第四話「冒険者の第一歩2」
全ての採寸が終わる。
店員は手帳を閉じた。
「それでは作業に入ります」
「完成までは数時間ほどいただきますね」
「数時間で出来るんですか?」
ホシが驚く。
「ええ」
店員は微笑んだ。
「多少ですが魔法も使いますので」
「そんな魔法があるの!?」
ソラが目を丸くする。
「ありますよ」
店員はくすりと笑った。
「服作りや建築など、生活に使われる魔法も沢山ありますから」
「へぇ~!」
ソラは感心したように声を上げた。
⸻
三人は店の奥へ案内された。
そこには小さなイートインスペースのような場所があった。
丸い木製のテーブル。
柔らかな椅子。
窓から差し込む暖かな光。
店員がお茶を運んでくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ホシが受け取る。
ソラは早速一口飲んだ。
「おいしい!」
「そんなに?」
ヨルも飲んでみる。
ほんのり甘い。
どこか果物のような香りがした。
「確かに美味いな」
「この国の果物を使ったお茶なんですよ」
ニクスが説明する。
「へぇ~」
ソラはすっかり気に入ったようだった。
⸻
数時間後。
コンコン。
扉がノックされる。
「お待たせしました」
店員が姿を現した。
その後ろには数着の服が掛けられている。
「完成しましたよ」
「おぉ……!」
ソラが立ち上がる。
「もう!?」
「もちろんです」
店員は誇らしげに胸を張った。
「皆さんに似合うよう仕立てました」
ヨル。
ホシ。
ソラ。
それぞれの名前が書かれた札が付いている。
「まずは試着してみてください」
三人は顔を見合わせる。
そして服を手に取りヨルから、試着室へ向かった。
数分後。
試着室の扉が開く。
「どうだ?」
黒色をベースに白いラインが入った服。
黒いズボン。
足元まで伸びる紺色のマント。
腰には購入した片手剣が下げられている。
「おぉ……!」
ソラの目が輝く。
「お兄ちゃんかっこいいよ!」
「そうか?」
ヨルが少し照れ臭そうに聞く。
「うん!」
ソラは大きく頷く。
「なんか勇者みたい!」
ホシはヨルの姿を見つめる。
そして一言。
「お兄ちゃん、なんか闇堕ちしたダーク勇者みたい」
「それ褒めてるのか?」
ヨルが苦笑する。
「多分」
ホシは平然と答えた。
「どっちなんだよ」
店員は満足そうに頷く。
「闇属性でしたので、落ち着いた雰囲気を意識して仕立ててみました」
ニクスも微笑んだ。
「とても似合っています」
「ありがとう」
ヨルは少し照れ臭そうに頭を掻いた。
⸻
続いてホシ。
白と紺を基調とした服。
肩からは星空を思わせる深い紺色のマント。
手には先程購入した白銀の杖。
全体的に落ち着いた雰囲気ながらも、どこか神秘的な印象を与える。
「どうかな」
ホシが小さく首を傾げる。
「おぉ……」
今度はヨルが思わず声を漏らした。
「似合ってるな」
「うんうん!」
ソラも大きく頷く。
「ホシは本当に魔法使いって感じ!」
店員も嬉しそうに微笑む。
「光属性とお名前を参考に仕立てました」
ホシは自分の袖を見る。
「……好きかも」
その一言に店員も嬉しそうに笑った。
ニクスも頷く。
「ホシさんらしくて素敵です」
⸻
そして最後。
勢いよく試着室の扉が開く。
「どう!?」
ソラが飛び出してきた。
白と空色を基調とした軽装。
風をイメージしたデザイン。
腰には短剣。
手には短いステッキ。
動く度に裾がふわりと揺れる。
「おぉー!」
ヨルが思わず声を上げた。
「似合うな」
「でしょ!」
ソラはその場でくるりと一回転する。
「めっちゃ動きやすい!」
「転ぶなよ」
「転ばないし!」
ホシは思わず笑う。
店員も満足そうに頷いた。
「風属性らしく、軽さと動きやすさを重視しました」
「最高!」
ソラは満面の笑みを浮かべる。
⸻
三人が並ぶ。
黒を基調としたヨル。
白と紺を基調としたホシ。
白と空色を基調としたソラ。
ニクスは少し離れた場所からその姿を見つめていた。
そして嬉しそうに微笑む。
「皆さん、本当に似合っています」
その言葉に三人は少し照れながらも笑うのだった。
店を出る。
夕方が近づいた王都は相変わらず賑わっていた。
石畳の道を多くの人々が行き交う。
露店からは様々な香りが漂ってくる。
「うわぁ……!」
ソラが目を輝かせる。
