命の危機…
日付:地球歴 残存記録 第180日
場所:アルカディア帝国 前線基地「セクター7」航空部隊倉庫
基地は死んだように静まり返っている。俺の心臓だけが、耳を打つほどに高鳴っている。あの牽引車のエンジン音が、誰かに聞こえはしなかったか。滑走路手前の倉庫まで機体を運び終えたとき、手のひらは汗でびっしょりだった。
コックピットのハッチを開けたとき、俺は息をのんだ。中はピカピカで、新しい機械の匂いさえしない。まるで時間がここだけ止まっていたみたいだ。俺みたいな奴隷が乗るには、あまりに清潔すぎる。
返り血と汗と泥で汚れたこの身では、汚してしまいそうで気が引けた。だから、軍人用のシャワールームに忍び込み、水を浴びた。冷たい水が傷ついた皮膚にしみる。久しぶりの清潔さが、妙に現実離れしている。
軍服が目に入った。奪って着れば、少しはマシに見えるかもしれない。でも、手を伸ばしてふと考える。
待てよ…もし俺が撃墜されて、誰かが俺を発見したとき…「帝国軍人が操縦していた」のと「奴隷が操縦していた」のとでは、話の受け取られ方がまるで違う。
それに、俺たちを虫けらのように扱い、使い潰した帝国に、都合のいい英雄譚を提供するなんて、絶対にごめんだ。
倉庫の隅に積まれた新しい奴隷服を手に取る。粗末な布だ。これを着て、戦闘機に乗り込む。これで、俺の人生も終わりだ。だが、銃殺されるよりは、空で散りたい。
かつて、俺には夢があった。航空自衛隊の戦闘機パイロットになること。視力が悪すぎて、夢は儚く消えたけど…それでも、操縦桿を握るこの感覚だけは、忘れていなかった。
エンジンを始動させようと、手をかけたその瞬間、背筋が凍るような嫌な予感が走った。倉庫の扉をそっと開け、近くの窓に身を寄せる。
地平線が蠢いている。敵の大部隊だ。装甲車、歩兵…こちらの基地に向かって、黒い波のように押し寄せてくる。
「やばい…」
このままでは、飛び立つ前に蜂の巣にされる。花火を上げることすらできずに終わる。
考える間もない。体が先に動いた。倉庫に駆け戻り、機体にカバーをかける。牽引車を元の位置に戻し、倉庫の鍵を閉める。次に、地下シェルターの入り口へ走る。鍵を開け、扉を少しだけ開け放った。中には、俺が運び込んだ軍人たちの死体が転がっている。その一人の手に、拳銃を持たせた。
電気の止まった冷凍庫は、もう常温だ。基地司令の死体をそこに運び込み、左こめかみから拳銃を一発、撃ち込んだ。そして、銃をその左手に握らせた。
最後に、奴隷たちの独房へ向かう。あの狭く、暗い部屋。病気や傷で力尽きた仲間たちが、最後を迎えた場所。彼らの亡骸はもうここにはないが、悲しみと絶望の空気だけが澱のように残っている。
一室に入り、外から隙間を通して鍵を閉める。鍵は遠くの棚の上に隠した。
ここで、じっとしている。呼吸を殺して、耳を澄ます。
外から、遠くに重いエンジン音と、大声が聞こえてくる。敵が基地に到着したのだ。
暗闇の中で、俺は祈る。心の中で、繰り返す。
誰もこの部屋に来ませんように。誰にも見つかりませんように。
ただ、飛び立ちたいだけなんだ。たった一度でいい、あの青い空へ。




