元も大きく開いており、その豊かな胸の上部が半ば見えている。


思わず、目を引かれてしまうような、華やかな女性だった。


女性は私たちのもとへ歩み寄ると、嬉しそうにガリアスに声をかけた。

「ガリアス様、お久しぶりです。こちらに帰って来られてたんですね!」


「………ああ」

ガリアスの返事は、相変わらず素っ気ない。


女性はそんなことなど気にした様子もなく、さらに距離を縮めた。

「帰って来られてたんなら、お声かけくだされば、いつでも参りましたのに」


そう言いながら、ちらりと私へ視線を向け、そしてわざとらしいほど上目遣いになった。

「変な女に付きまとわれているとの噂もあります」


「………」


その態度や言葉に、私は眉を寄せた。


女性はそんな私を見ながら、口元に笑みを浮かべる。

「ガリアス様はお優しいので、突き放せないのかもしれませんね」


そう言って、甘えるような声で続けた。

「でしたら。………私が排除いたしましょうか?」


自分の容姿や色気を十分に理解しているのだろう。

上目づかいでガリアスを見つめている。


私は、不安な気持ちでガリアスの横顔を見つめた。


………ガリアスにまで裏切られたら、耐えられない。


けれど、ガリアスはその女性をまるっと無視して、何事もなかったかのように私へ顔を向ける。


「早く、依頼達成の報告をして飯にしよう」

「………え?あっ、はい」


ガリアスが私を促し、ギルドへ向かって歩き出そうとした、そのとき。


「っ!ガリアス様!」

女性が声を荒げた。


「そんな弱そうな女とパーティーを組んだというのは本当ですか!?」

私たちは思わず足を止める。


「私が頼んだときは、断られたのに!!」

どうやら、ガリアスはこの女性を以前から相手にしていなかったらしい。


ーーちょっとだけ、ほっとする。


私はちらりとガリアスを見る。

すると、ガリアスは少しだけ首を傾げた。


「………誰だ?」


女性の顔が固まった。

残念ながら、ガリアスは彼女のことを覚えていなかったらしい。

女性の顔がみるみる引きつっていく。


「っ!!A級冒険者のサリアです!!そんなどこにでもいそうな女なんかより、私の方が断然あなたのお役に立てます!」


サリアはそう言って、私を睨みつけた。


けれど、ガリアスは首を傾げる。

「エリスは可愛い。それに、お前より強い」


「なっ………!」

サリアの顔がみるみる怒りに染まる。


そして、私を指差した。

「あなたに決闘を申し込むわ!」


決闘………?


