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雨の匂いがする  作者: 璃雨


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7/11

雨を待つ人

朝から強い雨だった。


窓ガラスを叩く雨音で目が覚める。


しばらくベッドの上で耳を澄ませていた。


雨音を聞いていると、不思議と心が落ち着く。


最近はそれだけではない。


雨が降ると、あの街へ行ける。


そんなことを考えるようになっていた。



傘を差して家を出る。


見慣れた道を歩き、路地へ入る。


雨の日だけ現れる街は、今日もそこにあった。


石畳は雨に濡れている。


軒先から落ちる雫。


遠くで鳴る鐘の音。


ゆっくりと街を歩いた。



花屋の前を通る。


女性が新しい花を並べていた。


私が会釈すると、女性も笑顔で頷く。


雨宿りへ向かおうとして、ふと足を止めた。


今日は少し違う道を歩いてみたくなった。



細い路地を抜ける。


すると、小さな広場に出た。


広場の中央には木造の東屋がある。


屋根の上で雨粒が跳ねていた。


規則正しい雨音が響いている。


その音に引き寄せられるように近づいた。



東屋の中に誰かいる。


少女だった。


膝の上に一冊の本を抱えている。


前にも見かけたことがあった。


街を歩いていると、時々すれ違う子だ。


いつも本を持っている。


少女は本を開いていなかった。


広場の入口をじっと見ている。


誰かを待っているようだった。


私は東屋の柱にもたれた。


屋根を叩く雨音が静かに響く。


十分ほど経った。


けれど誰も来ない。


少女は動かなかった。


気になって声をかける。


「誰か待っているの?」


少女は顔を上げた。


少し驚いたようだったが、素直に頷いた。


「うん。」


「友達?」


少女は少し考える。


そして、


「多分。」


と答えた。


不思議な返事だった。


私は思わず笑う。


少女も少しだけ笑った。


「来るの?」


私が尋ねる。


少女は広場の入口を見る。


「分からない。」


「分からないのに待っているんだ?」


「うん。」


その答えはあまりにも自然だった。


来るかどうか分からない。


それなのに待っている。


私は少し不思議な気持ちになる。


「不安じゃない?」


少女は首を傾げた。


「どうして?」


私は答えられなかった。


不安になるのが当たり前だと思っていた。


仕事のこと。


将来のこと。


次に何をすればいいのか。


答えが見えないことばかりだった。


少女は本の表紙を撫でながら言う。


「来るかもしれないから。」


それだけだった。


「来なかったら?」


私が聞く。


少女は少し笑う。


「今日は来なかったんだなって思う。」


拍子抜けするほど簡単な答えだった。


「でも」


少女は続ける。


「次の雨の日に来るかもしれないでしょう。」



東屋の屋根を叩く雨音が少し強くなる。


私は広場の向こうを見る。


誰もいない。


それでも少女は待っている。


ふと思った。


いつからだろう。


答えを急ぐようになったのは。


就職できるのか。


このままでいいのか。


正しい選択なのか。


けれど少女は違った。


分からないまま待っている。


答えが出なくても、その時間を無駄だと思っていない。



しばらくして私は立ち上がった。


「じゃあね。」


少女は頷く。


そして言った。


「また雨の日に。」


私は少し笑う。


この街らしい挨拶だと思った。



雨宿りへ向かう途中、一度だけ振り返る。


少女はまだ東屋にいた。


本を抱えながら、静かに広場を見ている。


誰を待っているのか。


分からなかった。



その日の夜。


日記を開いた。


広場の東屋のことを書く。


本を抱えた少女のことを書く。


屋根を叩く雨音のことを書く。


そして最後に、こう書いた。


来るかどうか分からないから待てないのだと思っていた。


けれど、分からないまま待つこともできるのかもしれない。


雨の日を待つように。


窓の外では、静かな雨が降り続いていた。

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