後編
長い馬車の旅も終わり、ようやく国境へと辿り着いた。
………長かった。
長く感じる原因となった男はいまだ、私の隣に座っている。
結局、最後までほとんど会話らしい会話はなかった。
それなのに、時折こちらをじっと見つめてくる。
そのたびに、落ち着かない気持ちにさせられた。
国境では、少しだけ覚悟していた。
もし私の顔や名前が伝わっていれば、ここで止められる可能性がある。
けれど。
「………」
拍子抜けするほど、あっさりと国境を通過した。
私の情報は、まだこちらまで届いていないらしい。
もし、止められたとしても、その時は魔術でなんとかすればいい。
ぐらいに考えていたが………。
それにしても、頭が悪いのかしら。
それとも……子供がいるから、まさか国外までは逃げないと踏んだのかしら。
……私の子じゃないのにね。
※※※
国境を越えてすぐの街に腰を落ち着けて、一ヶ月が過ぎた。
サワンも、国王も、あの国の人間は、いまだに私を見つけられずにいた。
ーー別に隠れてないんだけどな。
あの国の人間たちは思っていたより愚鈍なようなので、しばらくゆっくり過ごすことにした。
ここは、サディアール商業国でも有数の大きな街らしく、人の往来も多い。
私は街の冒険者ギルドに登録し、そこで受けた小さな依頼を、少しずつこなしていた。
薬草を採取したり、弱い魔物を討伐したり。
どれも大した依頼ではない。
大きく稼ぐ必要もなく、ただ普通に生活しているだけだ。
…だが。
この一ヶ月、どういうわけかガリアス様との遭遇頻度が尋常ではなかった。
冒険者ギルドへ行けば、いる。
これは普通かもしれないわね。相手も冒険者だ。
しかし………。
依頼先へ向かえば、なぜか途中で出会う。
街で買い物をしていても、少し離れたところにあの大きな姿が見える。
一ヶ月も続けば、さすがに偶然では片づけられない。
そして、いつも決まってじっと私を見つめてくるのだ。
「一体、何なのかしら………」
もう、いい加減にしてほしい。
私は個室のある料理屋を予約した。
わざわざ探さなくても、どうせ会えるだろう。
そう考えながら往来を歩いていると。
やはりいた。
普段であれば見ないふりをしているが、今日はこちらから近づいていく。
「こんにちは」
「……こんにちは」
私はいきなり用件を切り出した。
「よければ、明日の夜、一緒にご飯でもどうですか?」
「………ああ!」
思いのほか、即答だった。
「では、鴨葱亭に明日の20時集合で」
それだけ伝えると、私はくるりと踵を返し、背中にいつもの視線を感じながら、その場をあとにした。
翌日。
私は早めに行って待ってようと思い、待ち合わせ場所の鴨葱亭へ向かった。
店に入ると、店員がすぐに声をかけてくる。
「ガリアス様は、すでにお見えになっています」
まだ、約束の時間にはだいぶ早いのに。
案内された個室の扉を開けると………すでにガリアスが座っていた。
私が入ってきたことに気づくと、いつものごとく、じっと見つめてきた。
「…早かったんですね」
「ああ」
短い返事。けれど、嬉しそうな色が浮かんでいるように感じた。
私はガリアスの向かいの席へ腰を下ろした。
さて。
今日はちゃんと聞かせてもらおう。
なぜ、私を付け回すのか。
「単刀直入に聞きます。ガリアス様、私を尾行したりしてますよね?なぜですか?」
「………」
しばらく黙っていたガリアスは、何かを言おうとしたのか口を開いたが、また閉じてしまった。
「答えにくいことですか?」
「いや……」
ガリアスは少し困ったように視線を逸らした。
そしてーー。
「………お前が気になって仕方ない」
「…え?」
ガリアスは真剣な顔で続けた。
「最初に会った時からだ」
「最初? あの、魔獣から助けていただいた時のことですか?」
私が訪ねると、ガリアスは静かに首を振った。
「いや。王都でお前の魔力を感じた時からだ」
「………王都?」
「そうだ。この国の王都で」
一瞬、何のことか分からなかった。
けれど、次の言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
「見ていただろう?」