「見たことないお店ばっかり!」
「王都には色々ありますからね」
ニクスが微笑む。
すると。
ふわりと甘い香りが漂ってきた。
ソラはぴたりと足を止める。
「……!」
その視線の先。
屋台には焼き立てのパイが並んでいた。
表面はこんがりと焼けている。
中には甘そうな果物がたっぷり詰まっていた。
「食べたい」
即答だった。
「さっきも言ってたな」
ヨルが苦笑する。
「だって美味しそうじゃん!」
ニクスはくすりと笑った。
「いいですよ」
「本当!?」
「はい」
ソラの顔がぱっと明るくなる。
「やった!」
そしてニクスの手を引っ張る。
「早く行こ!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
ニクスは少し困ったように笑いながら屋台へ向かった。
⸻
「どれにしますか?」
「これ!」
ソラは迷うことなく一つを指差した。
「即決ですね」
「だって絶対美味しいもん!」
ニクスは店主へ代金を支払う。
受け取ったパイをソラへ渡した。
「ありがとうございます!」
ソラは嬉しそうに受け取る。
「熱いので気を付けてくださいね」
「はーい」
ソラは早速一口かじった。
サクッ。
心地良い音が響く。
「おいしい!」
顔がぱっと明るくなる。
「本当に美味しい!」
ニクスはそんな様子を見て嬉しそうに微笑んだ。
⸻
少し離れた場所。
ヨルとホシは二人の様子を眺めていた。
「相変わらずだな」
ヨルが苦笑する。
「うん」
ホシも頷いた。
その時。
ヨルの視線がふと横へ向く。
通り沿いに小さなアクセサリー店があった。
ガラス越しに様々な装飾品が並んでいる。
ネックレス。
腕輪。
そして指輪。
ヨルはその中の一つへ目を留めた。
「なぁ」
ヨルが小声で話しかける。
「ん?」
ホシが振り向く。
ヨルはニクス達に聞こえないようさらに声を潜めた。
「ニクスに魔法石が埋め込まれた指輪をプレゼントしたいと思うんだが、どんなのがいいと思う?」
ホシは数秒沈黙した。
そして小さくため息を吐く。
「お兄ちゃんは女性にプレゼントした事ないもんね……」
「うるさい」
ヨルは少しだけ眉を顰める。
ホシはアクセサリー店の中を見渡した。
そしてある指輪を指差す。
「あれとか」
ヨルも視線を向ける。
小さな緑色の魔法石が埋め込まれた銀色の指輪だった。
派手ではない。
けれど上品なデザインだった。
「緑か」
「草属性だし」
ホシは当然のように言う。
「それにニクスは派手な物よりこういう方が好きそう」
ヨルは頷いた。
「確かに」
店の説明書きには、
草属性魔法の補助効果を持つ魔法石
と書かれていた。
「これにするか」
「うん」
ホシも頷く。
⸻
二人はさりげなく店へ入る。
ソラとニクスはパイを食べながら楽しそうに話しており、こちらには気付いていなかった。
「こちらをお願いします」
ヨルは店員へ指輪を差し出した。
支払いを済ませる。
指輪は小さな箱へ入れられた。
ヨルはそれをポケットへしまう。
「渡すの?」
ホシが聞く。
「いや」
ヨルは首を横に振った。
「もう少し後かな」
ホシは少しだけ笑った。
「お兄ちゃんらしい」
その時。
遠くから元気な声が聞こえた。
「おーい!」
ソラだった。
片手にパイを持ちながら大きく手を振っている。
その隣ではニクスが微笑んでいた。
ヨルとホシは顔を見合わせる。
そして何事もなかったかのように二人のもとへ戻るのだった。
「何してたの?」
ソラが不思議そうに尋ねる。
「ちょっと見てただけだ」
ヨルは何気ない様子で答えた。
「そうなんだ」
ソラは特に気にした様子もなく、再びパイを頬張る。
そんな三人を見ていたニクスが、空を見上げた。
夕焼けに染まっていた空は、少しずつ夜の色へと変わり始めている。
「……もうこんな時間なんですね」
ニクスは三人へ視線を向けた。
そして優しく微笑む。
「今日ももう夜になってしまいますから、お城で泊まっていってください」
「え?」
ソラが目を瞬かせる。
「でもいいの?」
「もちろんです」
ニクスは頷いた。
「皆さんは大切な方々ですから」
ヨルは空を見上げる。
「もう暗くなってきたしな」
「そうだね」
ホシも静かに同意した。
すると。
「やったー!」
ソラが両手を上げる。
「また美味しいお城のご飯とふかふかベッドで寝れる~!」
