雨を待つ人
朝から強い雨だった。
窓ガラスを叩く雨音で目が覚める。
しばらくベッドの上で耳を澄ませていた。
雨音を聞いていると、不思議と心が落ち着く。
最近はそれだけではない。
雨が降ると、あの街へ行ける。
そんなことを考えるようになっていた。
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傘を差して家を出る。
見慣れた道を歩き、路地へ入る。
雨の日だけ現れる街は、今日もそこにあった。
石畳は雨に濡れている。
軒先から落ちる雫。
遠くで鳴る鐘の音。
ゆっくりと街を歩いた。
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花屋の前を通る。
女性が新しい花を並べていた。
私が会釈すると、女性も笑顔で頷く。
雨宿りへ向かおうとして、ふと足を止めた。
今日は少し違う道を歩いてみたくなった。
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細い路地を抜ける。
すると、小さな広場に出た。
広場の中央には木造の東屋がある。
屋根の上で雨粒が跳ねていた。
規則正しい雨音が響いている。
その音に引き寄せられるように近づいた。
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東屋の中に誰かいる。
少女だった。
膝の上に一冊の本を抱えている。
前にも見かけたことがあった。
街を歩いていると、時々すれ違う子だ。
いつも本を持っている。
少女は本を開いていなかった。
広場の入口をじっと見ている。
誰かを待っているようだった。
私は東屋の柱にもたれた。
屋根を叩く雨音が静かに響く。
十分ほど経った。
けれど誰も来ない。
少女は動かなかった。
気になって声をかける。
「誰か待っているの?」
少女は顔を上げた。
少し驚いたようだったが、素直に頷いた。
「うん。」
「友達?」
少女は少し考える。
そして、
「多分。」
と答えた。
不思議な返事だった。
私は思わず笑う。
少女も少しだけ笑った。
「来るの?」
私が尋ねる。
少女は広場の入口を見る。
「分からない。」
「分からないのに待っているんだ?」
「うん。」
その答えはあまりにも自然だった。
来るかどうか分からない。
それなのに待っている。
私は少し不思議な気持ちになる。
「不安じゃない?」
少女は首を傾げた。
「どうして?」
私は答えられなかった。
不安になるのが当たり前だと思っていた。
仕事のこと。
将来のこと。
次に何をすればいいのか。
答えが見えないことばかりだった。
少女は本の表紙を撫でながら言う。
「来るかもしれないから。」
それだけだった。
「来なかったら?」
私が聞く。
少女は少し笑う。
「今日は来なかったんだなって思う。」
拍子抜けするほど簡単な答えだった。
「でも」
少女は続ける。
「次の雨の日に来るかもしれないでしょう。」
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東屋の屋根を叩く雨音が少し強くなる。
私は広場の向こうを見る。
誰もいない。
それでも少女は待っている。
ふと思った。
いつからだろう。
答えを急ぐようになったのは。
就職できるのか。
このままでいいのか。
正しい選択なのか。
けれど少女は違った。
分からないまま待っている。
答えが出なくても、その時間を無駄だと思っていない。
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しばらくして私は立ち上がった。
「じゃあね。」
少女は頷く。
そして言った。
「また雨の日に。」
私は少し笑う。
この街らしい挨拶だと思った。
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雨宿りへ向かう途中、一度だけ振り返る。
少女はまだ東屋にいた。
本を抱えながら、静かに広場を見ている。
誰を待っているのか。
分からなかった。
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その日の夜。
日記を開いた。
広場の東屋のことを書く。
本を抱えた少女のことを書く。
屋根を叩く雨音のことを書く。
そして最後に、こう書いた。
来るかどうか分からないから待てないのだと思っていた。
けれど、分からないまま待つこともできるのかもしれない。
雨の日を待つように。
窓の外では、静かな雨が降り続いていた。




