彼女は確かにここにいた 15
どうやってどの道を歩いて、何時何分発の電車に乗ったのか全く覚えていない。気が付けば自分の部屋の床に座り込んでいた。傍らにはあのノートがある。厚さは一センチくらいで、アンティーク調に加工がしてある茶色の表紙が付いている。みあが好みそうなデザインだ。
何度か手にとっては開くことができずに元の場所へ戻すことを繰り返して、ようやく一ページ目を捲ってみた。
ページの一番上に日付が記されていた。俺とみあがまだ直接出会う前、インターネット上だけで繋がっていた頃だった。
3月8日(月)
ツイッターでいろんな人の呟きを見るのが楽しい。やっとちょっとずつ使い方がわかってきた。私もコメントをしてみたいなーって思う人がいるけど、それはなかなか勇気が出ないや。
書き始めた日から一日も欠かすことなく、日記は綴られていた。
3月13日(土)
ものすごく暇だったから、ツイッターで勧めてる人がいた本を読んでみた。読書って結
構楽しい。続きがどんどん読みたくなる。でも梨沙もユカたちもあんまり本読まないよね。
3月15日(月)
ついに! 読み終えた感動をどうしても誰かに伝えたくて、でも洋さんも帰ってこないみたいだったから、ヒカルさんにリプをしちゃった! しかもお返事が来てびっくり。自分の感想を誰かと分け合えるって良いな。そういうのも読書の楽しみなんだね。別のお勧めされてた本も読んでみよう。
ツイッターのアカウント名だが、自分の名前が突然登場して戸惑う。梨沙に渡されたとはいえ、他人のプライベートをのぞき見しているようで居心地が悪い。
5月10日(火)
ヒカルさんに会おうって誘われた。緊張するし悩んだけど、一回ぐらい会ってみたい。それぐらいなら許してくれるよね。
誰かと会うことさえ、他の誰かの許しを必要としていたのだ。それぐらい窮屈で狭い世界のなかから、みあは俺に会うために飛び出してきた。
5月17日(火)
初めてヒカルさんに会った。もっと緊張して何も喋れなくなるかなって思ってたけど、
逆に話すことが尽きない感じで、本の話もたくさんできたし、ケーキも美味しかった。
楽しかったなぁ。連絡先聞かれたのもびっくりしたけど、嬉しかった。
5月31日(火)
ヒカルさんと「夕立を見送る」を見てきた。原作を知ってたぶん、その場面とか台詞に隠されてる秘密がわかって、序盤からずっと泣きそうだった。だけどたった一瞬でも本当にすきなひとと恋人同士でいられるのなら、もうそれで良いのかもしれない。
帰り際にヒカルさんに告白をされて、付き合うことになった。断らなくちゃいけないってわかってたのに、どうしても嬉しくて。私も少しだけ恋愛がしてみたくて。
みあは二人が始まった瞬間から、いつか必ず終わることを知っていた。どれだけ続きを望んでも、終わらせなくてはならない日がくることを。
9月8日(木)
最悪。目を覚ましたら知らない部屋のベッドの上にいた。それどころか私は知らない
男の人の下にいた。何をされていたかなんて、もう思い出したくもない。ユカのせい。
ユカがわざとやったんだ。私に嫉妬したのかもしれない。終わってすぐに逃げ出して、
みつくんに迎えに来てもらった。悔しい。悲しい。ムカつく。私にとっての初めては、
みつくんとが良かった。ユカは最低。どうしていつも梨沙や私たちのことを傷つけるこ
とばかりするんだろう。
初めてみあと肌を重ねたあの夜、彼女をまるで別人のように感じた。その感覚は間違っていなかったのだ。彼女のなかにいる別の人格の名残をそのまま纏っていたのだ。そして負わされた傷や屈辱を俺に打ち明けることもできずにいた。
10月21日(金)
