最前線にて
# 日付:地球歴 残存記録 第181日
# 場所:アルカディア帝国 最前線防衛基地「セクター1」、司令室
拳が壁に叩きつける音が、司令室の重い空気を切り裂いた。金属の壁に残った凹みが、儂の焦燥を物語っている。
「ガルガンティア司令…こちら側は壊滅寸前です。敵軍の航空戦力の攻撃にさらされ身動きが取れません。このままでは、犬死にです!!」
通信機から聞こえる前線指揮官の声は、絶望に歪んでいた。
「くそっ!此処までなのか…?」儂は歯を食いしばった。
「敵の首都までたどり着いたというのに?あと一歩なのだ。奴らの首都を落とせば何年もかかったこの戦争を終わらせることができるのだ!!」
副司令が深く頭を垂れた。
「心中お察し致します。」
「われらにはもう何もできないのか…」
儂は司令室の中央にある指揮官用の椅子に座り込んだ。革の椅子は冷たく、儂の体重を支えるだけの無機質な物体だった。副司令も、他の作戦会議に出席している幹部たちも、皆暗い面持ちだ。彼らの瞳には、敗北の影が宿っていた。
ここまでか…儂は目を閉じた。五年間。この五年間、儂はアルカディア帝国の命運を背負って戦った。公爵家の名を辱めぬように、帝国の誇りを守るように。全てが、今、崩れ落ちる瞬間だった。
その時だった。
扉が激しく叩かれ、儂の思考を中断させた。
「会議中失礼致します!至急のご報告がございます!入室しても宜しいでしょうか?」
儂は目を開けた。「構わん!入れ!!」
「はっ!失礼致します!」
伝令兵が扉を開け、慌ただしく室内に入った。彼の顔には、困惑と驚きが混ざった奇妙な表情が浮かんでいる。
「それで?報告とは何だ?」
「はっ!只今、未確認航空機が敵軍航空戦力と戦闘中でございます!」
儂は眉を上げた。「ん?味方なのか?」
「見覚えのない機体ではございましたが、右翼にこちらの国章が刻まれておりますので、間違いございません。それよりも、その機体が敵軍を次々に撃墜しているのです!」
「なんじゃと!!」
儂は椅子から立ち上がり、報告にきた伝令兵を押しのけて司令室を出た。他のものらもあとをついてきている。廊下を駆け抜け、観測デッキへ向かう儂の足取りは、まるで少年のように軽かった。
観測デッキの巨大な窓の外には、戦場の光景が広がっていた。煙と炎が空を覆い、敵軍の戦闘機が基地への最後の突撃を準備している。しかし、その中に一機、銀色に輝く未知の航空機が混ざっていた。
「あの様な曲芸飛行が人の身で可能なのか…」
そういったのは、唯一敵部隊との戦闘で生き残った航空部隊隊長だ。彼の声には、畏敬の念が込められていた。
儂は窓に手を当て、その銀色の機体を見つめた。それは、まるで生き物のように動く。敵機の攻撃を予測し、回避し、そして反撃する。一瞬の隙を見逃さない。まるで、時間そのものが操られているかのような動きだ。
「何でも良い。」儂は声を絞り出した。
「儂らにはあのパイロットに託すことだけしかできん。」
頼む!儂は心の中で叫んだ。奴らを撃墜してくれ。報酬は望むものを何でもやろう。そなたが平民であったとしても帝国国民ですらなかったとしても、わが公爵家に迎えてやろう。爵位も、財産も、名誉も、全てを与える。
だから頼む!儂は窓の枠を握り締めた。奴らを倒してくれ!!この戦争を終わらせてくれ!!儂の願いが、戦場の風に乗って、その銀色の機体へと向かうように感じた。
そして、儂は見た。銀色の機体が、敵軍の主力戦闘機の編隊に突撃し、一機、また一機と撃墜していく光景。まるで、希望そのものが形を取って戦っているかのようだった。
儂は、初めて、この五年間で本当の希望を感じた。