「それ、受けて私に何かメリットあります?」

「!?………ランクを懸けるわ!」

「………ランク?」


意味が分からず、私は隣にいるガリアスを見上げた。


すると、ガリアスがいつもの調子で説明してくれる。


「ランクを懸けた決闘は、申込者が勝っても何もない。だが、負けると一つランクが下がる」

「はい」

「逆に受けた方は、勝てば一つランクが上がる。負けても何もない」


「なるほど。………では、今回私にデメリットは何も無いってことですね」

「そうだな」


それならーー。

勝てば、Bランクに上がる。


「受けます」

私は迷うことなくそう答えていた。


その言葉にサリアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


その後、私たち三人はギルドの地下へとやって来ていた。

ランクを懸けた決闘は、ランクの変動がある可能性があるため、ギルド職員の立ち合いのもと、ギルドの地下で行われるそうだ。


地下には、冒険者たちが訓練や模擬戦、ランク昇格試験などを行うための、かなり広い空間が設けられていた。

さらに、その周囲をぐるりと囲むように、観客席まで設けられている。


その観客席は、先ほど人通りの多い大通りで決闘を受けてしまったせいで、冒険者から一般人まで、私たちの決闘を観ようとする野次馬が大勢集まっていた。


観客席からはざわざわとした話し声が聞こえてくる。


「サリアが勝つに銀貨三枚!」

「俺は五枚だ!」


どうやら、どちらが勝つかの賭けまで始まっているらしい。

聞こえてくる声のほとんどが、サリアの勝利を予想しているようだ。


やがて、ギルド職員と思われる男性が、私とサリアが待つ闘技場の中央へと歩み出てきた。

「それでは、準備が整いましたので、始めます。降参するか、戦闘不能になった方の負けです。二人とも離れてください」


私たちは言われた通り、距離を取った。

向かい側では、サリアがこちらを睨みつけている。


職員が二人の間に立ち、ゆっくりと片手をあげた。


「それではーーはじめ!」


「くたばれ!醜女ぇ!」

サリアは剣を構えると、私を罵りながら一直線にこちらへ駆けてきた。


私は片手を上げ、サリアへ向けて手のひらをかざした。


『get ready』


その言葉と同時に、サリアの周囲に次々と魔術陣が浮かび上がった。

数えきれないほどの魔術陣がサリアを囲むように展開されていく。


「なっ………!?」

さすがに予想していなかったのかサリアの足が止まった。


『icicle attack』


瞬間、無数の魔術陣から、鋭く尖った氷柱が一斉に姿を現す。


そしてーー。

サリアに向かって、一斉に放たれた。


サリアは咄嗟に身を翻した。

右へ、左へ。

さらに、飛び退き…身を低くし…剣や魔術を使っては弾き飛ばす。

次々と迫りくる氷柱を、必死にかわしていく。


………さすがはAランクね。


けれどーーすべてを避けきることはできなかった。

何本かの氷柱がサリアの身体を捉える。


「ぐっ………!」

攻撃を受けたサリアは、たまらず片膝をついた。


あれだけの攻撃を受けても、まだ私を睨みつけてくる。

私は少しだけ感心しながら、それでも攻撃の手を緩めるつもりはない。


『おいで、茨姫』


私の声に呼応するようにサリアの足元から茨が伸びた。

鋭い棘を無数に生やした茨は、瞬く間にサリアの身体へ絡みついていく。


「ちっ…!!」


サリアは必死に身をよじるが、動けば動くほど茨が絡みつき、自由を奪っていく。


さらに、静かに手を上げ、


『lightning attack』


次の瞬間ーー。


エリスの手から閃光が走った。


雷撃がサリアの左耳をかすめ、その勢いのまま耳の半分を削いだ。

「ぎぁっ!」


闘技場は、静まり返っていた。

先ほどまで飛び交っていた歓声も賭け事の声もない。


そんな静寂の中ではエリスの声はよく響いた。


「………さて」


サリアを見ると、先ほどまでの威勢が嘘のように、若干怯えた表情で私を見返してきた。


「『ごめんなさい』………は?」


「………はっ?」

私の言葉が理解できなかったのか、サリアが間の抜けた声を漏らす。


「『ごめんなさい』が言えないようなら………次は右耳かな?」

「っ、いや!待って!何の話………」


私はにっこり笑った。

「『醜女と言って、ごめんなさい』でしょう?」


サリアは黙り込んだ。

謝る気はないらしい。


私は笑顔のまま、もう一度ゆっくりと手をあげる。


「………っ、ご、ごめんなさい」

慌てたようにサリアが叫んだ。


「はい」

エリスは満足そうに頷いた。


「なら、降参ですか?」

そして、首を傾げる。


「私はまだ続けても大丈夫ですよ?」

「………降参よ」


小さな声だったが、闘技場が静まり返っていたせいで、その言葉は観客席にいる者達にもはっきり聞こえた。


「………え、マジかよ」

「A級のサリアが………」

「………あんな一方的に」


先ほどまでサリアの勝利を信じていた者たちが、茫然とした様子で闘技場を見つめている。


観客席のざわめきが収まらない中、ガリアスがこちらへ歩いてきた。

「………お疲れ。帰って飯にしよう」


ガリアスは平常運転だった。

こうして私たちは、何事もなかったかのように闘技場を後にした。


ーーその後ろ姿を見送る者たちの中、一つの影が、闘技場を出ていったのをギルド長と補佐は見ていた。



※※※



その夜。

ギルド長室では、ギルド長とその補佐が向かい合って席に着いていた。

昼間の喧騒が嘘のように、部屋は静まり返っている。


「隣国の密偵は、本当に放置でいいんですか?」

「ああ。ガリアスも手を出してくるまでは放っておくと言ってたしな」


ダイバンは椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。

「それにーー逃した魚の大きさに、せいぜい歯噛みするといいさ」


「………ですね」

補佐は苦笑した。


「しかし………隣国が戦争の準備をコソコソ進めているというから調査してみれば………。まさか、あの国が当てにしていた切り札がこの国にいたなんて………。しかも、あんなに強い。エリスさんが敵にならなくて良かったですよ。」