「お前、それ目的だろ」
ヨルが呆れたように言う。
「ご飯もベッドも大事だもん!」
ソラは悪びれる様子もない。
その様子にホシは小さく笑い、ニクスも思わず吹き出した。
「ふふっ」
「それでは帰りましょうか」
「うん!」
「お邪魔します」
「よろしくお願いします」
こうして四人は賑やかな王都を後にし、夕暮れの道を城へと歩き出すのだった。
――――――――
城へ戻る頃には、空はすっかり夜の色へと変わっていた。
「おかえりなさいませ」
使用人達が頭を下げる。
「ただいま戻りました」
ニクスも柔らかく微笑み返した。
その後。
四人は食堂へ案内され、夕食を囲むことになった。
新しい服。
新しい武器。
王都での出来事。
今日一日の話題は尽きることがなかった。
そして――。
夕食を終えた頃。
「お風呂の準備ができております」
使用人の言葉に、ソラの目が輝く。
「お風呂!?」
「昨日も驚いてたよね」
ホシが苦笑する。
「だってお城のお風呂ってすごいんだもん!」
「それでは案内しますね」
ニクスは微笑みながら立ち上がった。
「男性用と女性用で分かれていますので」
「了解」
ヨルも立ち上がる。
「じゃあ、また後で」
「うん」
ホシが頷く。
すると。
「お兄ちゃん、覗かないでよ!」
ソラがビシッとヨルを指差した。
「覗かねーよ」
ヨルは即答する。
その時。
「別にお兄ちゃんなら一緒でもいいよ」
ホシがさらりと言った。
「……は?」
ヨルは固まった。
「えっ……!?」
ニクスも思わず目を見開く。
「あ!」
ソラは何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば昔は一緒に入ってたよね~」
「……」
ヨルは言葉を失う。
「……ふふっ」
ホシは小さく笑う。
「嘘だよ」
「……え?」
ヨルが我に返る。
ホシは珍しく、少しだけにやけた表情を浮かべた。
「動揺してどうしたの?」
「何言ってんだよ!」
ヨルは慌てたようにツッコミを入れる。
「からかっただけ」
「ホシが冗談言うなんて珍しいね~」
ソラは楽しそうに笑った。
「たまにはね」
ホシは何事もなかったかのように答える。
そして。
ホシの視線がニクスへ向いた。
「ニクスさんは顔を赤らめてどうしたんですか?」
「お風呂行くんでしょ」
「えっ……あっ」
ニクスは自分の頬へ手を当てた。
「あ、そうでした」
恥ずかしそうに視線を逸らす。
「そ、それでは行きましょうか」
「はーい!」
ソラは元気よく返事をする。
そして、まだ少し動揺しているヨルへ向かって手を振った。
「お兄ちゃん、また後でね~!」
「……おう」
「また後で」
ホシも小さく手を振る。
ニクスも柔らかく微笑んだ。
「それでは、また後ほど」
そうして三人は女子浴場へと歩いていく。
「……」
一人残されたヨルは、その背中をぼんやりと見送った。
「ホシも冗談を言うようになったんだな……」
「……さて」
「俺も風呂入るか」
そう呟き、一人男子浴場へと足を運ぶのだった。
――――――――
脱衣所で服を脱ぎ、浴場の中へ足を踏み入れる。
その瞬間。
「……は?」
ヨルは思わず立ち止まった。
温かな湯気の先に広がっていたのは、想像を遥かに超える大浴場だった。
広々とした石造りの浴槽。
天井は高く、開放感がある。
壁には淡く光る魔法石が埋め込まれており、優しい光が浴場全体を照らしていた。
「昨日も思ったけど……」
ヨルは周囲を見渡す。
「風呂広すぎるだろ……」
誰もいない静かな浴場に、ヨルの呟きだけが響いた。
「温泉施設かよ……」
しばらく呆然とした後。
「いや、先に身体洗うか」
我に返る。
洗い場へ向かい、備え付けられていた桶へ手を伸ばした。
「こういうのはちゃんとしとかないとな」
頭を洗い。
身体を洗う。
慣れない環境ではあるが、やることは変わらない。
洗い終えたヨルは立ち上がった。
そして。
ゆっくりと湯船へ足を入れる。
「熱っ……」
少しだけ肩をすくめる。
だが、すぐに慣れていく。
肩まで浸かる。
「……」
身体から力が抜けていく。
「はぁ……」
自然と息が漏れた。
「……疲れてたんだな」
冒険者登録。
武器選び。
服の購入。
王都の散策。
今日は思っていた以上に忙しかった。
「……でも」
ヨルは天井を見上げる。
「悪くないな」