ーーまさか。
「………」
私は何も答えられなかった。
私の遠見の魔術を見破られたうえに、それを使っていたのが私だと気づくなんて………。
目の前のガリアスを見る。
大きな身体に、整えられているとは言い難い無精髭。
一見すると、ごろつきのようにしか見えない。
ーーけれど。
上には上がいるものね。
「だから、監視してたんですか?私が危険人物でないか?」
私が訪ねると、ガリアスは少しだけ眉を寄せた。
「いや………違う」
「では、なぜ?」
しばらくの沈黙。
やがて、観念したように私をまっすぐ見つめた。
「お前の魔力を感じた時から………会いたくなった」
「え?」
「顔を見たら、傍にいたくなった」
「………」
「傍にいると………触りたくなる」
淡々と告げているのに、その言葉たちは妙に熱を帯びて聞こえた。
私は何も言えず、ただガリアスを見つめるしかできない。
「俺は………お前と共にありたいんだと思う」
私は、頬が熱くなるのを感じながら、どう答えればいいのか分からず。
「なぜ………?」
思わず、そう尋ねていた。
「………俺にも分からん」
「分からない?」
「ああ」
ガリアスは真剣な顔で頷く。
「なぜ、お前なのかも。なぜ会いたくなるのかも分からん。ただ…お前の魔力を感じた時から、気になって仕方がなかった。……理由なんて俺にも分からん」
どうやら、本人もその感情を持て余しているらしい。
「ふふ。そうですか。…では、ガリアス様は分かるように、ゆっくり考えましょう」
私はそう言って、ふっと笑った。
「私は今、決着をつけなければならない問題があるので。それにケリがつきましたら、ガリアス様のことを考えます」
少しだけ間を置いて、いたずらっぽく付け加えた。
「もしかしたら、その時にはガリアス様は、私のことなんてどうでもよくなっているかもしれませんしね」
「………それはない」
「え?」
「お前のことがどうでもよくなることはないと思う」
あまりにも迷いのない答えに、言葉が詰まる。
「………そうですか」
なんとか、それだけを返した。
「では、お互いにゆっくり考えましょう」
「ああ」
それからというもの、私はガリアスと行動を共にすることが増えた。
冒険者として依頼を受ける時もあれば、街へ二人で買い物に出かけることもある。
特別なことをしているわけではない。
ただ一緒に食事をして、話をして、二人が共にあるのが当たり前のようになっていった。
そんな穏やかな時間が、少しずつ増えていった。
そして。
あの鴨葱亭で話し合った日から、約半年。
ついに、その時が来た。
「エリス!!」
街の中に、聞き覚えのある声が響き渡る。
ようやくサワン達は私の居場所を突き止めたらしい。
見ると、そこにはサワンと数名の騎士たち。
「ふふふ」
私はこの日を待っていた。
隣にはいつものようにガリアスがいる。
「ガリアス様」
「ん?」
「どうやら、決着をつける時が来たようです」
「………そうみたいだな」
サワンは、以前見た時よりもずいぶんと窶れているようだった。
頬はこけ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
けれど、その目だけは、異様なほどギラギラ輝いていた。
「探したぞ!!こんな所まで来やがって!!」
怒りをむき出しにしながらこちらへ駆け寄って来る。
「帰るぞ!!」
かつてはこの人と結婚すれば“家族”ができると思っていた。
一緒に暮らして、笑って、子供を育てて。
そんな未来を信じていた。
あんなに憎んだ。
しかし、今、その顔を見ても不思議なほど、憎しみを感じなかった。
ガリアス様のおかげかな。
ーーだからと言って許すわけじゃないけど。
サワンの伸ばされた手が、私の腕を掴もうとする。
私はすっと、身体を横にずらし、その手を軽く避けた。
「あなた、誰ですか?」
「………は?」
わざと首を傾げ、にこやかに尋ねる。
「なぜ、私があなたと帰らないといけないんですか?」
サワンの額に、みるみる青筋が浮かんでいく。
「ふざけるな!!お前は私の妻だろうが!!妻が夫の命令を聞くのは当然だろう!!!」