「ああ」

ダイバンは、昼間の闘技場を思い出す。


A級冒険者を相手にして一方的に勝利した少女。

そして、その少女を誰よりも大切にしているS級冒険者。


「しっかし、エリスがサリアをコテンパンにしてくれて助かったぜ………。サリアの奴が『醜女』なんて言った瞬間のガリアスときたら………。あの殺気、隣にいた俺まで倒れるかと思ったぜ」

「………私は、失禁するかと思いましたよ」


「エリスがあいつをボコボコにしてくれなかったら、ガリアスが闇討ちでもするんじゃねぇかと思ったぜ」

「………十分あり得たと思います」


「だろ?」

ダイバンは、しみじみと頷いた。


「そういえば、先ほどエリスさんの戸籍の手続きが終わったと連絡が来てましたよ」

「おっ!それは良かった」

ギルド長は、嬉しそうに頷いた。


「次、二人がギルドに来た時、俺のところへ来るように言っといてくれ」

「分かりました」


ダイバンはしばらく何かを考えるように黙ったあと、ふっと笑った。

「………あいつが結婚なぁ」


幼い頃から知っているガリアスの姿が、脳裏に浮かんだのだろう。

しみじみとした声だった。


「おめでたいですね」

「ああ。本当にめでてぇよ」

「何かお祝いを準備しておかなければいけませんね」

「そうだな」


その後、ギルド長室では、二人へのお祝いを何にするかという話で盛り上がった。



※※※



あの決闘の翌日。

私たちは、ダイバンに呼ばれ、いつものギルド長室にいた。


「エリスの戸籍ができたぞ」

「ありがとうございます」


ダイバンは、何枚かの書類を私に手渡した。

「ついでに婚姻届も準備しておいた。こっちの保証人にも、俺の名前を書いてある」


「何から何まで、ありがとうございます」

「いや、気にすんな」

「………助かる」

ダイバンは豪快に笑った。


「それより、昨日のエリスはすごかったなぁ。思ったより過激で、びっくりしたぜ」

「貧民街では、やられる前にやらないといけませんから。………そして、やるなら徹底的にやらないと、やり返されます」


「なるほどな………」

ダイバンは腕を組み、納得したように頷いた。


「俺が知らない魔術があったが、あれは何だ?」

「私が作りました」

「お前が!?………すげぇな」


すると突然、ガリアスがダイバンとの話をぶった切った。

「エリス、婚姻届を出しに行こう」

「え!?今からですか?」


「ああ。早く出そう」

どうやら、今すぐにでも提出したくて仕方がないらしい。


ダイバンが呆れたように口を挟んだ。

「お前………。結婚は一生物だぞ。記念日とかあるだろ」


「……記念日」

ガリアスの動きが止まった。

不服そうではあるが、記念日を尊重してくれるようだ。


そんなガリアスの様子を見ていると、なんだか可笑しくなってしまう。

ーーこんなに、私と“家族”になることを望んでくれるなんて。


「ふふふ。ガリアス、今日を記念日にしましょう?」

「!?………ああ!」


「では、ダイバンさん。私たちは行きますね」

「………ああ。おめでとう」

「ありがとうございます」



私とガリアスは、揃ってギルド長室を後にした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。感想や誤字報告、そして★でのご評価も、どれも大変嬉しく、ありがたく思っております。別に執筆しているお話が長くなっていることもあり、こちらのお話は「あっさり爽快」を目指していたはずなのですが…。やはり、後から後から妄想がたぎり………ついつい追加で加筆してしまいました。

蛇足になっていないことを祈るばかりです。

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― 新着の感想 ―
加筆ありがとうございます。 首チョンパエンドじゃスッキリしなかった(汗)
隣国はまだ諦めてなかったのか~。 そう言えば、赤ん坊はどうなったのかな。
えっ…‼︎ まさかここで終わるつもりじゃないですよね?? もちろん続きアリですよね(((o(*゜▽゜*)o)))♡
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