ミツくんが書いた小説を借りた。息苦しさと窮屈さが渦巻く。きっと直接話を聞くより、このお話のなかのほうがみつくんは素直になれるんだろうな。主人公のようにいつも周りの人と自分との間に一本線を引いて、少し離れたとこにいたんだろうな。寂しいっていうことばにさえならないような、寂しさを生きてきたのかな。私にはあんまり言ってくれないけど。でもそのみつくんの寂しささえも、私はたぶん愛してる。寂しくならないようにずっと一緒にいたいけど、そう思えば思うほど嘘を吐かなくちゃいけなくなる。私には未来が無いのに、どうしてもずっと一緒にいたいと思っちゃう。
11月3日(木)
駿介さんのバンドのライブを見てきた。ライブを見るのは初めてだったけど、めちゃくちゃ楽しかったしかっこよかった! 駿介さんの彼女さんのレイカさんもかっこよくて二人とも一緒にいることが当たり前のような、お似合いの雰囲気があった。私たちもお似合いだって言われて、嬉しかった。
その帰りにみつくんに、仕事を探そうと思ってるって言われた。一緒に住めたらいいなって言われて、思わずそんな想像をしちゃった。できるだけ未来のことは考えないようにしてたのに。ミツくんと一緒に暮らして、一緒に眠って、ずっと。
私にはそれだけあれば充分なのに、どうして手に入らないんだろう。
11月13日(土)
洋さんは梨沙にも私たちにもとても優しいし、お世話になってるのもわかってる。だけど洋さんはときどき梨沙に酷いことを言ったりしたりする。梨沙、たぶんだけど、別れたほうが良いよ。本当に心から愛してくれてるなら、そんなことしない。みつくんと出会ってやっとちょっと変だってことに気づいた。洋さんも梨沙もお互いに依存してるだけ。でもどうやったら梨沙を護れるんだろう。
12月19日(月)
ミツくんは就活が忙しいみたい。なかなか会えない。寂しい。私のことまで考えてやってくれているのはわかってるけど、未来のことなんてどうでもいいから、今傍にいてほしい。みつくんの小説やブログやツイッターを何度も何度も読み返す。
1月3日(火)
みつくんと初詣に行った。みつくんとできるだけ長く一緒にいれますようにって願ったけど、喧嘩しちゃった。みつくんはみつくんで、私が何も話さないことで不安になってたんだって今さらわかった。少し考えればわかることなのにね。私には過去が無くて、なんとなく覚えている生い立ちはすべて梨沙のもので、だから聞かれても嘘を吐くことしかできなかった。やっと実感した。私といてもみつくんは幸せになれない。大事な時間を浪費していくことにしかならないって。もういい加減、離れなくちゃ。みつくんの未来まで奪うわけにはいかない。
2月11日(土)
あれから何回もミツくんから連絡が来るけれど、一回も返していない。早く私からみつくんを自由にしないと。そう思ってるのに、どうしてもはっきりと言えなくてずっと逃げてばっかり。ごめんね。みつくん。だいすき。
3月30日(木)
みつくんに会いたい。みつくんのことがすき。こんな気持ちになるのなら、今すぐにでも消えてしまいたい。
4月6日(水)
みつくんから就職が決まったって連絡が入ってた。おめでとう。ほんとは一緒に祝いたかった。これからの彼の再挑戦が、どうか上手くいきますように。
読み終えるとノートとともに自分の膝を抱えた。膝小僧の間に顔を埋めて、泣いた。途方もなく涙が出た。
一緒にいたときも、会えなくなってからも、みあは間違いなく愛してくれていた。いつか消えなくてはならないという恐怖を抱えながら、一生懸命嘘を吐きながら、梨沙や俺の幸せを願いながら笑っていた。謝らなくてはいけないのはこっちのほうだ。何も知らなくて、気づけなくて、ずっと無理ばかりさせていた。
何もかもを知って嘘を吐かせる必要もなくなった今こそ、伝えなくてはならないことがあるはず。
みあに会いたかった。