「あら………。私があなたの妻だという証拠は?」
「…証拠だと?」
「ええ」
私は涼しい顔で頷いた。
「世界には、似た人間が三人はいるというじゃないですか」
そして、少しだけ口元をあげる。
「私、そっくりさんかもしれませんよ?」
「お前……!」
サワンは怒りで声を震わせながら、私を睨みつける。
「私は、私があなたの妻じゃない証拠を出せますよ」
「は?」
私はにっこりと笑う。
「施療院へ行けばすぐに分かります」
「乙女である証拠。そしてーー」
私は一度言葉を切り、サワンをまっすぐ見つめた。
「子を産んだことがない証拠です」
「なっ……!」
少し離れた場所にいる騎士たちへちらりと視線を向けた。
彼らには聞かれないよう、サワンにだけ届く声で、そっと囁く。
「あなたは“エリス”との間に子が産まれたと届出たのでしょう?だったら簡単なことです。………私はその“エリス”ではないということですよ」
サワンの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「な、何を……」
「あなたは陛下にも“エリス”との子が産まれたと言った」
「!?なぜ、それを知っている…」
「さぁ?」
私は淡々と続ける。
「でも、私は子を産んでません」
そして、少しだけ首を傾げた。
「なら、あなたが言う“エリス”と、ここにいる私は別人ではありませんか?」
「………っ」
サワンは言葉を失った。
その顔には、怒りと焦りが浮かんでいる。
「お前が帰らなかったら、子が………ルーデウスが殺されるんだぞ!」
サワンが、声を震わせながら吐き捨てた。
「私に何の関係が?」
「なっ………!」
「あはは。愛する人との間に子供が産まれて幸せでしたか?………あなたも幸せの絶頂から突き落とされましたか?」
「くそが!!」
サワンは怒りに任せて吐き捨てる。
「お前たち、こいつを無理矢理にでも連れていけ!」
命令を受けた騎士たちは、一瞬だけ顔を見合わせた。
「………」
しかし、誰も動こうとしない。
騎士たちの視線は、私の横に立つガリアスへと向けられていた。
ガリアスは何も言わない。
ただ、腕を組んだまま、じっと騎士たちを見ている。
その巨体から放たれる無言の圧に、騎士たちは二の足を踏んでいた。
やがて、その中の一人がサワンへ向き直る。
「……今回は、帰りましょう」
「だが!!」
「陛下に、ありのままを報告いたします」
「エリス様を発見したこと。そして、ご本人がご自身をエリス様ではないと主張していること。その証拠も提出できるとおっしゃったこと、すべてです」
「そんなことをしている場合か!連れて帰ればいいだろう!」
サワンが声を荒げる。
しかし、騎士は首を横に振った。
「我々の主は国王陛下です。まずは報告が優先です」
「………!」
サワンは悔しそうに歯を食いしばった。
「これ以上、他国で騒ぎを起こすわけにはまいりません」
「………くっ」
サワンは私を睨みつける。
けれど、私は、ただ静かにその視線を受け止めていた。
サワン達が去ったあと。
私はガリアスと二人、以前にも訪れた鴨葱亭に来ていた。
あの時と同じ部屋。
向かいに座るガリアスを見つめながら、私は小さく口を開く。
「………幻滅しましたか?」
「何がだ?」
「私は…子供を見殺しにします。私なら、あの人の子供を助けることができるでしょうね。でも、助ける気はありません。………そのまま、深く後悔すればいいと思っています」
自分で口にすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
ガリアスはしばらく黙ったあと、首を傾げた。
「………いや。俺には、それの何が悪いのか分からん。別にお前が殺すわけでもあるまいし」
それだけだった。
ガリアスは、そんなことどうでもいいと言わんばかりに話を変えた。
「それよりも、お前は決着をつけたということで良いんだろう?」
「え?………ええ」
「俺も、ちゃんと考えた」
「何をですか?」
ガリアスは、少しだけ照れたように視線を逸らした。
けれど、すぐに私をまっすぐに見つめる。