温かな湯に包まれながら、ヨルは小さく呟くのだった。
――――――――
「ふぅ……」
髪を軽く拭きながら椅子へ腰掛ける。
部屋の中は静かだった。
しばらくすると。
コンコン。
扉がノックされる。
「どうぞ」
扉が開いた。
「ただいま~!」
元気な声と共にソラが入ってくる。
その後ろにはホシ。
そしてニクスの姿もあった。
「おかえり」
「お兄ちゃん、お風呂すごかった!」
ソラは興奮した様子で話し始める。
「女子側も広かったよ!」
「そうなのか」
「昨日も思ったけど、お城のお風呂ってすごいよね」
ホシも小さく頷く。
「ふふっ」
ニクスは嬉しそうに微笑んだ。
「皆さんに喜んでいただけて良かったです」
その後もしばらく。
四人は他愛のない会話を続けていた。
王都での出来事。
新しい服の話。
屋台のパイの話。
「またあのパイ食べたいなぁ……」
ソラが呟く。
「本当に気に入ったんだね」
ホシが小さく笑った。
「だって美味しかったもん」
「また今度食べに行けばいいんじゃないですか?」
ニクスが微笑む。
「本当!?」
「はい」
「やったー!」
そんな何気ない会話が続く。
そして。
「……」
「……」
ふと。
部屋が静かになった。
「ん?」
ヨルが視線を向ける。
「……すぅ」
「……すぅ」
気付けば。
ソラとホシは、隣同士で眠っていた。
「いつの間に……」
ヨルが呟く。
「ふふっ」
ニクスは思わず笑った。
「今日は色々ありましたからね」
「無理もないと思います」
「だな」
ヨルも小さく頷く。
双子の妹達は、互いに寄り添うように穏やかな寝息を立てていた。
「それでは……」
ニクスは静かに立ち上がる。
「私は部屋に戻りますね」
「……あ」
ヨルも立ち上がった。
「ニクス」
「はい?」
「少し良いか?」
ニクスは不思議そうに首を傾げる。
「……?」
「こっち」
ヨルはそう言って、部屋のベランダへ向かった。
ニクスも後を追う。
――――――――
夜風が頬を撫でる。
ベランダからは王都の夜景が見渡せた。
窓から漏れる明かり。
静かな夜空。
そして月の光。
「どうしたんですか?」
ニクスが尋ねる。
ヨルは少しだけ言い淀む。
そして。
ズボンのポケットから小さな箱を取り出した。
「これ」
「……え?」
ニクスは目を丸くする。
箱の中には。
小さな緑色の魔法石が埋め込まれた銀色の指輪が入っていた。
「これは……」
「今日、三人の服を買ってくれただろ」
ヨルは視線を逸らしながら言う。
「そのお礼」
「……!」
ニクスは驚いたようにヨルを見つめた。
「それに」
ヨルは続ける。
「ニクスって何も使わずに魔法使ってるだろ」
「はい」
「だから、指輪を使えば少しは今後戦いやすくなるかなって思って」
「草属性の補助効果があるらしいし」
ニクスは何度も瞬きをした。
「私に……ですか?」
「ああ」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
ニクスは小さく微笑んだ。
「……付けても良いですか?」
「もちろん」
ヨルが頷く。
ニクスはそっと指輪を手に取った。
そして。
自分の指へとはめる。
月明かりを受けて、緑色の魔法石が静かに輝いた。
「……綺麗」
ニクスは月へ指輪をかざした。
「とても嬉しいです」
「……そうか」
「異性からプレゼントをいただくのは初めてなので驚きました」
ニクスは照れたように笑う。
「ですが」
「大切に使わせていただきます」
ヨルは少しだけ安堵したように息を吐いた。
「なら良かった」
ニクスは改めてヨルを見る。
「本当にありがとうございます」
そう言って、小さく頭を下げた。
「それでは、おやすみなさい」
「ああ」
「おやすみ」
ニクスは嬉しそうに微笑みながら、自室へと戻っていった。
――――――――
「……喜んでもらえて良かったね」
「!?」
突然聞こえた声に、ヨルは振り返った。
そこには。
いつの間にか起きていたホシが立っていた。
「起きてたのか?」
「途中からね」
ホシは小さく笑う。
「寝てると思ってた」
「うん」
ホシはヨルの隣へ並ぶ。
二人で夜景を眺めた。
「喜んでもらえて良かったね」
ホシはもう一度言った。
「……そうだな」
ヨルは静かに答える。
窓の外では、月が静かに王都を照らしていた。
穏やかな夜だった。




