戦闘開始!
# 日付:地球歴 残存記録 第181日
# 場所:アルカディア帝国 最前線防衛基地「セクター1」、付近上空
出撃から十五分。全速力で飛ばし続けた先に、巨大な都市の輪郭が地平線から浮かび上がった。あれがアルカディア帝国の前線防衛拠点、セクター1だ…と思う。だが、その眼下は地獄絵図だった。
黒煙が街を覆い、無数の光の筋が地上と空を縫い合わせている。敵の航空部隊だ。帝国軍の戦闘機は一機も見当たらない。完全に制空権を奪われ、殲滅戦の真っ只中だった。
「……なるほどな」
コックピットの中で、俺は呟いた。
「ここで奴らを叩けば、確かに英雄だ。生きて帰れれば、の話だが」
生きて帰る気は、最初から微塵もなかった。戻ったところで味方は全滅。俺は死に場所を求めてここまで来たんだ。
ならば、せめて。
せめて、派手に散ろう。
「覚悟はできてる。もう失うものなんて何もない。この機体と、俺の全てをかけて、奴らに見せてやる!」
エンジンの唸りを限界まで高め、俺は単機で敵編隊の真っ只中へ突入した。
初撃で一機を撃墜。閃光と黒煙の炸裂が視界を揺らす。敵機群が一斉に反応し、レーダー警告音がけたたましく鳴り響いた。
だが、遅すぎる。
俺は急減速、機体を宙返りさせながら敵の背後へ回り込む。ロックオン音。トリガーを引く。二機目が火の玉となって墜ちていく。
曲芸のような機動。ありとあらゆる戦闘教範に反する動き。重力が内臓を押し潰す。視界が赤く染まる。それでも指は操縦桿から離れず、目は次なる獲物を捉え続けた。
三機、四機……数え切れない。
時間の感覚も、撃墜数の感覚も、最早ない。
意識が遠のいていく。コックピット内には焦げた臭いが充満し、計器盤のいくつかが火花を散らして暗くなった。機体各部に開いた無数の弾痕。左腕に鋭い痛み。破片が飛び込み、耐Gスーツを貫いたようだ。
だが、不思議と痛みは感じない。むしろ、高揚感で全身が熱い。アドレナリンが脳を麻痺させている。
当然だ。単機で、数十……ひょっとすると百機に近い敵に挑んでいる。死は約束されている。
「……でもな」
唇が動く。血の味がした。
「最後に、とんでもない花火を上げさせてもらった」
視界の端に、他とは明らかに違う機影が捉えられた。指揮官機だ。機体のマーキング、動きの洗練さ、全てがそれを物語っている。
「よし……あいつを道連れにしよう」
俺の全てを、この命の全てを、ぶつけてやる。
わざとらしく緩慢な機動を取り、敵の射線に機体を晒す。胴体に衝撃。何かがめり込む。警告音が一斉に悲鳴を上げる。機体が制御不能に陥り、スピンし始める。
その時、ふと思い出した。昔観た、古い戦争映画のワンシーン。敵のエースパイロットが見せた、あり得ないほどの変則機動。機体の特性を極限まで引き出し、物理法則を嘲笑うような、あのマニューバを。
「……やってやる!」
失速寸前のスピン状態から、逆噴射とエルロンの極限操作で機体を無理矢理引き戻す。機体のフレームが軋み、バラバラになる音がする。俺は激しいGで吐血し、視界が真っ白になる。
それでも、指は動いた。
スピンから抜け出した俺の機体は、奇跡的に敵指揮官機の真後ろに位置していた。至近距離。回避の余地なし。
レーダーロックが完璧に決まる音。
「これで終わりだ」
声にならない声で呟く。
「くたばれ」
ミサイル二発が発射され、直撃した。
空に、他とは比べ物にならない巨大な火球が膨らみ、閃光が辺り一面を照らし出した。
……やった、か。
しかし、勝利の感慨に浸る間もない。俺の機体は、度重なる無理な機動と被弾のダメージで、完全に限界を超えていた。エンジン火災警報。油圧喪失警報。コックピット内は警告灯の赤い光で満たされ、煙が充満し始める。
意識が急速に薄れていく。もう、だめだ。
「せめて……爆発だけは……するなよ……」
最後の力を振り絞り、かすかに動く操縦桿を握る。機首をかろうじて水平に保ち、エンジンを完全に停止させる。高度を下げ、下を見る。基地の外れ、荒涼とした平原が広がっている。なるべく平らに見える地点を目指す。
機体は滑空しながら地面に接近した。接地の衝撃。車輪が砕け散る音。機体が地面を削り、土煙を上げながら滑走していく。金属が引き裂かれる耳障りな音。やがて、全ての動きが止まった。
……静かだ。
爆発は、起こらなかった。
コックピットのハッチは歪んで開かない。外の光も見えない。だが、かすかに冷たい風が破孔から吹き込んでくるのを感じる。
痛みは、今になってじわじわと全身に広がってきた。深い傷と、確実に迫る死の感触。
「は……っ」
笑いが零れた。
「最後にしては……輝きすぎた……かな……」
視界が暗転していく。遠くで、何かが爆発する音が聞こえるような気がした。味方の陸軍が突撃した音か、それとも別の戦いか。
もう、どうでもいい。
夜空に上げた、あの一番大きな花火。
あれが、俺の最期の証だ。
闇が全てを包み込む直前、ふと、懐かしい故郷の星の光を思い出した。
そして、静かに目を閉じた
# 記録終了