「俺は、お前が好きだ。お前とずっと一緒にいたい。」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、私は一瞬、息を止めた。
それから、少し考えて訪ねる。
「それは………結婚したい、ということですか?」
「ああ」
ガリアスは迷うことなく頷いた。
「それで死ぬまで共にいられるなら」
結婚。
私は結婚というものに、もう期待することは無いと思っていた。
それなのに。
今、ガリアスの言葉を信じたいと思っている。
「私はまだ…気持ちの切り替えが、うまくいっていなくて……。まだ、あなたを好きかどうかも分からないんです」
正直にそう告げると、ガリアスは黙って私を見つめていた。
そんな彼の視線に、少しだけ照れながら続ける。
「でも………私もあなたの傍にいたいと思っています」
まだ、「好き」とは、はっきり言えない。
けれど、この人と一緒にいると、心が温かくなる。
隣にいてくれることが、嬉しい。
ガリアスはその言葉を聞き、ほんの少しだけ、嬉しそうに目を細めた。
「…今は、それで十分だ」
「ふふふ。でも私、裏切りは許しませんよ」
冗談めかして笑いながら言うと、ガリアスは少しも迷うことなく答えた。
「俺も許さん」
「…ふふ」
あまりにも即答だったので、思わず笑ってしまう。
「では、お互いに気をつけないといけませんね」
「そうだな」
この人なら、きっと大丈夫。
そんな気がしていた。
「……じゃあ、約束ですね」
「ああ」
短い返事。
けれど、その一言を聞いた瞬間。
かつて、私が夢見て、そして諦めた家族を、もうすでに得たような気がした。
ただ、互いを裏切らず、支えあい、ずっと一緒にいられる人がいる。
それだけでーー。
私は十分に幸せなのだと思った。
※※※
サワン達は帰国すると、そのまま王宮へ向かった。
謁見の間。
サワンは、国王の前に跪いていた。
その隣には、帰国を促した騎士が立っている。
騎士は、サディアール商業国で見聞きしたことを一つ残らず国王へ報告した。
全てを聞き終えた国王は、しばらく黙っていた。
やがて、険しい顔でサワンを見下ろす。
「サワン、どういうことだ?」
「………」
「エリスではなかったのか?」
「別人か?」
サワンは答えられなかった。
あの場にいた女は、間違いなくエリスだった。
「答えよ!」
それでも、サワンは答えられなかった。
何と答えても、逃げ道はない。
「エリスだった」と答えれば、子について、国王に虚偽の申告をしたことが露見してしまう。
「エリスではありません」と答えても、これ以上の手がかりもなく、戦争の準備はすべて無駄になってしまう。
どちらを選んでも、ただでは済まないのだ。
「………」
サワンはただ、俯いたまま口を閉ざしている。
その様子を見かねた隣の騎士が一歩前へ出る。
「陛下、発言の許可をいただけますでしょうか」
「…話せ」
「ありがとうございます」
騎士は一礼すると、私見ですが。と断りを入れながらも話し始めた。
「私がサディアール商業国で見た限りでは、あの女性は、我々が探していたエリス様と同一人物である可能性が高いと思われます。結婚式でエリス様を見た騎士の中には、あの女性と同一人物だと断言した者もおります。サワン様も、明らかにあの女性をエリス様として扱っておられました」
「どういうことだ?サワン」
国王が、冷たい声で問いかけた。
「………」
もう、誤魔化すことはできない。
サワンは俯いたまま、拳を握りしめていた。
だが、やがて観念したように、ゆっくり口を開く。
「………あれは、エリスでした」
「では、乙女だというのはどういうことだ?」
「………申し訳ございません………産まれた子は…エリスとの子ではありません」
「………何?」
謁見の間が静まり返った。
サワンは震える声で続けた。
「……あの子は、愛人である、リリーラとの子です」
「では、貴様は…余をたばかったのか!!」
国王の怒声が、謁見の間全体に響き渡った。
「も、申し訳ございません!!」
国王の怒りは、もはや収まるどころか、頂点へと達していた。
「そいつの首を落とせ!!」
