出撃
日付:地球歴 残存記録 第181日
場所:アルカディア帝国 前線基地「セクター7」、滑走路
今朝起きて偵察した事で確信した。
敵は完全に撤退した。基地周辺は死の静寂に包まれ、腐敗臭だけが残る廃墟と化している。彼らは銃器を廃棄しに来たようだった。彼らが残した旧式の銃は、今では私の唯一の友だ。処分費用を惜しんだのか、あるいはただ帝国を侮辱したかったか。どちらでもいい。爆破されなかっただけが、俺の小さな勝利だ。
今朝、奴隷服を脱ぎ捨て、基地の残存装備をまとめた。冷や汗と恐怖の痕跡を洗い流し、清潔な奴隷用戦闘服に着替えた。倉庫のゲートを開ける時、手が震えた。あの滑走路の先に、私の運命が待っている。
機体は、ゲームで操縦したものに似ている。ヴァーチャルな戦場で数百時間を費やした記憶が、システム起動の一瞬で蘇る。画面が青く輝き、エンジンの低い唸りが独房の孤独を打ち消す。これなら、生き延びられるかもしれない。
しかし、ここを出れば、確実に死が待っている。アルカディアの戦域は、人間が生きる場所ではない。宇宙塵が皮膚を蝕み、敵の偵察網が一秒ごとに更新される。それでも、動かなければ、ここで腐敗臭に混ざって朽ちるだけだ。
胸ポケットに、遺書と家族の写真をしまった。紙は汗で皺になり、写真の顔はぼやけている。半年間家族の顔を忘れなかったことはない。家族にもう一度会いたい。俺はその思いだけでここまで生き残れた。
エンジンが全出力に達した。滑走路の端で、俺は宣言した。
「第121攻撃部隊…認識コードND-57…出撃する!」
返答はない。ただの独り言だ。部隊は壊滅し、コードは無効化されている。だが、声を出すことで、まだ人間であることを確認できる。ゲートがゆっくりと開き、機体が加速する。基地の腐敗臭が、一瞬で荒野の匂いに変わる。
前方には、敵司令部があった荒原が広がる。何もない。撤退の跡は、砂嵐で既に消されている。私は高度を上げ、雲のない灰色の天空へ向かう。センサーが周囲をスキャンする。敵影、ゼロ。対空戦力、ゼロ。
これが自由か? それとも、ただの広い牢獄か?答えは、まだわからない。だが、今日、私は基地から解放された。
機体は予定軌道に乗った。目的地は、これよりずっと先にあると言われていた帝国軍の前線陸軍部隊。
俺は死に場所を求めて、操縦桿を握り直した。