サワンの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
騎士たちが動こうとした時、宰相の静かな声が割って入った。
「お待ちください」
国王が苛立たしげに振り返る。
「何だ!」
「確かに、サワン殿の行いは到底許されるものではございません。ですが、それは一応エリスの夫でした。後々、使い道があるかもしれません」
宰相はちらりとサワンを見る。
「今ここで処刑してしまうよりも、念のために生かしておいた方がよろしいかと」
国王はしばらく黙り込んだが、やがて不機嫌そうに鼻を鳴らすと、
「分かった。好きにしろ」
と渋々ながら、宰相の進言を受け入れた。
「ありがとうございます」
宰相は一礼した。
しかし、国王の怒りが消えたわけではない。
「それより、どうにかしてエリスを連れ戻す方法はないのか!」
宰相がまた口を開く。
「現状では、難しいかと」
「なぜだ!」
「エリスの傍には、あのガリアスがいるとのこと。国外で、しかもガリアスほどの実力者が傍にいるとなれば………今、無理に手を出すのは得策ではございません」
国王は拳を強く握りしめた。
何もかもが、思い通りにならない。
「………もういい。戦争は………やめだ」
その言葉に、周囲がざわめく。
「エリスの魔力なしに勝てるとは思えん………」
そう言い残し、国王はそのまま謁見の間を出ていった。
残された宰相は、深いため息をつく。
そして、床に跪いたままのサワンへ視線を向けた。
「それを地下牢へ」
「はっ!」
騎士たちがサワンを取り囲む。
「ま、待って下さい!まだ、私は………」
サワンの声を聞き流し、宰相は国王の後を追うように謁見の間を出ていった。
※※※
薄暗く、黴臭い地下牢。
どこからともなく、水滴の落ちる音が響いている。
サワンは冷たい床に座り込みながら、必死に考えていた。
ーーどうすれば、ここから形勢を逆転できる?
自分がエリスを連れ戻せばいい。
そうすれば、まだ王に許してもらえるかもしれない。
エリスさえ戻れば、すべてを元に戻せる。
父上に、なんとか連絡を取らなければ。
サディアール商業国にエリスがいることを伝えるんだ。
父ならば、必ず何か手を打ってくれる。
父にエリスを連れ戻してもらわなければ………。
そうすれば、まだ何とかなる。
そんな都合のいい考えを、何度も何度も頭の中で繰り返していた。
その時。
遠くの方から、かすかな足音が聞こえてきた。
顔を上げると、宰相が騎士を一人連れて立っていた。
「差し入れですよ」
宰相がそう言うと、騎士が牢の扉を開け、三つの包みが中に投げ入れられた。
「………これは?」
サワンが尋ねるが、宰相は答えない。
「では、失礼します」
それだけ言うと、宰相は踵を返した。
騎士もそれに続く。
「ま、待ってください!」
サワンが呼びかけても、応じることなく、二人は地下牢の奥へと消えていった。
再び、静寂が戻る。
「なんだ?」
サワンは、特に何も考えずに三つの包みの一つに手を伸ばした。
布をめくった瞬間ーー。
サワンの動きが止まった。
そこにあったのはーー。
見慣れた顔。
その下には、首から下がない。
「…あ………」
母、ソフィアだった。
まだ、ほんのり温かい。
「…あ……ああ………」
理解が追い付かない。
なぜ。
どうして。
「母……上………?」
声が震える。
触れることさえできない。
サワンの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……うそだ…」
何度も首を振る。
けれど、目の前の現実は変わらない。
ーーまさか。
震える手が、残りの二つの包みに伸びる。
………開けたくない。
そう思うのに、確かめずにいられなかった。
二つ目の包を開く。
「………」
父、オリバーだった。
そして、最後の包み。
そこにあったのはリリーラの首だった。
「……あ…」
喉の奥から、かすかな声が漏れる。
次の瞬間。
「あああああああああっ!!」
「父上……! 母上………!!」
涙が止まらない。
「リリーラ………!!!」
サワンの慟哭が、地下牢いっぱいに響き渡った。




